3ー3ー2 騙し合いと真実と
時間稼ぎと、気付き。
「全く……。世界はいつだってそうだ。身分に、年齢に合わない力を平然と与え、人間が、それ以上の存在が世界も人間も喰らい尽くす。楔は抜けない。エレスティがその証拠だ」
リーダー格の女の呟きで、戦場に膠着状態が引き起こる。
全員、エレスたちも『君待つ旋風』も警戒をしたままだが、ダグラスはこの沈黙に言葉でどうにかできる状況だと判断して話しかけてみる。
「オタクら、何がしたいわけ?神術士を攫ったりして」
「プルート様の解放。それだけだ」
「は……?」
女の言葉に、誰もが疑問を浮かべる。だがその言葉には嘘ではない真剣さがあり、『君待つ旋風』の面々はその言葉に信念を持っているかのような雰囲気さえある。
その言葉に一番驚いたのは、アスナーシャだろう。
「アスナーシャは、いいのですか?いえ、なぜプルートを、しかも解放という意味がわからないのですが」
「囀るな、お粗末導師。何も知らないガキは与えられたお庭で満足して乳繰り合ってろ」
「あなた、口が悪いですね」
ルフドの言葉にキレ気味に返した女へ、素行の悪さを指摘するフレンダ。フレンダとしてもルフドをずっと側で見てきたためにお粗末などと呼ばれることに苛立ったのだ。
ルフドは十四歳の少年なりに頑張ってきた。それもアース・ゼロという未曾有の危機の後に、たとえお飾りとしても教会を引っ張ってきた。
少し強い神術士だった少年に強いることではない。だからフレンダは彼の盾になろうと奮闘してきたのだから。
「世界の真実を知ろうともせず、首都に引き篭もっていた子供を罵倒して何が悪い?ソレは導師で、人類の希望なのだろう?だというのにアスナーシャを呼べず、神術もそこな少女以下ときた。ただの子供に縋らなくてはならないこの世界も、お前たちも。どこに慈悲がある?」
「僕の力が足りないことは認めます。所詮僕は繋ぎでしかない」
「はっ、これだよ。一度受け入れた責任を放棄する。導師の重要さを理解していない。アスナーシャに選ばれないわけだ」
嘲るような笑みを浮かべる女。その不快な笑いを止めようとする周りはいない。つまりそれは『君待つ旋風』の総意ということ。
国の中心にいた者よりも、盗賊団の方が世界を知っていると言われれば守護者たる者たちが怒るのは仕方がない。というか、女はそうなるように仕向けた。
「盗賊風情が……!」
「女騎士さんもわかっていない?嫌だ嫌だ。騎士団は念入りに情報抹消したとはいえ、一番知らないといけない組織なのに」
「……何の話だ?」
ラフィアを通じて騎士団を嘲笑されては、上司であるダグラスも黙ってはいられない。特にダグラスは近衛隊として騎士団に隠されたものがあると言われれば組織の腐敗を疑わなければならない。そういう立場にいるのだから。
目の前の敵の、目的も行動理由も、話す内容も理解できずに混乱ばかり産まれることにダグラスは失敗したと思った。完全に相手にペースを握られている。
相手の話していることなんて全て嘘だろうと思わないと困るほど、折角エレスが掴んだ流れを台無しにしてしまっていた。
「さて、ね。アスナーシャも、ついでに解放してあげてもいい。そこはどうでもいいが、この世界の歪さに気付いてないって正気?」
「エレスティ、のことか?」
「やっぱり騎士様は頭の回転が良いわね。アレを自然現象で済ませるつもり?攻撃性の力を持った魔導士を迫害すれば終わりだと思ってる?──反吐が出る。だからプルート様の優しさをフイに振って、この狂った世界で笑っていられる。一番歪なのは今を生きる人間だよ。クソが」
女の悪態は止まるところを知らない。
わからない話が多すぎる。得ている情報量に差がありすぎる。
そのせいで単語と単語、話の線が繋がらない。
「……プルートも、アスナーシャも、何からの解放を望んでいるのですか?そう思われた理由は?」
エレス、ではなくアスナーシャが表層に出て問いかける。
これは核心に触れる話題だ。そして、器である人間にも教えていない真実。
それを目の前の盗賊たちが知っているとしたら。メイルを狙った理由とは。
「お嬢ちゃんはこの世界が理不尽だとわかってる?」
「とても理不尽です。大好きな人と手も結べない世界は、とても悲しいものだから」
まぎれもないアスナーシャの本心。外法という抜け道はあっても、それは極一部に赦された世界の奇跡。大半の相反する力を持った人間たちは、一生相手の温もりを知らないまま朽ち果てる。
アスナーシャは特権階級に属する側の存在なので、真の意味ではその理不尽さを、悲しみを理解できていないのかもしれない。
それでもこの世界の嘆きは、十分に見てきたつもりだ。
「そう。実感がこもってる。息は、嘘を言っていないわ。やっぱり理不尽だ。子供の方がよっぽど世界が見えている」
「質問に質問で返さないでください。誤魔化さないでください。私の質問に、答えなさい」
「じゃああなたに同情したお詫びで答えるよ。プルートという存在の消滅。それこそが我々の最終目的」
「は、あ……⁉︎」
決定的に、溝ができた。
話の流れが、分断された。
今までも繋がっていなかった順序が、道筋が。点と点だったものが完全に放流された。
ダグラスの困惑も仕方がないだろう。あれだけプルート様と言っていた集団が、そのプルートを消滅させるなどと宣う。
これに大きな変化を見せなかったのはアスナーシャだけ。
彼女だけは、『君待つ旋風』の言葉が理解できたから。
「ま、待ってください!プルートは魔導の祖ですよ?それを消滅させれば世界から魔導が消えるかもしれない⁉︎」
「むしろ導師からすれば嬉しいことでは?世界統一が進むでしょ」
「ルフド、そこじゃない!彼女はアスナーシャもついでに解放すると言った!つまりは、アスナーシャも消滅させると言っているんです!」
「やってあげても良いと考えてるぞ?そうすれば導師という職も必要なくなる。晴れてただの子供に逆戻りだ。神輿は必要なくなるからな」
ルフドとフレンダの叫びに、女は粛々と返す。
アース・ゼロ以上にスケールの大きな話になってしまった。なにせプルートはともかく、アスナーシャは教会に祀られている神とされている。宗教ができてしまっているほどの存在で、その存在価値は世界中で依存者がいるほど。
その神を殺すと、宣言したのだ。
「そもそもどうやって⁉︎その二つの存在を殺す手立てがなければ、妄想でしかないでしょう!」
「生きているのなら殺せる。そんなもの、自然の摂理でしょ」
「ただの生き物と同じで、剣を突き立てれば殺せると……⁉︎」
「そうだ、騎士さん。アレらが神だとでも思っているのか?我々もプルート様と呼んで崇拝しているが、神ではなく大恩ある御方として敬っているだけ。特殊な生き方をしているだけの生物に過ぎない」
ラフィアはブラフだと叫ぶが、女はなんてことのなしに切り捨てる。
そしてアスナーシャもプルートも、存在が特殊なだけでただの生き物であるということはアスナーシャ自身が認めていた。
アスナーシャは本体を十分痛めつけられたら死ぬだろう。女の主張はそこまでおかしくはない。
問題は本体を呼び出す方法だが、それも目の前の集団なら心当たりがあるだろうと推測する。あまりにもはっきりとした物言いに、アスナーシャですら騙された。
実際はそこまで進んでいるわけではなく、本体を呼び出す方法まではわかっていない。わかっていたなら既にプルートを呼び出していただろう。
「……いや、待て。それと我々を襲う理由は何だ?そこが繋がらない」
「ん?誘き寄せた二人を人柱にするつもりだけど?」
「……アスナーシャとプルートを呼ぶために⁉︎」
ダグラスの問いへの返答で、ようやくまともに線が繋がる。
攫われたメイルも、追いかけたジーンも高位の神術士と魔導士だ。導師がアスナーシャを呼ぶ存在ならおかしなことではない。器という単語を知っている者ほどこの言葉に惑わされる。
逆にすぐにこれが嘘だとわかったのはアスナーシャだ。
(人柱なんて用意しても、私たちは呼び出せない。選ぶのはあくまで私たちの意志。ここだけ嘘をついた理由は何?他のことについては随分私たちに詳しそうだけど……。それにこの風、とても見覚えがある。王城では一回だけだったけど、どこか懐かしくて、それでいて嫌な感じ……。あっ、あの子の風⁉︎)
アスナーシャは自分の記憶から、風の魔導がシルフィの娘が使っていたものだと合点がいく。三百五十年前はアース・ゼロの前で唯一器が関係した時代だ。思い起こすことに事欠かない。すぐに鮮明に思い出すことができた。
よくよく見渡してみれば、『君待つ旋風』の使う風全てから嫌な感じがしていた。アスナーシャの専門としては神術だが、あれだけ特殊な風なら流石に身に覚えがある。
(まさか、全員子孫だっていうの⁉︎それとも何かしら引き継いだ人たち?もし子孫だとしたら、あの子の相手になる男なんて……。あの阿婆擦れぇ⁉︎ブレインの様子が『ロウストンの会合』のちょっと前からおかしかったのはそのせい⁉︎)
三百五十年越しの真実に気付き、エレスの身体を震わせるアスナーシャ。それは側から見ればダグラスが辿り着いた答えに兄が巻き込まれた憐れな少女にしか映らなかった。
アスナーシャが答えに行き着いている頃、襲撃班のリーダー格たる女、ソフィもエレスの様子がおかしいことに気付く。
(あの子……。雰囲気が変わった?さっきまではただの少女然としてたのに、今では少女の擬態をしているような洗練さがある。まるで二重人格のような、そんな乖離を感じる。あの子、ただ神術が導師よりも上なだけじゃない何かがある……?まるでエレスティ様のような。連れていった女とも面影があるような……⁉︎あの子、女騎士にエレスって呼ばれてなかった⁉︎そんな直接的な名前をつける馬鹿どもが、あの悍ましい連中以外にいるはずがない!)
ソフィも、全てではないがエレスの素性に気付く。
そして即座に風でこの場にいる味方全員にメッセージを送る。全員その推測に表情を変えないまま、風でやり取りを始める。
(ソフィ、あちらにも確認を取った。エレスティ様と一緒にいたメイル様は、お前の推測通りだ。ならあの子もおそらく……)
(……あの子を傷付けてはダメ。これはシルフィの妹としての絶対命令です。今回の陽動作戦で、エレスティ様に余計な心労をかけられない……!)
『君待つ旋風』は縛りを設ける。これだけは守らないといけないことができた。時間稼ぎをしつつも、やることは変わらない。この五人の無力化。それさえできればブラフでもなんでも使う。
人柱という嘘を使ったために、こちらの思惑が時間稼ぎだとバレても構わない。むしろその方がこれからやりやすくなる。
威圧行為として、ソフィはかまいたちを引き起こして、五人の前に大穴を開けた。これくらいならシルフィの妹として無詠唱でできる。
「さあて。クソッタレな世界からオサラバするためにはあの二人の犠牲が必要だ。それまでの時間、しっかりと稼がせてもらう」
「やらせるか!」
五人は二人を奪還するために。『君待つ旋風』はジーンのための時間稼ぎを。
そのための茶番劇が始まる。
五人の実力が高く、アスナーシャは活動限界から途中でエレスに身体を返したが、それでも倒れたのは初めての実戦の緊張感にやられたルフドだけ。『君待つ旋風』も消耗こそしたが脱落者は出さなかった。
ダグラスのマナも限界に近付いてきた頃、『君待つ旋風』のものではない竜巻が引き起こされ、それに『君待つ旋風』の何人かが巻き込まれた。
ソフィはすぐに回収と撤退準備を始めると、その竜巻の後ろから現れたのは息の荒いメイルを抱きかかえたジーン。ジーンもメイルも傷だらけだ。血も流している。
それを見て、ソフィは撤退を即決。
「作戦は失敗!撤退する!」
蜘蛛の巣を散らすように、『君待つ旋風』は全員が即時撤退。それを追える者はこの場にいなかった。
ジーンは鬼のような形相で撤退する者を睨むものの、エレスに駆け寄った。エレスティを発生させないままメイルを抱いていたため、この時初めてダグラスとルフド、フレンダはジーンの特殊性を把握する。
ラフィアに至っては、エレスティを発動させない特異性はエレスのものだと思っていたために、他の三人以上に驚いていた。
アスナーシャはそれをバラして良かったのかと心配するが、二人の状態を見てそうは言ってられないと後回しにする。
「エレス!メイルの治療を!」
「う、うん!」
「ジーン!あなたも怪我が酷い!無理に動かないでください!」
「俺は神術の治療は受けられないんだ。それにそこまで深くない。メイルの方が深刻だ」
メイルを馬車の荷台に運んで、エレスが治癒術を使う。それと同時にラフィアとフレンダが血の付いた服を取り替えたり止血をしたりと、女性陣だけで手当てを始める。
ジーンも自力で手当てをしながら、ダグラスと一緒に周りの警戒をしていた。
「ジーン、何があった?」
「神降ろしとかいう儀式にメイルが巻き込まれて、助けるのにエレスティを発生させてお互いボロボロ。どうにか逃げてきたがあっちも逃がした。メイルの傷が深くて、エレスでもないと治せそうになかったから急いで戻ってきたんだ」
「本当にアスナーシャとプルートを呼び出す気だったのか……」
「ああ、クソッ!こっちは得るものなし、少数行動が裏目に出た。こっちもあの人数に襲われたのか?」
「そうだ。幸先の悪い……」
こうして茶番は終わり。
ジーン一行はメイルの治療のためにここで立ち往生を余儀なくされた。
次も日曜日に更新予定です。
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