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2ー1 目的と狂騒の果てに

一般人と狂信者。

 首都セフィロトよりも東にあるムース村。数多くの畑が存在し、放牧もしている牧歌的な村だ。首都から馬車で三日ほどの距離にある村で、特に事件など関わりのない平和な村だった。

 そこへ行商人と思われる一団が朝早く到着する。首都から近い村なので行商人がやってくることは珍しくない。ムース村で作った特産物を出荷したり、逆に他の地域の特産物を買ったり。コテージに団体で泊まるにはお金がかかりすぎるので、村などの集落があれば基本そこへ寄るのが行商人の常だ。


 だからちょっと人数の多いくらいの馬車を見ても、村人は一々驚かない。

 馬車の一団はムース村に来たことがあるようで、迷うことなく村の中を進んでいく。馬車も決められた場所へ停めて、一団は村で朝から唯一営業している喫茶店へ入っていく。

 村人の憩いの場であり、朝からやっているのはいつものこと。畑仕事を終わらせてそのまま談笑の場になっている。村に泊まった旅人なども利用するため、いつも賑やかな場所だ。


 お店に入っていったのは二十人ほどの男女。年齢もバラバラで、一見したら共通点などわからないかもしれない。実は全員魔導士であり、彼らこそ「君待つ旋風」の主要メンバーだったりする。ほとんどがテーブル席へ向かい、一人だけカウンター席に向かった。

 その一人は三十代くらいの精悍な顔つきをした男。彼こそが「君待つ旋風」のリーダーである。

 テーブル席へは看板娘がお冷やを出しに行き、カウンターの男にはここの店主である女将が直接お冷やを出していた。


「いらっしゃい。こんな朝方に着くなんて珍しいね?」


「運んでるブツがブツだからな。ちょっとした強行軍にもなる。クライアント様もできるだけ早くってのがオーダーだからな」


「ふうん?そりゃあ随分危ないもんを運んでるんだね?」


「いつものことだ。Dセット」


「はいよ」


 ここの女将、目の前の男の正体を知っている。「君待つ旋風」がどんな集団かわかっていながら気にせず受け入れているが、そういう協力者は多い。

 彼らは盗賊だ。犯罪者だ。人殺しだ。

 だからと言って拒絶するような相手ではない。


 女将からすればよく来る客の一団に過ぎず、金払いもしっかりしている。女将は神術士でもないのでエレスティも発動しない。盗まれるような物も置いておらず、殺されるような悪逆もしていない。そうなると女将からすれば無害な客だ。

 それに彼らの境遇にもいくらか同情している。魔導士はいくら何でも嫌われ過ぎだと。


 だからただの喫茶店くらい、普通に受け入れてやろうという心情になるのだ。これで村やこの喫茶店に碌でもない被害をもたらそうとしていれば叩きのめしていただろうが、そういう兆候もない。

 どこでどんなことをして手に入れた金であっても、庶民からすれば金に変わりない。盗んできた宝石などによる宝払いをしていないのだから、他の行商人と同じ対応をしているだけのこと。


 村にいる常駐の騎士にバラすようなこともしない。騎士団に伝えても、村にいるのは少数。「君待つ旋風」の方が量も質も上なのだから密告してもボロ負けするだけ。治安維持組織の警察ではもっと実力が劣る。捕まえられない人間に教えたところでどうしようもない。

 それに騎士が動けなくなると、村の外にいる魔物に対処できなくなる。他の大きな街や首都からの応援を待っている間に村が崩壊する可能性があるのだから、村に暮らす者としてそんな生活を破壊するようなことはできない。


 お互い黙っているのが、それこそお互いのためなのだ。

 こういう心理から「パンドラ」や「君待つ旋風」を匿っている存在は多い。バラしても利点がない、もしくは生活基盤が崩れる。もしくは今の世の中の風潮に疑問を持っている者が隠蔽する。

 家族や友人に魔導士がいると、この傾向が強い。

 女将は次々と入るオーダーに目を通しながら、効率良く調理をする。看板娘に飲み物を準備させて、料理は女将が作る。いつものことだ。


(ま、密告しない一番の理由はアース・ゼロが未解明すぎるのに、諸悪の根源は魔導士としてることだ。怪我も病気も滅多にしないあたしらからすれば、食材を冷蔵できて、こうやって火を使ったり電気を使えるような機械やマナタイトを作ってくれる魔導士の方がありがたいんだけどねえ)


 これが一般庶民の考えだ。

 宗教じゃ腹は膨れない。魔物を倒してくれるのはありがたいし、怪我人や病人を治してくれるのもありがたい。だが魔物を倒してくれるのは騎士団も同じで、何かと依頼を出したりするのも騎士団や傭兵が主。アスナーシャ教会が平時の生活を豊かにしてくれているかと言われれば首を傾げる平民が多い。


 実際アスナーシャ教会も病院の運営や、独自に魔物を討伐したりしているので生活の基盤を支えている実績はある。

 だが、教会の人間が口にするのは一にアスナーシャ、二に導師の素晴らしさ。

 目に見えない、何をしてくれるかもわからない存在や、その存在を呼び出せない者をどうありがたがればいいのか、信仰心のない人間にはわからない。


 村や田舎の街に住んでいる人間など、今日の生活で精一杯。考えられても一週間や一月、来年が限度で十年後なんて想像もしていない。女将も十年後にお店を続けられるかなんて考えられない。

 魔物の大群に襲われるかもしれないし、「君待つ旋風」とは違うゴロツキの集団に殺されるかもしれない。またアース・ゼロが起きて死ぬか、余波で生活が壊れるかもしれない。

 十年前だっていきなりだったのだ。世界中で死者が出た大災害が原因不明のままで、庶民は十年後を考えることも、国を信じることも、神に祈ることもやめた。


 信用をなくしたということだ。

 もしかしたらまた大災害で死ぬかもしれない。ならば今日を楽しく生きよう。そんな刹那的な、享楽的な人間が増えた。

 その煽りを受けたのが、魔導士だ。


「あんたら、食い終わったら村長のところに顔出しなよ。せめて昨日のうちに来ていれば水やら食料やら用意できたのに、こんな朝方に来たから用意なんてできてないんだから」


「わかってる。いつもすまないな」


「あんたらが魔物にやられるなんてこれっぽっちも思ってないけど、餓死はするんだ。魔導士は何もかもを超越したバケモノじゃない。ただの人間なんだからね」


「忠告痛み入る。身体を洗う水なら魔導で出せるが、流石に飲料水にはできないからな」


「やっぱり魔導士って便利だねえ。はい、Dセット」


 採れたて野菜のミニサラダに、コーンポタージュ。炙った厚切りベーコンと目玉焼きのターンオーバーにこんがり焼けた麦パン。

 これにコーヒーがついたDセット。量もさることながら味も素材の良さを活かしているため旅人や村民にも愛されているお店だ。値段も村の喫茶店相応。


「女将の料理も久々だ」


「そうかい?ま、世界中旅してたらそうもなるか」


「──女将。オレたちがアース・ゼロ再発のために動いてるとしたら、密告するか?」


 突然の告白。

 それを聞いて一瞬だけ眉を顰めるものの、女将は手を止めぬまま話を続ける。


「それであたしらは死ぬのかい?」


「わからん。オレたちも概要は知らない。だが、アース・ゼロのために必要な物を運んでいる」


「またご大層な物を。──死ぬ時はアース・ゼロだろうが病気だろうが、いつかは死ぬんだよ。アース・ゼロの目的が人類抹殺だの、世界を更地にするだのだったらあんたを殴ってでも止めるけど、あんたが依頼を受けても良いって思ったんだろう?ならその直感を信じな。それで人間が滅んだら、人間はそこまでだったってだけ」


「随分達観していらっしゃる」


「規模がでかすぎてわかんないんだよ。アスナーシャを呼ぶ大義とか、人類の多くを犠牲にしてでも叶えたい願いとか。それで誰が幸せになるんだい?誰が不幸になるんだい?あたしらは、近くの隣人の幸せがあれば十分なんだよ」


 女将は国の運営に関わっているわけでも、三大組織に縁があるわけでもない。

 小さな村の、ただの喫茶店の女将だ。

 首都からちょっと近いだけの田舎で、ここから何かできるわけでもない。国を動かせるわけでも、アスナーシャを呼べるわけでも、世界を救えるわけでもない。


 魔物と戦える力があるわけでもない。魔導も神術も使えない。ないない尽くしで一般人が何をできるというのか。

 一般人にもできる小さな積み重ねで世界が変わるわけがない。いつだって世界を動かすのは力がある者、知識がある者。権力を持つ者。


 騎士団がクーデーターを起こすなり、魔導研究会が仕事をしなくなれば世界は停滞するが、只人はそんな影響を与えられない。クーデーターを画策しても潰されるだけで、そもそもやる気もない。

 彼女たちにとって世界とは、この村の周りだけなのだから。


「んなことより、あんたたちの目標たる『君』は見付かったのかい?」


「この人かもしれない、という人物は見付けた」


「ホゥ?一歩前進じゃないか」


「だが引っかかっている。もし想定通りの人物だったら、依頼主が知らないわけがないんだ」


「アアン?依頼主もその誰かを探してるって?」


「ああ。それも確かめなくちゃいけない。だから一当たりしてみるつもりだ」


 女将もリーダーからある程度話を聞いている。その「君」を見付けることこそ目的で、その活動資金を集めるために魔導を鍛えるついでに盗賊をしているのだと。

 しかも、その「君」はとてつもなく強いのだとか。いくら「君待つ旋風」でも戦ったら全滅するかもしれないと聞いていた。


「……死ぬんじゃないよ」


「死んでも、確認ができれば本望だ。その後全てを託せればそれで良い」


「狂信者め。そういうのがあたしらにはわかんないんだよ」


「ごもっとも」


 穏やかに笑うリーダー。その笑みからはとても世界的に指名手配されている「君待つ旋風」の首領とは思えない。下手したら世界を滅ぼしかねない行動をしているとも。

 そんな男たちを平然と受け入れて、こうして食事を提供している女将たちもどこか狂っているのかもしれない。


次も三日後に投稿します。


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