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本日二話目です。
交渉は決裂。いや、最初に「パンドラ」が取った行動からして交渉の余地もなかった、という方が正しい。
また最初のようにトンファーと剣が交じり合う。
お互い召喚術を行い、その上で維持をしているために持っていかれるマナが多い。だから二人はマナの消費が少ない無詠唱で拮抗し合う。
状況からして、ジーンの方に分がある。
目の前のモードレアとどこかにいるグレンデルを捕まえるのが勝利条件で、ここは首都。騎士団とアスナーシャ教会の本部がある時点で、時間さえ稼げば増援が来る。
対して、モードレアの勝利条件は実験の完遂。今はジーンが呼び出したダエーワによって一部中断されており、正確な結果は出ないかもしれない。その上、これ以上の増援も望めない。
いつ、騎士団やアスナーシャ教会が到着するか。あるいはファードルが天使を倒すか。それが勝負の分水嶺となる。
「ピラーズ・ショット!」
「アテナ・ヘケト!」
氷柱を八本ほど投擲したが、部分展開された防護壁によって防がれた。
状況はジーンに有利なはずなのに、二人の戦いを見ている限りだとジーンの方が劣勢に見える。先ほどから呼吸が荒かったが、今は肩で呼吸をしている。
「あら?スタミナ切れ?それともマナ不足かしら?」
「チッ!」
反応が一瞬遅れた。防ぐことはできたが、剣によってジーンは押し込まれていた。
ジーンの主な生活は研究のための読書、及び研究会で必要になる資料作成だ。毎日魔物と戦っているわけでもなく、体力作りなんて行っていない。
戦闘継続能力があるかと言われれば否だ。
「まあ、先日から大活躍だったようだし?それでほぼほぼ同格のあたしと戦うなんて辛くないわけがないわよねぇ?」
「ほざけ……!この程度で、倒れてたまるか!」
強引に弾き返す。返せはしたのだが、大振りをした左手側のトンファーはすっぽ抜けており、どこかの民家の壁に突き刺さっていた。
「……プッ、アハハハハッ!」
「クソ!」
(左腕の動きが、鈍い?)
右腕に比べて左腕の動きと脳が発する命令に誤差があった。振り抜いた際のセーフティーラインを超えた力が出たのか、衝撃に耐えられず左手からトンファーが消えていた。
左腕全体が麻痺しているような感覚だった。何合も打ち合った弊害かとも思ったが、ジーンは右利き故に右からの方が攻めてもいるし守ってもいる。限界を感じるなら右腕の方が早いはずだった。
モードレアの武器に痺れ薬でも仕込んであるかとも考えたが、モードレアはそんなものを仕込んでいなかった。
これ見よがしにモードレアは高笑いをしながら猛攻を仕掛けてくる。片手一本で二本の剣を防げるわけもなく、逆に弾き飛ばされた後に無詠唱で黒い剣を形成し、ファードルの見よう見まねで扱ってみるが上手くいかない。
「付け焼き刃ね!動きからして剣は初めてですって語ってるわよ!」
事実、ジーンは剣なんて使ったことがない。その上で武器二つを扱うなんて無理だ。
魔導を込めた踵落としを喰らわす。ブロウを足に付着させたようなものだ。それで時間を稼ごうとしたが無理だった。
隙も作らずに放った大技など、見切られて避けられるだけだった。地面に大きな陥没跡を残しただけで、ダメージにもならない。
「あんたも結局は研究者ね!ファードルのように戦う人間じゃない!ええ、経験値が圧倒的に不足しているわ!同格と戦うことにね!」
「グフッ⁉」
意趣返しとばかりに蹴りを横腹に喰らった。魔導で威力を削いだとはいえそれなりの距離を転がされる。
これまでジーンは同格の力を持った存在と出会ったのはエレスとファードルぐらいだった。エレスと戦ったことなどないし、ファードルとも戦う理由はなかったので、同格と戦ったことすらなかった。
精々街や村の外にいる魔物や、やっかみをふっかけてくる連中としか戦っていない。どれも格下ばかりで、まともに戦ったことがないというのが正しい。
そもそもとして、ジーンは研究者である。たとえ魔導の力が世界一だとしても、前線に出るような人間ではない。トンファーだって自己流で、魔導の詠唱中に邪魔されないように護身術程度で使っているだけなのだ。
そういう意味では戦闘のプロフェッショナルには勝てない。
様々な魔導の技術と智慧で誤魔化しているにすぎない。
戦闘による判断力は、確実にモードレアに劣っていた。読み合いで負けてばかりなのは純粋な経験不足。
いつも模擬戦をやっている騎士や聖師団の人間ならこんなことにはなっていないだろう。しかしジーンは研究者。魔導研究会には魔導を確認するための施設がある程度で、戦闘訓練などは行っていない。
精々が有志による護身術講座だ。トンファーもそこで覚えた。
(くそ……!援軍はまだなのかよ⁉結界は念入りに破壊したっていうのに!)
有利だった状況から一転して、今はジーンの方が不利だ。謎の身体の痺れもあるし、何より残りのマナが少ない。まともな術はあと三発くらいが限度だろう。
「射ませ、射ませ、射ませ。其は戦神の誉れなり、太古神々と戦い明けた魔神の一端なり。其はただ愛しき娘のため、其は神々への反乱のため、其は善神から悪神へと身を落とした一神なり。太陽と呼ばれし破壊の矢よ、火を帯し敗北の神よ。それでもなお、戦い続けた護法善神、二つの矛盾を伴う三面六臂の御仏よ、滅びてもなお蘇り、永遠に彼の者と戦い続ける悪魔よ」
どこからか聞こえる詠唱。野暮ったい声で、内容からして魔導。だが、ジーンも知るこの詠唱は魔導研究員のものでもないし、ましてやファードルのものでもない。
ジーンは立ち上がるが、何ができるか。敵の狙いはわかりきっている。だからこそジーンは叫ぶことしかできない。
この場は離れすぎている。モードレアによって誘導されていたのだと今さら知った。
「全力で守れ、ダーエワ!」
「左手に宝弓を、右手に矢を。疾く背面の三を任されし鬼と正義を司る人間界と餓鬼界の狭間に生きる修羅よ。その炎を今ここへ、撃ち放て。――アスラ・アヴェスター」
天より降り落ちし、太陽に挑み続ける炎の矢。
それは瘴気を前面に展開し、迎撃ではなく防ぐことにのみ焦点を置いたダーエワですら、簡単に貫いていく。
「クソッ!フルンブル・ファ――!」
「やらせないわよ」
迎撃魔導を使おうとしたが、モードレアに横槍を入れられる。手の前の展開した魔法陣が剣によって破壊されてしまったのだ。
「八詠唱とか本気かよ⁉」
「どういった意図かなんてわからないわよ。けど、あの悪魔を倒すにはうってつけだったみたいね」
修羅の用いる弓矢。そもそも修羅は戦いの神であり、悪神であり、善神という矛盾した存在。悪魔を撃ち滅ぼしたこともある、民間神話で語られる存在だ。
それを再現した一撃は、純然なる悪魔たるダーエワには効果覿面だ。相性という意味では完全に分が悪い。
その証拠に、とうとうダーエワは胸を貫かれる。矢もダーエワも消える中、その近くに降り立つ人間がいた。
全身を黒い外套に包み、顔には虎を模した仮面を被っている。そして、左手がない魔導士。
その見るからに怪しい人間は、無詠唱で倒れている子どもの中から三人に向けて細いレーザーを放った。
「どけえええええええ!」
ジーンが全力で魔導を纏い、モードレアを排除しようとする。だが、モードレアも神術を全開で展開し、エレスティの影響でレンガ製の地面に罅が入っていった。
モードレアも譲る気がない。使った術式が結界と召喚術、肉体強化と硬化術程度だったからかそこまで消耗しておらず、モードレアのマナはまだ余裕があった。
一方ジーンは限界に近い。最後のいたちっぺだ。増援が来ない以上、何とかして二人を排除しなければならないのだが、それはできそうにない。
虎仮面は貫いた箇所から、風の魔導を用いて何かを回収する。黒光りした、球状の小さな物体。デルファウスで見付かった物の、魔導版だというのがわかる。
「モードレア、撤退だ。これ以上の実験も戦闘も利がない。もう騎士団も到着する。そこの首席の確保も後回しでいいらしい。生きて帰ることが優先だそうだ」
「了解よ。目立てっていうオーダーにあたしは応えられたかしら?」
「充分だろ。世界中に事件は広がる」
虎仮面は無詠唱でジーンにレーザーを放つ。それをジーンも無詠唱でブロウを放つことで相殺させたが、その間にモードレアは虎仮面の元へ辿り着いてしまった。
「え、ちょっと⁉キャア⁉」
虎仮面はエレスティが起こることを気にも留めず、モードレアを脇に抱えていた。成人女性を神術士でもないのに抱えられる腕力がすごいのか、エレスティを一切気にしないその度胸がすごいのか。
二人とも十分な実力者であるため、それなりに大規模なエレスティが起きている。神術士のモードレアは後で治癒術を使えばいいが、魔導士の虎仮面はすぐに治療できない傷を負うことになる。
「グレンデル、バカなの⁉降ろしなさい!」
「このまま空を飛んで逃げる。俺の魔導で逃げるんだから、抱えた方が効率が良い」
「効率の問題じゃないでしょ⁉」
モードレアの意見など聞き入れないようにグレンデルは上昇していく。ジーンとファードルが逃がさないように魔導を放つが、モードレアの防壁術によって防がれる。
そのまま魔導の有効射程範囲を抜けて行ってしまった。もう肉眼では追えなくなっていた。
ようやく来た騎士たちにファードルは怒声を浴びせながら指示を出していく。ジーンはゆっくりとだが、まだ苦しんでいる子どもたちの元へ向かった。
三人。もう息をしていない。身体に綺麗な穴が空き、そこから鮮血を流していた。
他の子どもたちも増幅した魔導と、さっきまで浴びていた膨大な量の神術によるエレスティによって火傷や発汗、嘔吐などがひどかった。
だが、命に別状はなさそうだった。それだけは安心できた。
身体の中に入っているであろう球体を取り除かなければならないが、それは今すぐはできない。それよりも病院へ連れていくことの方が優先だろう。
指示を出し終わったのか、ファードルが近付いてくる。その様子はとても騎士団長の顔とは思えない。それほどまでに後悔と焦燥を表した顔だった。
「ジーン、すまない。色々と間に合わなかった」
「見ればわかる。……聖師団は来なかったのか?」
「結界の解除に手間取ったらしい。さっきようやく来た」
「そうか……。この子たちの病院の手配は?」
「済ませている。……ジーンも数日入院しろ。顔色が酷い」
「お前も酷いぞ?」
正直どっちもどっちな顔色だった。幾分ジーンの方が酷い。マナの消費量の差だ。
「デルファウスで八詠唱を使ったと聞く。いくらお前でもそこから強行軍だなんて身体がもたないだろう?お前の分の部屋も用意しておく」
「知ってたなら強行軍させるなよ……」
「お前が解決したとしか聞いていなかったんだ。八詠唱を使ったなんて知っていたら休ませたさ」
トップだから何でも知っているわけではない。三大組織と言われるほどの大きな組織だ。末端まで全てを把握していたらそれこそ人間を辞めている。
ジーンは三大組織と呼ばれる中では一番構成員の人数も資金も規模が小さい。それでも全て把握しているか言われれば首を縦には振れないだろう。
だからこそ、ファードルのことは責められない。
「何でもかんでも背負い込むなよ。お前らが街の警備を請け負ってたって、いくら何を言ったって過去には戻れない。再発防止に努めるしか……」
言いながら立とうとしたら膝に力が入らなく、そのまま倒れるところだった。寸前でファードルが抱き留めてくれたが。
「まともに立てないような奴が、何か言っても説得力ないな」
「……ごもっともで」
「馬車を呼んである。子どもたちと一緒に運ばれておけ。……むしろ三人で済んだのはお前のおかげだ」
「守れなかった奴に慰めなんていらねーよ……」
「ふむ。ではさっき君が言っていたことをそのまま返そう。何でもかんでも背負い込むなよ」
これは一本取られたと、ため息をつく。まともに立ち上がれもしないのだから、おとなしく尻持ちをついて馬車を待つことにする。
それまではさっきあった出来事をファードルと情報交換することで確認し合っていた。
「ところでコウラス嬢は?私の横を走り抜けていたはずだが」
「あ」
モードレアに吹っ飛ばされていたことを忘れていた。どこの建物に転がされたのかすら覚えていない。
ラフィアを捜索する部隊が派遣されるまで、あと数分。
明日も九時に一話、十八時にもう一話投稿します。




