5-1-2
本日二話目です。
「初めまして、アスナーシャ。……初めましてじゃないか。何度か会ってるな」
「ええ、そうね。実際に会うのは十年振りね」
「俺と話してる時にも何回かエレスと代わってたくせに」
「気付いていたのね。さすがお兄ちゃん。……大きくなったわ」
「お兄ちゃんってあんたに言われるのは背筋が凍るからやめろ。……それと、あんたは俺の母親か?今のエレスの身体で言われると違和感しかない」
「つれないわね。……あなたたちの母親代わりには、なれるわよ?」
「要らない。俺の母親はたった一人だ。……エレスやメイルがそれを望むなら、そうであってくれ。俺は、これ以上親なんて増やしたくはない」
少しだけ、ジーンは声が震えていた。家族というのは大切にしているジーンだが、親という言葉には拒絶反応を起こしていた。
その理由がわかっているからこそ、アスナーシャは少しだけ目を閉じていた。
「……そう。贖罪のつもり?」
「いいや。そんなことはできないってわかりきってる。……今って、この会話エレスには聞かれてるのか?」
「いいえ。そういう風にもできるけど、今は遮断してるわ。……エレスの母親を手にかけたことを後悔してるの?」
「今さらながらな。気付いたら殺してただなんて、どう伝えればいい?たった一人の母親を俺が奪っただなんて、どうすればエレスに許される?……アース・ゼロを引き起こした大罪人が、どうやってその子を幸せにしてあげられる?一体何をあげれば、エレスのためになるんだ?」
ジーンの知り合いが見れば卒倒するような状況だろう。いつもふてぶてしく、やることなすこと自信があるように、そして知識量ならたしかに豊富で知恵では敵う者がいないほどのジーンが、弱音を吐いているのだ。
それを聞いて、アスナーシャは息をつく。呆れたようではなく、安堵したように。
「それはあなたの課題よ。あなたがやりたいようにしなさい。今まで通り、エレスに構いなさい。それをエレスが嫌だと言ったらやめればいいわ。ちょっとばかり人間関係が複雑なだけよ。相手を想う気持ちがあれば、後の物は余分なお荷物。全て捨てろとは言わないけど、この子と接する時にはそれを表に出してほしくないわね」
「……迷える子羊は導いてくれないのか?女神さま」
「そもそも神様じゃないのよ?教会なんて私という存在を勝手に神様扱いしただけなんだから。導師の中でも接触したのなんて片手に収まる人数よ?」
世界最大宗教の神直々からの否定。なんとなくジーンには予想ができていたが、はっきり言われたのは収穫だろう。特に利用できそうにないが。
「私からも質問ね。あなたが十年前にプルートの器に選ばれていたのは事実。その後どうしたの?メイルからはあのバカ、あなたの元を去ったって言ってたけど」
「俺は咎人だから。そんなのと魔導の祖がいつまでも一緒に居られるわけないだろ?」
「アース・ゼロのことを言っているなら私もプルートも同罪よ。それが契約を切るような理由にはならないと思うけど?」
「ああ。あなたは知らないのか。――実の父親殺しは、さすがにまずいだろ?アース・ゼロじゃなくてこの手で殺したぞ?」
アスナーシャの表情が固まる。だが、顎に手を当てて考え事をした後、その固まった表情は歪んでいた。理解したからだろう。
「私はアース・ゼロ直後、すぐにエレスとメイルを保護するためにあの場から去ったわ。その後、殺したのね?」
「ああ。プルートの力を借りてな。……プルートのことを知ってるのはそこまでだ。一時とはいえプルートの器になっていたから外法も使えるし、知識もあるだけだ」
「なんだ。記憶なんて失ってないじゃない。メイルから断片的な記憶を失くしてるって聞いたから心配してたのに」
「ん?実際覚えてないこともあるぞ?いつの間にか首都にいたし、その前の生活も断片的で靄がかかった部分がある。……忘れちゃいけない記憶だったはずなのにな」
エレスやメイル、他の兄弟と暮らしていた記憶が曖昧なのだ。きっと今までの人生で一番輝いていた時期だ。だというのに、全てを思い出せない。
子どもだから、では片付けられない。そもそもジーンは記憶力が良い方だ。だというのに、当時のことは虫食い状態になっている。
「……そう。わかったわ。それで、あなたはこれからどうするつもりなの?」
「あのパンドラとかいう奴らを追いかける。放っておいたらまたアース・ゼロを起こす。それが正常な形かどうかはわからないが、確実に犠牲者は出る。それだけはごめんだ」
「エレスをあいつらに利用されないために?」
「ああ、そうだ。妹のついでに、業腹だが守ってやるよ。神様」
「だから神様じゃないってば」
アスナーシャは一人の女性のように苦笑する。ここまで表情豊かであると、たしかに神様ではないという印象を受ける。
まるで人間だ。そんな頂上の存在とは思えない。
「じゃあ、お願いね?この子は本当に、まだまだただの子どもだから」
「アスナーシャからのお願いなら断れないな。ただ、あんたにも協力してもらうぞ?」
「もちろん。――あなたが一番恐れていることも理解しているわ。そうはさせないために、手を回してあげる。これはバカな弟との盟約でもあるわ」
「そっか。プルートも同じ考えだったのか。……だから俺は契約を切られたのか?」
「それもあるかもしれないわね。――あら、お客さんよ?お医者さまかしら?」
そう言ってすぐにノックの音が三回聞こえた。どうやって把握したのかわからないが、ジーンが返事をすると中年の医者と、まだ若い看護婦が入ってきた。
「やあ、ジーン君。元気そうで良かった。妹さんが甲斐甲斐しくていいねえ」
「ええ、自慢の妹ですから」
「もうやだ、お兄ちゃんったら」
そう言ってアスナーシャは頬を押さえながら照れ始める。
この神様、ノリノリである。まだエレスに身体の所有権を返していない。
「そうかそうか。仲が良くて結構。それでエレスちゃん。お兄さんの薬を渡したいからちょっと診察室まで来てくれるかな?今回の症状についても話しておきたいし、今後それを防ぐためにもね」
「あの。俺が動けるようになってから一緒に聞けばいいのでは?」
「いやあ。今回のようにいつまた無茶するかわからないからね。ならご家族の方にどういう状況になったら止めてもらったら良いか話しておいた方が良い。本人が知っていたら、そこはまだ大丈夫だって思って無茶を重ねるかもしれないだろう?」
「……そうですか」
釈然としなかったが、ジーンは医療については門外漢だ。だからこういう時は医者の言う通りにするべきだと思い、これ以上何か言うことはなった。
「薬を受け取って、ちょっとお勉強すればいいんですか?」
「まあ平たく言うとそうだね。じゃあ行こうか」
「はい」
「ジーンさんは点滴変えさせてもらいますね」
看護婦が来た理由にも納得し、部屋を出ていくエレスを見送った。まだ、アスナーシャはエレスに身体を返さないらしい。
明日は一話だけ、十八時に投稿します。




