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3ー2ー2 騙し合いと真実と

歓待。

 メイルは初めての体験として空を浮かんでいた。竜巻に巻き込まれることも初めてで、誘拐されるのも初めてだ。魔導によるものだったのでエレスティが起きて痛かったが、防壁魔法を使うことでメイルの身体そのものにエレスティが起こるような事態は回避した。

 魔導と神術でぶつかり合えば、術者にはエレスティの被害はやって来ない。最初こそ痛かったものの、今では優雅な空中散歩を楽しんでいる。


 メイルの周りには同じように風の魔導を使って空を飛んでいる魔導士が五人ほど。全員『君待つ旋風』のメンバーだ。彼らがジーンたちを襲撃して竜巻を引き起こし、今回の茶番を主導した。

 メイルが高い場所からの景色を楽しんでいると、『君待つ旋風』のメンバーは渓谷の間へ降りていく。メイルが飛ばされている竜巻もそこへ入り込んでいく。


 川の上を通過して進んでいくと、洞窟のようなものが見えてくる。その中へ入っていくようで、メイルの竜巻もだんだん小さくなっていってその洞窟へ送り込まれる。メイルの周りにはまだ魔導士が陣形を保ったまま辺りとメイルを警戒している、

 洞窟の中は天然のままではなく人の手が入っていて、生活する分には困らないほどランプやらマナタイトを用いた電化製品が置いてある。『君待つ旋風』の拠点の一つのようだ。

 メイルは地面に降ろされて、風の魔導は解除される。それでもメイルは防壁術式を解除しない。


「ご招待ありがとうございます。一応乱暴されたら困るので、このまま神術は使用したままでいさせていただきます」


「ああ、それは構わない。それで信用が得られるなら安いものだ」


 奥から現れたリーダー、シルフィはメイルの嘆願を了承する。女性であり、神術士だ。魔導士の犯罪者集団に攫われて無警戒でいる方がおかしい。

 周りにもメイルが女性だとわかった時点で女性団員を増やしたが、それだって気休めにしかならない。

 この周りにいるメンバーも武装をしているので、これで丸腰にでもなられた方が困惑してしまう。話しかけているシルフィも十字槍を持っているので、誰もが辺りを警戒したままだ。


 何せ彼らはジーンたちの旅を邪魔しているような状態だ。いくら手紙で事前に話を通していたとしても、完全に意思疎通ができているはずがない。

 ジーンに襲われることも想定して、状況の推移を計っている。


「しかし、あの方が一番信用する者が君とは思わなかった」


「それはわたしが女だからですか?それとも、神術士だからですか?」


「アスナーシャ教会の人間だからだ。教会をあの方が信用するとは思えなくてな」


「ああ……。わたしも生きるために仕方がなく、ですよ。身寄りがなかったのでお金を稼ぐには神術を使うのが手っ取り早かっただけで、教会のことは何一つ信用していません」


「なるほど。なら君を信用するのもわかる。あの教会に染まっていないのだから」


 シルフィはメイルの話から、教会のことを何とも思っていないことがわかって納得する。

 それだけ『君待つ旋風』からすればアスナーシャ教会とは相容れない存在なのだ。

 『ロウストンの会合』で当時の導師からの想いを、行なったことを、全て忘れて国に尻尾を振る駄犬ども。それが彼らの教会に対する評価だ。


「……また、手を取り合えるだろうか」


「魔導士と神術士、ですか?」


「ああ。三百五十年前は、ここまで確執がなかった。エレスティが起ころうと、お互いの長所と短所を理解して補っていた。決定的に仲違いをした『ロウストンの会合』以降、世界は変わったよ」


「……あなたはまるで、その時を見てきたかのように話すんですね?」


 メイルはそこが不思議だった。三百年以上生きる人間がいるはずがない。神術を極めた者は一般的な人間より長寿だが、それでも百年ちょっと。しかも相手は魔導士。

 だというのに、シルフィの言葉は何とも生々しい。当時の感情を知っているような、時代の移ろいを見てきたかのような。そんな確かなものがあるかのような声が疑問を浮かばせる。


「事実、私は知っている。シルフィとは継承者。三百五十年の記憶を、力を継承する風の末裔。プルート様への絶対の忠誠を誓った者が襲名する名だ」


「継承……。確かそんな術式があったはずですが、禁術指定だったはずです」


「三百五十年前はそうじゃなかったのさ。禁術にしたのはアスナーシャ。人格を失う可能性があると、『ロウストンの会合』の前に禁術にしたが、その当時に生きていれば概要を知っている。そして、その術式を我々が引き継いだということだ」


 メイルはアース・ゼロのことを調べるために、禁術などについてはかなり調べている。アース・ゼロの原因を知りたかったからだ。そのためシルフィが語る術式にも覚えがあった。

 神術でも魔導でもない、原初の異能。どちらにも属さない無属性の術式。それが記憶の継承術式だったとメイルは思い出す。

 アスナーシャに聞くべきことができたと胸の内に秘めて、もう少し話をしてみることにする。ジーンが着くまでまだ時間はありそうだ。


「その継承者さんが、ジーンさんに何の用ですか?」


「決まっている。彼の方が器だったのなら。プルート様の想いを伝えなければならない」


「プルートの想い、ですか?」


「ああ。カナンにはそれがある。現状彼の方以上の器がいないのであれば、いっときでもプルート様と一緒にいた彼は知るべきだ。……できれば君がアスナーシャの器だったら良かったのに」


 少し悲しげな表情でメイルを見るシルフィ。シルフィとしてはジーンと仲の良い神術士だからそう言っただけで深い意味はない。器が近くにいれば、三百五十年越しの悲願が達成できるだろうと思っているだけ。

 メイルとしても、自分が器だったら良かったのにと何度思ったことか。


 そうすればジーンの側で十年間支えることができただろう。ジーンに辛い思いをさせなかっただろう。エレスへ余計な負担をかけさせることもなかっただろう。

 それもこれも、メイルの実力がなかったから。失敗作だから。

 そのせいで、ジーンとエレスを苦しめたと思っている。


「……本当に、そうだったらどれだけ良かったでしょうか」


「すまない。これはただの感傷だ。十年前にアスナーシャの器もいたということは『パンドラ』から聞いているが、その器の女性は死んでしまったと聞いた。それからたった十年だ。あんな失敗をしてアスナーシャもすぐ人間を信じてくれるとは思わない」


「んー。アスナーシャは何というか、そこまで神聖な存在でもないですし、もっとありふれた存在というか……。人間っぽいですよ?そんな神様的な存在だったらもっと頻繁に器を選んでいそうです」


 メイルはどこまで言おうか悩んだが、プルートと同じように神聖視していそうだったのでやんわりと否定しておく。

 メイルは十年前の段階でアスナーシャと会話したことがあったので、これは伝えて大丈夫だろうと思った。要は今エレスの中にアスナーシャがいることを彼らに伝えなければいいと判断してのこと。


 メイルが何気なく言うと、周りの全員がメイルへ驚愕の表情を向けていた。人によっては持っていた武器を地面に落とすほど。

 その反応にメイルの方が驚いてしまう。そこまで変なことを言ってしまったのかと。


「……どうして君がそのことを……?まさか、アスナーシャの器……?」


「あ、いえいえ。勘違いしないでください。わたしは器じゃありません。ただ十年前、アスナーシャと話したことがあるだけです」


「なっ……!」


 思い違いを訂正したはずなのに、それでも頬を引き攣らせるような爆弾発言をしてしまったようだ。

 だが、その言葉でメイルの素性は知れ渡ったと言ってもいい。


「……だからか!君をエレスティ様が大事にしているのは!大事にするに決まっている!まさか……あの非人道的な行いの生き残りがいたなんて!」


「あー、はい。そういうことです。アース・ゼロ実験の候補者の一人です」


「『パンドラ』も把握していない生き残りがいたなんて……。失礼した。おい、すぐに椅子などを用意しろ。エレスティ様と同等のグレードの物をだ」


「はい」


「え、あの?」


 いきなりの態度の急変に、メイルがついていけない。すぐに人員がバタバタと動き出し、豪華なソファが二つ用意されて、その一つに座るように指示された。

 メイルは訳のわからないまま、立ちっぱなしもどうかと思ったので素直に座る。周りの誰も座っていないのでいたたまれない気持ちになったが、『君待つ旋風』は立っていて当然という様子だった。


「お名前を伺っても?」


「メイル・アーストンです。偽名ですけど……」


「真名は?」


「ありませんよ。そんなもの与えられませんでしたから」


「……ではメイル様と。何かご入用の物はございますか?話し合いに飲み物が必要ならばすぐにでも」


「ええ……?いえ、ジーンさんが欲しいと言ったら同じ物が欲しいですけど、特には」


「かしこまりました」


 急に畏まられて、メイルは困惑を隠せない。ここまで仰々しく接してくる人たちは初めてだった。アスナーシャの器ではないと答えたはずなのに、どうしてこうなったのか。

 困惑している間に、連絡員の一人が来て待望の言葉を告げる。


「エレスティ様がいらっしゃいました!」


「通せ!失礼のないようにな」


(今更ですけど、兄さんがエレスティだったって知れ渡っているんですね)


 メイルはそんなことを考えながら入口の方へ顔を向けると、ランプなどの光でジーンの姿が見えた瞬間、この場にいた全員が一矢崩れぬまま即座に膝を着いて頭を下げていた。

 近衛隊や騎士団ですら驚くであろう統一っぷりに、顔を出したジーンは辟易する。


「エレスティ・ジン=ヴェルバー様。メイル様。ようこそお越しくださいました」


「……メイル。何だこの状況は」


「さあ……?」


 メイルは実際どうしてこうなっているのかわからないのでそう答えるしかない。ジーンに畏まる理由はプルートの器だったからだとわかるのだが、メイルがこうまでジーンと同じ扱いを受けるのかわからない。

 ジーンは一つため息をしてから、口を開く。


「ずっとそうされると据わりが悪い。顔を上げろ。あと、そこに座っていいな?」


次も日曜日に投稿しようと思います。

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