嫉妬
小さな村である。風壬と美樹の噂は直ぐに広まった。無論、智子は約束を破ってはいない。村長夫妻には直接は何も告げていない。それでも、耳に入らないはずがない。
「美樹ちゃん、ちょっと小耳に挟んだんだけど… 」
「攻士君の事? イケメンだよぉ~。」
美樹は義母に対して誤魔化すでもなく認めた。下手に隠す方が心配を掛けると思ったからだ。
「そうじゃなくて… 」
「大丈夫、清く明るく正しい、お付き合いしてるから。お義母さんを悲しませるような事はないよ。」
あまりにも嬉しそうに話す美樹に義母は、それ以上聞けなかった。美樹にしてみれば、生まれて初めて怪異が見える人間に出会えた事が嬉しくてたまらないだけなのだが。帰って来た村長には義母から伝えられた。村長は本人の言う事を信じるとして、問いただすような事はしなかった。しかし、納得出来ない者もいる。
「なんで、美樹ッぺが余所者なんかに… 」
美樹の1つ上で、小中学校の同じだった八角である。大地主の息子で、幼い頃には美樹と結婚すると公言していた。もちろん、一方的にではあるが。この八角の風壬に対する嫉妬という負の感情を見逃さぬ者がいた。
(口惜シイカ? )
「何!? 」
自分しか居ないはずの部屋の中で聞こえてきた声に、八角は周囲を見回した。やはり人影は無い。
(余所者ニ、アノ女ヲ盗ラレテ悔シイカ? )
「当たり前だろっ! 」
八角は姿無き相手に声を荒げた。
(ナラバ奪エ。盗ラレタ者ハ、取リ戻セ。奪イ返スノダ。)
「奪い… 返スッ! 」
八角は何かに取り憑かれたように家を出た。
「すぐに帰るのよ。」
八角に呼び出され美樹は家を出た。村長夫妻も相手が子供の頃から知っている八角とあって送り出した。
「八角先… 輩? 」
明らかに、いつもと様子の違う八角に美樹は警戒した。
「オ前ハ、俺ノモノダァーッ! 」
飛び掛かろうとした八角をミニマムサイズのダウンバーストが押し潰した。その直後に、ふわりと風壬が舞い降りてきた。
「怪我ないか? 」
「攻士君、なんでここに? 」
「散歩してたら、通り掛かった。」
「空を? 」
美樹は小首を傾げて上を指した。風壬は軽く頷いてから八角を見下ろした。
「貴様カ、美樹ッペヲ奪ッタノハッ! 」
怒りの表情で八角は立ち上がった。
「奪いに来た訳じゃない。守りに来ただけだ。」
そう言って八角の数ミリ頭上に拳を振るうと妙な呻き声がして、八角が崩れ落ちた。




