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2ー4ー1 目的と狂騒の果てに

温泉街サラサ。

 一行は順調に進み、魔物の襲撃が数回あった程度で山と湖に囲まれた温泉街サラサに辿り着いた。サラサはケルノ火山から引いている温泉の源泉によって街のあちこちに温泉がある。

 足湯に日帰り温泉、宿泊できる場所には必ず複数の温泉など。温泉があってこその場所となっていた。しかも首都と東部を繋ぐ中間点でもあったので観光都市兼商業都市として発展していた。特にお金のある貴族はここに別荘を立てて温泉に入り放題なんて事をしている。


「なんか臭い……」


「硫黄の匂いだな。温泉の匂いって言ってもいい。一回入ってみれば気にならないさ」


「そういうもの?」


 エレスは鼻につく匂いに顔を顰めていたが、こういうものだと聞けば我慢をする。

 一行はまず泊まる宿を探すことになる。まだ昼前だが、馬車を預けられる場所を見付けておかないと街中で動きづらい。

 そこで一波乱あったのだが。


「ジーンさん!あのおっきな建物にしましょうよ!きっと良いホテルですよ!」


「何で一番大きいホテルにしようとしてるんだ……。絶対高いだろ」


「そんなに高いんですか?」


「このボンボン導師め。自分の金じゃないから執着がなさすぎる」


 フレンダの苦労がわかったジーンだった。ルフドはもう大きいホテルに泊まる気満々なのか他の面々を説得し始めるが、誰もが高級ホテルの値段と予算の都合でこんな初っ端から豪遊するわけにはいかない。

 まさか高級ホテルに泊まりまくっていたので予算を都合してくださいなんて三大組織の上層部に伝えたら確実に罵倒される。漫遊の旅ではないのにお金を使いすぎたら国民に申し訳ない。


 三大組織の運営は国民の税金で成り立っている。

 組織ごとに分配されているお金はある。その教会分をどう使おうが教会の勝手だが、三大組織共通の金額ならルフドの鶴の一声で決まるわけがない。


「オレ、高級な宿って綺麗すぎて寝られる気がしないんでパス」


「というか、聞いている予算を余裕でオーバーしますよ。ルフド、ワガママ言わない」


「えー」


 ダグラスとフレンダの声で文句タラタラなルフド。大きな旅館を楽しみだったのかエレスも残念そうな顔をする。

 ジーンもエレスを甘やかしたいし、これが少数の旅だったら初っ端から泊まるかと言ったかもしれなかった。だがメイルとアスナーシャから甘やかしすぎるのは良くないと言われている。


 エレスは確実にジーンの後も生きるのだから、自立できるようにすべきという保護者会での約定に背くことになる。だから心を鬼にしてここはエレスの表情だけ楽しんで終わりにする。

 そう、不満な顔も珍しくて見られて良かったと思うこの男、もうダメかもしれない。

 結局泊まるのはグレードもそこそこの、四階建ての旅館。それでもエレスを泊める宿としては一番大きくてエレスは喜んでいた。


 木造でできているようで、そこかしこから木と温泉の匂いがした。ジーンは村で自然に囲まれていたのでここの匂いは好きだった。

 チェックインを済ませて馬車も預けて荷物を部屋に下ろして。部屋はまた男女で大部屋を一つずつ取り、ダグラスは口笛を吹いた。


「ヒュー。十分良い部屋じゃん。湖が見える景観ってのが良い。泊まるだけってなら豪華すぎる」


「これが庶民の感覚だぞ。ルフド」


「僕も庶民ですよ?」


「はいはい。王族の婚約者は庶民なんて呼ばないんだよ」


 特権階級のことがわかっていない子供は放置して、荷物を置いたらまたロビーに向かった。

 首都が襲撃されたというのに、客は多い。数日経過しているので知らないわけではないのだろうが、自分には関係ないのだと思っている庶民が多い証拠だろう。


「んじゃあオレとラフィアの嬢ちゃんで騎士団の詰所行ってくるわ」


「私とメイルは教会に行ってきます。ルフドをお願いしますね。ジーンさん」


「はいよ」


 そういうわけで三手に別れて情報収集開始。

 ルフドは街に入る前に変装をしたためか、誰にも導師だとバレていない。だからと言って変装が目元も隠れるバンダナをつけることだとは思わなかったが。

 顔を隠す変人として道ゆく人に見られる。これが中々うっとおしい。

 街を見る限り平和だ。第二のアース・ゼロが迫っている状況には見えない。


「お兄ちゃん。情報屋さんって信用できるの?」


「できないぞ?なんたって金銭のやり取りで人様の情報を売っぱらう人間のクズだ。それに本物の情報屋なら俺やルフドのこともバレるだろうしな」


「ええっ!じゃあどうして行くの?」


「そういう危険を冒してでも、会う価値があるからだ」


 身バレを防ぐために少人数で行動しているのに、その身バレがする場所へ向かうという。これにはエレスは驚きルフドも変な目付きになるが、ジーンが考えなしというわけでもない。

 蛇の道は蛇、ではないが、情報屋だからこそ得られるものがある。

 ジーンはこの街にも何度か来たことがあったので、迷うことなく情報屋へ向かう。メインストリートは観光客目当ての宿屋や飲食店、お土産屋ばかりだったが、それ以外のお店となると街の外れにある。教会や騎士団の詰所も同じように。


 着いた場所は小屋と間違えてしまうようなボロい建物。屋根や窓はしっかりしているが、嵐でも来たら崩れてしまいそうな不安定さがあった。

 そこへ容赦なく、ジーンは入る。


「いらっしゃい。ジーン殿が他人を連れているなんて初めてじゃないか?」


「知りたいことがある。払いはマナタイトで良いか?」


 カウンターにいた黒尽くめの三十代の男性は挨拶もなしに本題に入るジーンを気にしない。

 ジーンは持ってきていたマナタイトを袋から出して彼の前に出す。対価として交渉するなら品質を見せるのが手っ取り早い。マナタイトは漆黒に輝いた宝石のようで、大きさはジーンの拳くらい。

 最高級、の一歩手前くらいの大きさと品質だ。ちなみにこれ、来る途中の馬車で作成している。


「こりゃ良い品だ。ああ、良いぜ。これで話してやる。『パンドラ』についてか?」


「それももちろん知りたいが、できれば『君待つ旋風』のことも」


「んー。ま、いっか。『君待つ旋風』の向かう場所は最終的に北東の洞窟、カナンだ。今地図を持ってくる」


 男は少しだけ店の奥に行って、すぐさま羊皮紙でできた地図を見せる。世界地図ではなく東部の地図だ。


「ここ。アジトではないが、ここに向かうだろう」


「ここに『パンドラ』の拠点でもあるのか?」


「いや、知らん。対価が足りないとかじゃなく、マジで知らん。『パンドラ』のことは俺たちも詳しくは知らないんだ。情報屋の連中は真っ先に調べようと思って探ってるが、碌に情報なんて出てこねえ。だから『パンドラ』と関わりがあるのかは知らないが、カナンは奴らにとっての聖地なんだ」


「聖地?」


「ああ。ここには祭壇がある。祀っている存在がいるんだ」


「……ああ。そういうことか」


 そう言われてその対象が何だかジーンは察する。エレスとルフドは行き来する情報に何のことかわかっていなかったが、それでも気になることはあった。

 この世界で神として祀られている存在はアスナーシャだけだ。新興宗教を除けばそれに間違いはない。

 では犯罪者たちが掲げる存在とは何か。

 ジーンの答えは一つ。プルート・ヴェルバーだ。

 魔導士の集団が掲げる存在なんてそれくらいしかいない。


「こっち側に逃げて来たなら、『パンドラ』と合流しても最終的にはそこに行くはずだ」


「最終目標は『パンドラ』であって、『君待つ旋風』じゃないんだけどな」


「『パンドラ』は悪いな。構成員二人の過去くらいなら追えてるが、それくらいだ。いるか?」


「追加料金だろ?要らねえよ、なんとなく察しがついてる」


「その情報、買うぜ?」


「売るか。引き際は見極めろっての。……その地図なら買い取ってやる。いくらだ?」


「このマナタイトで十分だ。んで?お前さんは第二のアース・ゼロを防いでくれるの?」


「俺の大切な人が死ぬのなら、是が非でも止める」


 そう言うと、情報屋の男はヒューと口笛を吹いて冷やかしてくる。

 情報屋との付き合いはそこそこ長いが、だからこそ軽口を叩いてくる。ジーンはそれが嫌いじゃない。


「あ、出してた依頼撤回するから。多分これ以上は無理だ」


「ん?おお、アレな。抽象的すぎる依頼だったからこっちも持て余してたんだ。報酬も貰ってたから文句はねえよ。組合にもそう伝えて良いんだな?」


「ああ。長年ありがとう。結果は出なかったが助かった」


「……無茶すんじゃねえぞ」


「お前らもな」


 男は地図を包んでジーンに渡してくる。その地図に「何か他にもついていた」が、何も言わずに受け取る。

 これ以上得られる情報はなさそうだったので、ここから出る。


「行くぞ、二人とも」


「え、あの?もう良いんですか?」


「良いんだよ。俺らのこと口止めしたって無駄だぞ?物か金積まれたら話す奴らだ。明日にはここを出る以外対処法がない」


 ルフドが口止めとして何かしないのか聞いてくるが、するだけ無駄な連中には何もしない。

 口止め料なんて馬鹿高くなるのが目に見えていて、ルフドのことは誤魔化しているが情報屋なら顔付きと体格だけで看破してくる。あくまで一般対策の変装でしかない。

 そも、情報屋ならジーンのことを見ただけでわかるので、変装もしていないジーンが街に入って来ただけで色々と情報をばら撒いているに等しい。無駄金を払うならしない方がいい。


「お兄ちゃんとあの人、仲良かったの?」


「いや?仕事の依頼主と相手ってだけで仲良くはない。長期依頼も解除したから、もう顧客っていう関係性もなくなったし」


「情報屋に依頼ってなんですか?」


「アース・ゼロにおける魔導士の被害者、避難者の情報」


 魔導研究会で保護するため──ではない。正確な依頼はこれと、銀の髪に草原を模すような翡翠の瞳をした神術士の女の子の捜索。

 そう、エレスやメイルのような妹の捜索だ。保護されているのなら良しとしたし、情報屋組合でも世界中を捕捉できないだろうからと一応出した程度の依頼。


 情報屋も、教会の一構成員までは調べようとしなかっただろう。依頼内容としても身寄りのない女の子としたので、保護されて妹ではなく一人の人生を送っているのなら干渉しようとも思わなかった。

 その思いやりが、エレスの場合裏目に出たのだが。エレスのいた村に情報屋がいなかったのも大きい。狂信者と知られる村に関わろうとする強気の人間がいないのも当然の話だった。


 ジーンは用事を済ませて宿に戻る。得られるものはあった。後は他の情報と組み合わせるだけだ。

 帰る前にエレスに名物だという温泉饅頭を買ってあげることを忘れない。初めての観光地で楽しむことを覚えて欲しいと、人並みの幸せを感じて欲しかった。

 温泉饅頭を食べながら足湯に入るエレス。ジーンも足湯に入って食べさせ合いっこをする。

 なおルフドはフレンダに財布を持たせてもらえなかったので饅頭は食べられなかった。


次も三日後に投稿します。


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