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1ー2ー2 操り人形《マリオネット》の糸は、雁字搦め

白龍。

 自分で食べていても味に問題はなかったが、好みとなると別だ、人によって好き嫌いは別れる。

 そういう意味では問題がなかったようで、エレスは一安心する。

 片付けようとお盆を持とうとしたところで、ドアを三回ノックする音が聞こえてきた。


「どうぞ」


 問題ないと考え、ジーンは通す。失礼します、と言いながら入ってきたのはメイルと同い年くらいの男。

 メイルと二人で研究会本部に来た時にロビーで騒いでいた人物だった。


「ジーンさん、例の『白龍』のデータまとめ終わりましたよ」


「おう。ご苦労だったな、アスタルト」


「お兄ちゃんが人の名前を覚えてるなんて珍しいね?」


 エレスは悪意なく純粋な気持ちで質問していた。ジーンはそのことにちょっとだけムッとする。


「エレス。俺だって興味のある奴の顔と名前くらい覚えるぞ?全員を覚えてないだけだ」


「じゃあこの人はお兄ちゃんのお眼鏡にかなったってことですか?」


「そうとも言う」


 そう言われた本人、伸ばしきった蒼髪を一応ゴムで結っているだけで研究職に没頭していることが見受けられる、少しだけ憂鬱そうな琥珀色の瞳をしたアスタルト・シェイン=ブケーシャは苦笑いを隠せていなかった。

 子どもの言うことは時たま残酷である。


「そっか。お前らにはそのまま『白龍』のデータまとめを頼んでおいたんだったな」


「はい。本当に興味深いですよ。あの『白龍』、本当に時々空を飛ぶ以外はあの場所から出ないんです。それどころか地元民にはあの姿を見たらその日は幸運が訪れるという迷信まであったんです。三百年前から何度も目撃されていますね」


「なのに調査や討伐申請が一度もなかったのか?」


「襲われた人が皆無だったことと、空を飛んでいる姿が神々しくて魔物じゃないと思ったらしいです。それに『白龍』を見かけた日には腰痛がなくなったり、畑の状態が良くなったり、カップル成立したり、地元では有名な土地神のようなものになっているそうです」


「大体は撒き散らされる神術の恩恵だろうが、最後は完全に別口だろ……」


 呆れながらジーンは資料を受け取る。簡易報告用だったためか、二十枚くらいで収まっている。もっと細かいものはこれから更に調査してから、ということだろう。

 散々「白龍」と言っているが、これは先日見付かったアスナーシャ直々の使い魔とされるクイーンナーシャのことである。

 こんな通称を用いているのも、アスナーシャ教会に存在がバレないようにするためである。


「あ、ワリィけどこれすぐに目通せないな。だから許可証のハンコも押せない。例の薬の調査報告書が上がって来てるから陛下に報告しなけりゃならん」


「あー、まとめるの負けましたか……。それは仕方ありませんね。世間を騒がせているのはそちらですし、人員が割かれるのもわかります」


「すまん。明日にはおそらく許可証を出せる。……あと、一応聞いておくが何か言伝はあるか?」


「ないです。間違っても行きませんよ?」


「ま、だろうな」


「それと別件ですが、ジーンさんが調査していた依頼書の発送者……。ウチの事務にはいなかったそうです」


「なんだと?」


 前から調査依頼をしていたデルファウスの依頼状をジーンに送らなかった者の調査。それが空振りに終わったらしい。


「どういうことだ?さすがに騎士団からの要請なら、本部(ここ)を通すのがルールだろう?」


「それが……。騎士団がウチのハンコを偽造していたそうで。本物そっくりで、魔導に通してみてわかりました。あの依頼、ウチを通していないんですよ。騎士団があなたに要請しただけなんです」


「それで何の意味があるっていうんだ?研究会からの依頼書があれば俺は動くが、精々研究会に支払われる俺への依頼料が浮く程度だろ?そんなはした金、騎士団が横領したっていうのか?」


「偽造した者は騎士団所属なのですが……。簡単に言うと王室警護隊から天下りした者だったようで。国としては研究会を頼りたくなかったのでしょう。もちろん国側はトカゲのしっぽ切りで知らぬ存ぜぬらしいですが」


「アホか……」


 そんなプライドのためだけにわずかな金銭を横領して、関わった人間は首を切る。そこまで王族は魔導士かジーンを毛嫌いしていたかと思ったが、アスタルトの苦虫を噛んだような表情を見て理解する。

 いつだってそんなものなのだ、この国は。


「今騎士団長が官房長官に問い合わせているようですよ?意図せずウチを裏切ってしまうなんて、あの人からしたら避けたいことでしょうからね」


「わかった。報告助かった。下がれ」


 アスタルトは小さく頭を下げてから、部屋を出ていく。

 ジーンも早く読みたいが、こればっかりは優先順位がある。仕方なく受け取った資料を机のわかりやすい場所に置いておいた。


「色々と大変ねえ。それとなに?クイーンナーシャでも見付かった?」


「急に代わるな、アスナーシャ」


「あら、ごめんなさい。お兄ちゃん?」


 クスクスと外見年齢に相応しくない蠱惑的な笑みを浮かべるエレス──いや、アスナーシャだった。

 彼女らは時間制限もあるが、表に出せる人格を変えられた。もちろんエレスの身体なので主人格はエレスで、その身体にアスナーシャが住み着いている形だ。

 要は、人格の違いすぎる二重人格と大差ない。本当に二人が別人なだけだ。


「お兄ちゃんはやめろ。気になったから出てきたのか?」


「そうね。この会話はエレスには聞かれてないわ。だから私の相棒の場所を教えてほしいんだけど?」


「却下。あんたに教えたら召喚術使って呼び出すだろ。正確にはもうこっちの世界にいるから移動術式だろうが」


「それでしか呼び出せないのよねー。場所もわかってないと使えないし。というわけで教えて?」


「誰がエレスを導師にさせるような行為を見逃せる?二度言わせるな。却下だ」


「チェーッ。久しぶりにあの子の顔が見たかっただけなのに」


 それだけのために首都に大きな龍を呼ぶつもりだったのかと考えると、中々に末恐ろしい。

 こうしていると教会によって祀り上げられている神様のようには思えない。友達に会いたいだけの子どもだ。


「用心深いお兄ちゃんだこと。そこまで過保護だと嫁の貰い手も、この子の嫁ぎ先もないわよ?」


「結婚する予定もないし、エレスを嫁に出すつもりもない。もし相手を連れて来たら全力でボコす」


「うわーい、シスコーン。……冗談はこれくらいにして、そろそろ薬飲みなさい。食後でしょう?」


「わかってるよ」


 ジーンは机の引き出しから薬を出して、口に含んだ後水で流し込んだ。薬を飲んだからといって、すぐに体調が良くなるわけでもない。


「この薬、メイルにも飲ませてるんだろ?」


「それはそうよ。だってあなたたち兄妹じゃない。遺伝的な病気なんだから、血縁者には飲ませるわよ。……そういうものが必要だって、いつから知ってたの?」


「五年ほど前からだ。いきなり倒れたり呼吸が荒くなったり、魔導をまともに使えなくなったりしてな。医者に診てもらっても疲労としか言われなかった。そんなことなかったわけだが」


 随分前からだと、アスナーシャは心の中で舌打ちをする。症状が出るのはもっと最近の話だと思っていたのだ。予想よりも早すぎた。


「どうやって対処してきたの?」


「それこそ医者が渡してきたような薬を調合してもらって、だ。マナタイトを売りまくって、その金で薬剤師を買収した。口止めも込みでな」


「うわぁ……。悪いお兄ちゃん。研究会のトップが悪事に手を染めてますよ……」


「必要経費だ。メイルの方にはまだそういう症状は出ていないらしい。……俺がこれだけ早いのは、アース・ゼロのせいだろうな」


「納得」


 ジーンは身体の不調の原因をわかっている。アスナーシャが心配するのも最もだが、正直ジーンにはどうしようもできない。

 それこそ先天性の病なので、いつかはこうなると思っていた。ジーンの家族であれば避けられない運命(さだめ)。誰も逃れられないだろう。


次も三日後に投稿します。


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