2ー3ー2 目的と狂騒の果てに
地理説明。
「サラサに直接向かう理由は、サラサの周辺地理に理由がある」
「周辺地理ですか?」
ルフドとエレスが地図を覗き込む。この二人まともに旅をしたことがないので最低限の知識しかない。ルフドは首都周辺のみ、エレスはほぼ何も知らない。エレスに至っては地図を見るのが初めてになる。
二人とも生きていくために必要のなかった知識なので仕方がない。エレスは地図なんて高級品を買うこともできず、ルフドは首都で縫い留めるために枢密院が情報規制をした。アスナーシャを呼び出すことに地理の知識なんて要らないと判断したためだ。
「サラサの周りに何がある?」
「……ケルノ火山?反対には、メジュ湖畔……。その先は玉ねぎのようになっている大地ですか」
「山を越えるのも、湖を渡るのも難しいってことだよね?」
「そう。ケルノ火山は活火山だし、メジュ湖畔は魔物も出る国内最大級の湖だ。どっちも無理して渡るくらいならサラサを通った方が万倍早い」
「そのどっちかに拠点がある可能性は?」
「なくはないが、魔物の数が多い危険区域だぞ?作るメリットがなさすぎる」
命の危険を冒してまでそんな秘境にアジトを作る意味があるかと言われたら、ないとジーンは断言したい。姿を隠すためだけに常時魔物を警戒しなければならないとしたら心身共に休まる暇がない。
そんな土地では魔物を遠ざけるリンゴの調達も難しく、もし密輸しているとしても密輸の形跡が見当たらないことが不自然だ。もし密輸されていて、それをどこの組織も国も把握できていないのだとしたら。
ジーンたちは既に詰んでいる。ここから何をしても第二のアース・ゼロが起こるだけだ。
「メジュ湖畔を避けてヘング運河を超えた先も危険区域のヴァジュラ大森林。ケルノ火山も迂回するとしたらだいぶロスになるでしょうし……。国の東部へ逃げるとしたら確かにサラサを通ることが一番ですね」
「東部はご覧のように危険区域も多いから人流も少ない。隠れるには適した地方だ。騎士団も『聖師団』もあまりこっちには来ないんだろ?」
「騎士団は大遠征で来るぞ?街には絶対に騎士団を常駐させて……ない特異な村が一つだけあったな」
ジーンの住むラーストン村のことだ。ジーンが基本的に魔物を倒すこと、魔物もそこまで凶暴な種族がいないこと、実は村に結構な実力者がいるので討伐は容易だということ。ファードルの信用もあってラーストン村だけは騎士団が常駐していない。
逆に言えば、他の人里には全て騎士団が常駐していることになる。
大遠征も半年をかけて世界中を巡る。東部もしっかり巡っているようだ。
それはアスナーシャ教会の『聖師団』も同じく。
とは言え『聖師団』の外縁修復部隊は騎士団の大遠征のような大人数ではなく複数に分かれて、支部ごとに動いている。その外縁修復部隊で手に負えない場所が危険区域に認定される。
教会が匙を投げた場所と言ってもいい。そこを『聖師団』がきちんと調べているかは疑問が残る。
「まあ、人の手が入っていない場所が多いのは事実だ。アジトを作るなら東部というのは安直だが理にも敵ってる」
「東部を目指す理由はわかりました。騎士団も目撃情報もあります。村に立ち寄らないことも、サラサに向かうことも。で、サラサでは情報収集ですね?」
「ああ。だがルフド。お前は基本動かなくていいからな」
「あー、僕の顔が割れてるって話ですか」
ルフドの顔を知らない国民など、新聞を読まない子供か、よっぽど世情に疎い人間だけ。観光地であるサラサでは確実に知っている人が多数だ。
そんなところで外への旅がほぼ初めての、お子様導師様に慣れない情報収集なんてさせたらどうなるか。
当然のごとく裏目に出たり、大騒ぎになるだけだ。
「ちなみにフレンダって知名度は?顔見られたらわかるのか?」
「教会の人でなければ知られていないと思いますよ。基本首都勤務でしたし、顔が出回るようなこともありませんでした。序列が上がったとしても名前が新聞に載るくらいで、顔写真なんて撮ったことありませんから」
「じゃあフレンダは大丈夫か。ダグラスは?」
「近衛隊も顔は晒してないから大丈夫だ」
「ラフィア。お前貴族だろ。観光地って貴族の別荘があるイメージだけど?」
「社交界にもまともに出ない、落ちぶれ貴族ですよ?それも騎士の門を叩いた変わり者。知っている貴族なんていませんよ」
顔が割れていそうな人物に確認をしてみるが、全員大丈夫そうだった。ラフィアに関しては途中から自分で言っていることに対して落ち込んでさえいた。
ジーン、エレス、メイルは『パンドラ』と熱心にジーンの演説を見ていた者しかわからないので情報収集において支障はない。
「フレンダとダグラスはそれぞれの支部に行って聞き込みしてくれ。俺は情報屋を当たる。ルフドは……宿屋で待機がベストなんだが、フレンダ。どう思う?」
「何かやらかすと思いますよ?」
「じゃあ変装させて俺たちに着いて来させるか。誰かの監視下にあった方が良さそうだ」
「僕への逆の意味での信頼が厚い……」
「当たり前だ」
「当たり前です」
ジーンとフレンダが声を合わせて肯定する。これまでの言動で一人にしてはダメな子供だと散々証明しておいて単独行動なんてさせられない。
問題を起こすか迷子になるか。目に見えている。
変装についてはフレンダが見繕うことになった。これで初日に話すことは全部だ。
「じゃあこれで解散な。明日も早いから夜更かししないように」
「ルフドが起きなかったらエレスティを起こしてでも叩き起こしてください。いつもはメイドか私が起こしているので一人で起きられないと思いますので」
「さっすが導師様。お坊ちゃんだねえ。俺も優しく起こしてくれるメイドさん欲し〜」
「ダグラスの稼ぎなら使用人の一人くらい雇えるんじゃないか?」
「俺って近衛隊の中でも外回りが多いから家のことを任せてる使用人はいるけど、起こしてくれる人じゃないんだよなー。男の人だし」
外回りの経験が多いから今回抜擢されたというダグラス。そこそこいい歳をしているのだが、メイドさんへの願望は普通の男性と同じくらいにはあるらしい。
ジーンはメイドの女の子が欲しいのではなく、エレスとメイルにメイド服を着せたいだけである。だから普通の男性ではない。
「エレスティはこっちも痛いから却下。フレンダが起こしに来てくれ」
「……わかりました。旅に出る時点でそういう役回りになると思っていましたよ」
「ごめんね、フレンダ」
「はぁ……。昔はそうでもなかったのに」
フレンダは小さく溜息を。幼馴染だからこそ思うところが多いのかもしれない。
導師として扱われるようになってルフドの今の性格が形成されたのだろう。人格形成は周囲の環境が大きく関わってくる。
ジーンがこれだけ穏やかに収まっているのはラーストン村で一人の子供として保護されたことが大きい。後は生き残りの弟妹がいるはずだと信じていたこと。
これで保護された場所が魔導士排斥に積極的で、弟妹も全滅していると知っていたら。
アース・ゼロをもう一度引き起こすまでもなくジーンは、ジーンと名乗ることもなく「エレスティ」として世界を滅ぼしていただろう。魔導も際限なく用いて、寿命が尽きるまで徹底的に世界を更地にしていた。
それは最早ありえない、IFでしかないが。
「いいですか、ルフド。歯磨きは必ず五分はすること。本を持ってきていることは知っていますが、眠くなったら続きが気になっても読むのをやめること。ジーン殿やダグラス殿に迷惑をかけないこと」
「わかってるよ!僕って一から十まで言われないと好き勝手すると思ってる⁉︎」
「もちろん」
「……フレンダさん。幼馴染っていうより母親ですね」
「いや、オカンだろ。あれは」
ルフドとフレンダのやり取りを見て呟きを漏らすメイルとジーン。導師という教会の頂点をああも遠慮なく諭せるのは二人の関係性があってこそだろう。
メイルは実のところ、母親についてあまり覚えていない。顔を合わせた回数なんて数少ないので覚えていろという方が難しい。
ジーンも、強烈な思い出があるが普段の母親としての姿なんてほとんど覚えていなかった。確か母親としては致命的に家事がド下手クソだったことは覚えていて、後はとにかく不器用だったことくらいか。
だからジーンとメイルが想像する母親像というのは、空想の母親でもある。または、他の誰かの母親を投影しているだけ。それでもフレンダは母親っぽいと思ったのは事実。
二人のやり取りを聞きながら、いつ終わるのだろうと首を傾げていた。
次も三日後に投稿します。
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