2ー4ー2 目的と狂騒の果てに
バラす。
情報収集をさっさと切り上げたジーンたちは部屋に戻ってゆっくりとしていた。馬に餌を与えてブラッシングをしながら待っていると最初に帰ってきたのは教会に行っていたメイルとフレンダだった。
男子部屋に集まって報告を聞く。
「教会では『パンドラ』も『君待つ旋風』も情報がありませんでした。『パンドラ』は二人の構成員以外わかっていませんし、『君待つ旋風』はどうやって隠れているのかわからないので見た目では判断できません。まさか検問で一々エレスティを起こすわけにもいきませんから」
「それを喰らったら俺たちも面倒だからな。商人の偽装をした集団だとしても、数が多すぎて判別できないか」
「はい。特にこの街は人の出入りが多すぎて、どれが犯罪者かもわかりません。顔写真や人相書きがあるわけでもないので」
「虎仮面とワインレッドの髪に額に大きな傷、なんてわかりやすいのは引っかからないか」
『パンドラ』で引っかかるとしたらこの二人だが、虎仮面は仮面を外されたら隻腕しか特徴がない。隻腕なんて魔物と遭遇したとでも言ってしまえばいくらでも融通が利く。
つまり、基本は打つ手なしなわけだ。
「ジーン殿。ルフドは何かバカをしませんでしたか?」
「温泉饅頭を食べられなくて拗ねてたくらいだ」
「それは良かった。迷子にでもなられたら面倒でしたし」
「ちょっと、僕のこと子供扱いしすぎじゃない⁉︎」
「事実子供でしょうが」
幼い時から知っているフレンダが断言したために、ルフドは崩れ落ちる。
十四歳は子供でもいい年齢だ。問題はルフドがアスナーシャ教会のトップたる導師で、王女殿下と婚約などしている点。これでは普通の子供ではいられない。立場がありすぎる。
ジーンが気にするのは、ジーンが同じ年頃だった時には既に魔導研究会を引っ張っていたことも大きい。ほぼ同じ立場でこうも違うのかと、比較してしまっているからだ。
残念ながらジーンは産まれた時から早熟しており、九歳で完成してしまった。
史上最高の失敗作。それがジーンで、ルフドは導師にさせられた子供としては至って普通の感性をしている。
浪費グセ、ポンコツな部分が多々見えるが、感性として発育が正常なのはルフドの方。
ジーンはダグラスが帰ってきてから報告をするつもりで、程なくダグラスも帰ってきた。
「オレが最後か。待たせた。んじゃ早速報告な。街で担当している検問自体は、怪しい人物はいなかったということだ。まあこれは予想通りで、『パンドラ』は十年間在野で息を潜めていた連中だ。『君待つ旋風』もアンダーカバーくらいあるんだろうから尻尾なんて簡単に出さないだろ」
「そんな簡単に見付かったら俺たちが調査する前にどっかしらで捕まってるからな。それで?」
「変な噂が流れていないか調べたが、ビンゴ。国に対する不満は出始めてる。マナタイトの恩恵から魔導士はもっと優遇されるべきだって話も出てる」
この辺りは『パンドラ』が世論を変えるために噂を流すだろうと予想していたから、実際に情報操作をしていて納得したほどだ。こんな市井の噂話まで情報屋に聞いていたら金額を吹っ掛けられると思ってジーンは情報屋で聞く内容を吟味していた。
首都での情報の伝聞速度が異様に早かったので街中にも協力者はいるのだろうと思っていたが、少し首都から離れたサラサでもその影響力があると知れた事は大きい。
「うん。ダメだな。この戦争、俺たちの負けだ」
「……はい⁉︎ジーンさん、戦争ってどういう意味ですか!」
ジーンが比喩で使った言葉にルフドが反応大きく飛び付く。
統一国家があるこの世界で、戦争なんて言葉はほぼ聞かない。たまに神術士と魔導士が全面戦争をするのではないかと仲の悪さから噂されているが、実際には起きていない。
戦争なんて国家統一戦争が最後。それ以降内紛もなかったので未知の言葉でもある。
そんな言葉を使えば、ルフドが動揺してしまうのも仕方がない。むしろ驚いていないのはメイルだけで、他の全員は意味がわかっていないエレス以外目を見開いている。
「こんなの戦争だろ?『パンドラ』の目的は俺も語ったがアース・ゼロの再演。こんなの国家に喧嘩売ってるのと同義だ。『パンドラ』へ協力している連中が多いことから、この後誰が世界を統治するかの代替戦争って言っても過言じゃない。アース・ゼロの後に大地と人間が残っていれば、だけどな」
「国の存亡をかけた戦争ってことですか?」
「ああ。そういう縮図になってる。国と『パンドラ』という新興組織の、国というより人類としての生存競争、とでも言うべきか。三大組織や国がどういう舵取りをするのか人々は期待している。その期待を十年前から裏切られたと思ってる連中がいま、対立してる」
十年という時間を長いと見るか、短いと見るか。
三大組織は国と密接すぎるからよく注目されている。
とある喫茶店の女将のように世界を無価値と断じてその日暮らしをしている者も多い。だが、世界を練り渡っている行商人や、各地方の大都市など少し頭が回り未来を見ようとしている人種からすれば国を信じていいのかを考え、自主的に動く。
首都は自給率が異様に高く、世界の危機になっても最後の砦として機能できる。それはつまり、他の都市は首都に協力しなくてもバレずに好き勝手できる自主性も持っていること。このまま戦争にも入れる構図ができているということ。
最悪。首都を切り離して独立するという手段も取れる。
それだけ地域ごとに様々な裁量が任されている。
「だから、『パンドラ』の真意を知りたい。アース・ゼロの再演もこの前聞いたばかり。そもそもあちらさんの想定するアース・ゼロとは何なのか。そこら辺をはっきりさせないと全部後手に回っている首都側はいつの間にか取り返しのつかない事態に追い込まれる」
「だからジーンは魔導研究会と近衛隊っていうトップ層を今回の捜索に組み込んだんだろ?」
「その通り。交渉するにしても体面は保てる。メイルっていう序列を持った神術士も同行してるからな。導師が来たのは誤算だった。秘密裏にあちらさんと交渉するっていうのがおじゃんだ」
ダグラスの推測にジーンは肯定を示す。
『パンドラ』がどこまで情報に精通しているかわからないが、ジーンだけだったら昔のよしみで交渉できたかもしれなかった。
しかし、対立派閥とも言える首都側にドップリと浸かったルフドがいては交渉の席にもつけないかもしれない。
「ジーン殿?まさかあなた方は『パンドラ』と交渉する大使を担うつもりだったと?」
「戦争にしろアース・ゼロにしろ、死人が出る前に何とかするのが上の責任だろ。たとえあっちが先に首都へ手を出してきたとしても、アース・ゼロの後処理で見殺しにしたのは国が先だと糾弾されたら反論できないほど対応が遅かった。今回の騒動が十年前の報復なら、あっちにも正当性があるからな」
「それは一体……?」
フレンダの問いにジーンは訝しむ。ルフドが知っていそうなのでお付きのフレンダが知らされていないところに教会という組織の構造へ疑問を浮かべつつも、説明はキッチリとする。
このまま『パンドラ』と接触し、戦うかもしれないのだから情報は共有しておいた方が良いと思い開示する。
相手に言われて動揺して死にました、では困るのだ。
「──アース・ゼロはフレスト国主導の国家プロジェクトだぞ?」
「そんなっ⁉︎あの大災厄を引き起こした原因が国の事業の一環ですって⁉︎」
フレンダが即座にあり得ないとでも言わんばかりに噛み付いてきたが、知らなかったラフィアとダグラスも顎が外れそうになっている。
初めから知っていたメイルとルフドは無反応。エレスは事の大きさが理解できていない。
ジーンはダグラスが知らされていなかったことに疑問を感じてそのままぶつける。
「ダグラス、知らなかったのか?」
「いや、知ってたけど言っちまうんだなと思って……」
「ダグラスさん⁉︎私聞いていないのですが!」
「あー、ラフィアお嬢ちゃんには折を見付けて伝える予定だった。近衛隊でも知ってるのは極少数だし、お嬢ちゃんはアース・ゼロを恨んでるって団長から聞いてたから、大丈夫そうなら話そうと思ってた。もしやっこさんらと交渉の席に着くならオレだけの予定だったからな」
ファードルが知っていたので、ファードルに任されているダグラスも知っているとジーンは考えていた。その予測も、ファードルへの信頼も正しかったとわかってご満悦なジーン。
「教会だって枢密院と導師は知ってたぞ。メイルには俺が教えたけど」
「あああぁぁぁ……。国家事業なら正当性が産まれてしまう……。ルフドも流石に機密として話せないでしょうし……」
「ま、待ってください!いくら国家プロジェクトとしても、三大組織が関わっていたなんてどうして……。魔導研究会はわかりますが」
「名目上は世界の救済プロジェクトだし、何かあったら困るから騎士団が護衛として任務に当たってただけだ。教会はアスナーシャが呼べるかもって思って協力。それだけだ」
フレンダが納得し、ラフィアの困惑の声にも説明をして。
困惑が部屋を支配するままジーンは畳み掛ける。
「ということで『パンドラ』及び『君待つ旋風』を追いかけて、できれば交渉がしたい。それに情報屋から『君待つ旋風』が向かうだろう場所の情報を手に入れた。ここに向かえば『パンドラ』との橋渡しをしてもらえるかもしれない」
「楽観的推測だなぁ。それに犯罪者集団に首都に攻め入った賊だぞ?」
「何が何でも実力行使が正しいとは思わない。それにいくつかのやったことは許されないが、あいつらにも心はあるぞ?問答無用で世界を改変したいならアース・ゼロを勝手に起こせば良かっただけだ。わざわざ宣戦布告なんてやるのは、交渉してくれっていうメッセージだ」
ダグラスの含みある質問にも余裕で返す。
正確にはアスナーシャとプルートの器を寄越せという脅しかもしれない。
だが、プルートの器だったジーンは十分『パンドラ』との交渉を行える資格があると自負している。
『パンドラ』はまだ理性的に世界を変えようとしている。それがわかる行動が節々にあるので、ジーンは交渉をしたい。
そして、正しいアース・ゼロが行えるのであれば。
ジーンの残り少ない命くらいはくれてやっても良いと考えている。
「まあ、情報を一気に語りすぎたな。夕食を食べて風呂入って、頭を整理してくれ。ぶっちゃけ後からついてきた二人は俺の行動を受け入れられないなら首都に戻ってくれ。ラフィアは事後承諾だがついてきてくれると助かる。近衛隊を派遣とはいえファードル本人じゃない。信用のためには数がいた方が説得力がある」
(というか、フレンダとルフドは帰ってくんねーかな。好き勝手できない)
ジーンはまだ二人が帰ってくれることを望んでいた。当初の目的は『パンドラ』と接触するためにジーンの独断でなんでもできる少人数行動だったのに、それができない負担があった。
ファードルとも共謀して自由裁量をもらったのに、意味がないとジーンは不満なのだ。
「……考えさせてもらいます」
「僕はついていきますよー」
(チッ!物珍しさで来られても迷惑なんだよ……)
フレンダとルフドの返事にジーンは心の中で舌打ちをする。メイルはその苛立ちを感じて苦笑。
エレスはジーンの膝の上で戯れるだけ。ジーンはエレスの髪の毛を撫でることで神経の苛立ちを抑える。
「……あの、ジーン。国家プロジェクトだと言うのならアース・ゼロを引き起こした人物をご存知なのでは?」
「知ってるぞ?個体名『エレスティ』。その実験体が起こした事故だ」
「……は?個体名?エレスティ……。実験体?」
ラフィアの質問にジーンはあっさり、自身の昔の名前を答える。
そこまでバラすとは思っていなかったメイルとアスナーシャは頬を引き攣らせていた。アスナーシャなんてあまりの事態にエレスから身体の所有権を借りるほど。
「アース・ゼロを起こすために調整された子供の魔導士だ。もう一人関わっていた大罪人はセニスという女性。その二人が虐殺の犯人だ」
「それは。記録に残っているのですか?」
「俺は知ってたぞ。騎士団と教会、国は名前まで把握していたかは知らん」
「お兄ちゃん、難しい話終わったー?もうお腹空いた」
「さっき饅頭食べたばっかだろ。……可愛い妹のおねだりだ。レストランに行くか」
アスナーシャのエレスのフリに、ジーンはわかっていながらも付き合う。
これ以上言うなと。自分で自分の首を絞めるなと釘を刺されてしまった。
ジーンとエレスが立ち上がったことで他の全員も考えを巡らせながら旅館に併設されているレストランに向かう。
ちなみに食事の際。アスナーシャとメイルに「バカ」と怒られたのが結構心に来たのは秘密。
次の更新は間空きます。
日曜日に「ウチの三姉妹」更新予定です。
次は水曜日更新予定です。
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