1ー4ー3 操り人形《マリオネット》の糸は、雁字搦め
出発。
「水臭いじゃないですか。魔導研究会首席が捜索隊に加わるのなら、アスナーシャ教会導師も加わったっておかしくはないでしょう?発案者にファードル騎士団長も加わっているようですし」
「教会にはちゃんと伝えてあるんだよな?」
「もちろん何も言わずに出てきましたが何か?」
十四歳の子供の突拍子のない行動に頭を抱えたくなるジーンとファードル。ジーンが加わる理由としては狙われていることがわかっているからこそこちらから打って出るだけの話であり、魔導士の中でも旅に慣れているからだ。
ファードルはそれこそ王族の警護や首都の防衛などあるので首都から出られない。ジーンのように身軽な立場ではないからだ。だからこそ、信頼できる三十人しかいない近衛隊を、二人も同行させることを決定した。それがジーンのためにできる最大の援助だと示すために。
ルフドの立場はファードルと変わらない。彼も首都から出ることなど推奨されておらず、家出をしたと知られれば教会に阿鼻叫喚の嵐が降り注ぐ。
導師はあくまで象徴。何も彼自身が率先して事件を解決する必要は、ない。
「帰れ。遊びじゃないんだぞ」
「わかっていますよ。世界に混乱をもたらそうとしている『パンドラ』。これを導師として見過ごせません」
「御大層な理由を掲げてるからこそ、要らないんだよ。今回は隠密行動。顔があまり知られていなかった俺なら、いくら放送をしたからと言って知っている人間は少ない。一方お前は世界中で顔を知らない奴なんていないだろ。そんな目立つ旅は御免だ」
「そこは逆にバレないと思いますよ?導師が少人数で外にいるわけないって一般人は思っているでしょうから」
ここがルフドの甘いところだ。ジーンは放送を行なったが、設備のある場所でしか顔を確認できない。新聞には敢えて顔写真を載せなかったのだ。この捜索隊について決定されていて、「パンドラ」も実際に会うまでジーンの正体を知らなかったのだから顔を出さない方が良いと考えた。
放送設備があるのは首都の広場や主要な施設、貴族などの大金持ちの邸宅。他の街では精々首長の家や集会所に一つだけある程度。高価すぎてそんなにいくつも世界中に配置できない物なのだ。
一方新聞であれば伝達速度はまばらではあるものの、世界中に配達される。この新聞にジーンは写真を載せなかったために、たまたま放送を見ていた人間しかジーンのことを把握できない。
しかしルフドともなれば導師としてどのようなことをしたかなど事細かに記載されるコーナーがある。そこには当然顔写真が載っているので、新聞を読まない人間でなければ首都に引きこもっている箱入り坊ちゃんの顔は知られている。
導師というだけで、魔導士じゃない人間からは大人気。そんな人物が一緒に居て平穏無事に済むはずがないとジーンは危惧していた。
「ファードル、なんとかしてくれ。メイルしか寄越さなかった教会なんて信用できねーし、導師は目立ち過ぎる。俺たちの行動を考えると邪魔だ」
「メイル君だけで良いと考えていたからそれは結果オーライだっただろう?しかし、導師殿は隠密行動に向かないのも事実……。アスナーシャ教会に連絡して引き取ってもらおう」
「ちょっとちょっと。僕は善意で事態の解決を望んでいるんですが?どうせ首都に残ってもやることなんてありませんし」
「無自覚な善意ほど面倒なものはないよな。お前はさっさとアスナーシャを呼び出しやがれ」
ジーンは無茶振りを言い、エレスの中のアスナーシャが苦笑する。表向き百年単位で現れていないアスナーシャ。導師も何代か代替わりをしているが、それでもアスナーシャを呼べていない。十年前にアスナーシャと契約していた人間がいたなんて教会は把握していないだろう。
なにせ前の契約者、エレスの母は導師ではなく、器であることも公表されぬままジーンが殺した。
前の器について知っているのはジーンとメイル、それに「パンドラ」のみ。
アスナーシャが昔と今どこにいるのか知っているからこそ、ジーンは教会をバカにするのだ。
ジーンもファードルも頑なに同行を主張するルフドに手を拱いていると、この場に猛スピードでやってくる馬車が。その騎手はルフドの保護者、フレンダ・T・ベンダだった。
どこかで見たような光景だなとジーンは思いながら、急停止した馬車から鎧姿のフレンダが飛び降りてルフドを確保していた。
「こんのバカがぁ‼︎」
「ぐえっ!何でフレンダがここに!」
「メイルが連絡をくれたからです!あなたが捜索隊になんて入れるわけがないでしょう!導師が危険地帯に向かうことを枢密院が認めるはずがありませんっ‼︎」
フレンダはすぐにルフドの首を絞め始める。そのバイオレンスな折檻に女性陣はドン引き。ルフドは年齢の割に体格が小さく、女性にしては恵体のフレンダによって軽々しく折檻が行われる。「聖師団」所属なだけあって筋力があり、まともに身体を鍛えていないルフドではその拘束を抜けられない。
絞めてくる腕を必死に叩くが、それでもフレンダは力を緩めない。
ジーンたちは何を見させられているんだという気持ちになるが、このままルフドを連れて帰ってくれるなら何でもいいかと諦観していた。
「そこまでだ、君。導師が死んでしまったら世の中にまた混乱が起こる」
「このバカは一度死なないと治らないんですぅ!」
「たとえそうだとしても。せめて騎士団本部前で導師殺害なんて事件が起こったら私の責任になってしまう。やるべきことがたくさんあるのに、こんな道半場で団長を辞するわけにはいかない」
「……失礼いたしました。ファードル騎士団長閣下」
フレンダがルフドを離してファードルに頭を下げる。アスナーシャ教会としても騎士団と諍いを起こすつもりはないのだろう。
立場としては対等で、今回迷惑をかけているのは教会側──もっと言うと導師の単独行動──だ。フレンダとしてはいつものように頭を下げるしかない。
教会の序列六位がそう簡単に頭を下げてもいいのかという問題もあるが。序列一位から五位までは枢密院が戴いている位なので、表に出てくる構成員の中では実質トップに位置する六位。導師は位とはまた別枠の象徴なので考慮外だ。
「いやー。フレンダが馬車を持ってきてくれたのでこれで僕も捜索隊に入れますね。メイルから上限五人の馬車って聞いていたのでどうしようと思ってたんですよ」
「まだ世迷言を言いますか?導師殿?」
「あはは。フレンダ、拳下ろして。実際問題、『パンドラ』を追うにはこの五人だと実力不足だと思いますよ?ジーンさんとファードルさんがいて先日は二人組と互角。こんなことを引き起こした『パンドラ』がそんなに少ない戦力とは思えませんし。僕なんていなくても教会は枢密院が動かしてくれますから、僕とフレンダが行くのは理に適ってると思うんですよねー」
ルフドがそう宣う。どうしてもついてくるつもりで、一歩も引かないのだろう。
ジーンがファードルに助けを求めるが、ファードルは首を横に振って諦めていた。
「ジーン。これ以上出発を遅らせるわけにはいかない。そっちの馬車で二人を連れて行けばいいだろう」
「クソ。せめてその教会のマークを隠して、導師の服装も変えて正体がバレないように徹底させた上でじゃないと許可できない。こんな主張の激しい隠密行動があるか」
「それはすぐに騎士団で用意しておこう。用意ができたら東門から出発してくれ」
トップ二人の諦めで馬車の改装と私服の用意をして、今度こそ「君待つ旋風」が逃げていった東から出発する。
これは世界を救う旅。
そして、少女が大人になるために、絶望する滑稽話。
次も三日後に投稿します。
日曜日に「ウチの三姉妹」更新します。
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