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The Elasticity~最強の魔導士、最愛の家族と再会する~  作者: 桜 寧音
一章 デルファウスからの狼煙
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4-3-2

本日二話目です。


「いらっしゃい」


 まだ日中ということもあって、入った居酒屋には誰もいなかった。いや、いらっしゃいとは言われたが営業をしていないようにも見える。

 明かりも暗くて、居酒屋特有のお酒の匂いもしない。それどころかまともな食べ物の匂いすらしなかったのだ。

 飲食店の決まり文句を言った剃髪のもう六十にもなるお爺さんは一人、カウンターの奥に立っていた。


「あー。とりあえず歩き通しだったからお水頂ける?」


「かしこまりました」


 お爺さんはすぐにグラスを持ってきてくれて、すぐ隣に麻でできた小袋を置いた。これが例のブツだ。


「ありがと。営業前にお邪魔しちゃってごめんなさいね?」


「構いませんよ。世界が変わるのなら、こんな些事洗い流してくださいませ」


「いいの?またアース・ゼロの時みたいにたくさんの人間が死んで、苦しむかもしれないのよ?」


「それも些事でしょう。世界は痛みを伴わなければ変わりません。あの程度の痛みで変わらないというのならば、それ以上の痛みも致し方ないでしょう」


 モードレアは一口だけグラスに口をつける。枯れ果てていた喉を潤すには少量の水分で充分だった。


「達観してるのね」


「老い先短いですからなあ。いつまでも魔導士を忌み嫌う世の中で、どうして世界の安寧も平穏も、ましてや人類の進化などと望めるのでしょう?」


「あら?あなたは神術士よね?魔導士の肩を持つんだ?」


「そんな、一枚の紙でもありませんでしょう。たったそれだけの差異。エレスティが起こるだけ。そしてアスナーシャの絶対視。……根本が狂っていることに気付いていない世の中は、息苦しいですよ」


 お爺さんも失礼、と断ってから別のグラスで水を飲む。そして、表情を緩ませる。


「アスナーシャを神と扱う。だというのに対立するプルートのことは神とは認めません。善神と悪神というのならわかりますが、力の異なるだけの、似た存在を神とそれ以外で区別する。神はアスナーシャだけと。そうして世界を統べて、魔導士は弾圧。魔導研究会の発言権や存在など、表面上しか認めない」


「国も悪いわよね。教会に力をあげすぎなのよ」


「ですね。魔導士との差異なんてほぼありません。お互いがエレスティを引き起こすだけです。……エレスティが起きない世の中になるのであれば、この老骨金銭や居場所の提供など謹んでお受けいたしましょう」


「そういう人たちがいて助かるわ。協力ついでに聞きたいことあるんだけどいい?」


「なんなりと」


 お爺さんは恭しくお辞儀する。モードレアは目の前の男性がどんな経験をしてきたかなんてわからない。それでも、苦しんできたことだけはわかった。

 そうでもなければ、痛みを伴う変革に自ら手を差し伸ばさないだろう。そして、神術士がアスナーシャ教会を悪く言うのも何かあったからだ。それだけちゃんとした視点を持っている人物、というだけかもしれないが。


「導師と研究会の首席。あなたから見てどんな人?」


「……一つ断りを入れさせていただくと、首席殿は見たこともないですね。新聞で名前を見て、若いながらまともな子だなと思う程度です。研究成果なども、研究会のためになることだけではなく、人類のためになることをしています。これは、アース・ゼロの後で魔導士の保護をしたかったがためでしょうけど」


「続けて」


「導師の方は……。ただの子どもですな。もし戦闘を行うというのであれば、あなたならば勝てるでしょう。あなたのように戦場を渡り歩いたわけでもない、ただ力が強い子です。むしろ近衛隊の方が厄介まであるでしょう」


「あたしも十年前はただの研究者だったんだけどね……」


 もう一度、口を濡らす。こんな風に世界を変えようとしてきたのは十年前からではないが、力をつけなければならなかったのは確実にアース・ゼロの後からだ。

 それが悪いことだったかはわからない。今も実験と称してたくさんの人間を犠牲にしている。そこに罪悪感を覚えるのは数年前に捨てた。


「アスナーシャ教会を敵に回すとしても、正直厄介ではないでしょう。実力者はほとんど首都の外縁部ですし、残っている上層部は烏合の衆。利益を吸っている阿呆どもです。そういう意味では研究会は厄介ですね。彼らは全員目的がはっきりしている。ただ研究したいだけなのです。そして、アース・ゼロで浴びた汚名を濯ぎ落したい。そのためだけに奔走している。……まあ、ただ楽しいというのもあるのでしょう。だからこそ敵に回せば非難轟轟と言いますか、全力で妨害されるでしょうね」


「肝に銘じておくわ……。たしかにそういう純粋な気持ちの方が強そうだもの」


 そもそもの前提として。甘い汁を吸い続けてきた腐敗している組織と、弾圧されてそれでも這い上がっていた組織。どちらが逆境に強く組織力があるかなどわかりきっている。

 たとえ規模が大きくても、ただ大きいだけの組織などどうということはない。国の後ろ盾があるのが厄介なだけだ。


「組織の練度が違います。そして力の在り方も。本来であれば教会と研究会がやる事柄は逆でしょう。ですが、そこに始祖の意志が残っている。……いえ、教会にも残ってはいるのでしょう。曲解して」


「そこが違いってワケね?一般人から見るそういう見識、とても重要よ。ありがと」


「いえいえ。結局は大したこともできない老いぼれですからなあ。あなた方の最終目標は聞いていますが、それまでに国に反旗を翻すので?」


「ま、いつかはやるでしょうね。できたら教会を潰しておきたい。後の二つは協力してくれたら御の字ね」


「教会とは手を取り合わないので?」


「仮にも世界を統べてるのよ?それじゃあ反旗にならないじゃない?」


「ごもっともで」


 お爺さんはクスクスと笑う。これからのことが楽しいように、明日何をして遊ぶかを考えている子供のように。


「騎士団も一枚岩ではないと聞いています。一応従順を誓っていますが、いつクーデターを起こすかわからないと市民も戦々恐々としていますよ」


「あら、そんなことも市民は気付いてるのね。優秀じゃない。それとも騎士が漏らしているのかしら?」


「それとなく流してはいますね。騎士団も頑張っているもので、魔導士というだけで差別するのはおかしいと。騎士団の構成員の三割は魔導士ですからね」


「差別撤廃運動か。それがあたしたちに味方してくれるといいんだけど」


「味方してくれないので?」


「最終的な部分がまだ未完成だもの。最悪、人柱になる決心もついてるわ。でもダメ。まだ実力が足りない。それに……アスナーシャとプルートの協力も取り付けられていないし」


 今回事を起こすというのはかなりの賭けだ。だが、それをモードレアのトップは決断した。何か勝算が見付かったのかもしれない。まだ知らされていないだけで。


「二つの始祖……。本当にいるのでしょうか?」


いるわよ(・・・・)なんたってあたしたち(・・・・・・・・・・)会ってるもの(・・・・・・)


「……何ですって?」


「あの二柱は存在するわ。アース・ゼロがあの程度で収まったのは二柱のおかげだもの」


「あれが収めた結果ですか……」


アプローチ(やり方)は間違っていなかったはずだわ。でも、アウトプット(出力)が違ったんだと思う。アスナーシャは協力してくれたんだけど、プルートの方は否定的だったわ。なんせ、まだ年端もいかない子どもを犠牲にしたんだもの」


 淡々と、事実を話す。

 それが協力してくれたお礼のように。別にバラしても問題ないかのように。

 その言葉を聞いたお爺さんは眉を顰めていた。それも当然の反応かもしれない。

 アース・ゼロがどのような物だったか、詳細は知らされていない。だが、結果としてたくさんの人間が亡くなった。

 そこに年端もいかない子どもが関わっているなど知りようもないのだ。


「ま、あたしたちも知らなかったわけなんだけど。きっとアスナーシャもね。実験を始める前に女の子を射殺して、男の子も暴走。実験関係者で生き残っていたのは確認したところ五人だけ。それだけ生き残っただけでも奇跡だとは思うけど」


「……その傷も、その時に?」


「そう。こんなもので済んだのはあたしが神術士だからよ。魔導士二人は片手と片目失った奴と、半身火傷だもの。皆どっかしらに傷を負ったわ。だから人柱になることも、反逆者って罵られても平気なんでしょうけど」


 お爺さんはその言葉を聞いても、彼女のことを決して悲観的な目で見なかった。ここでそのような目をしてしまえば彼女を傷付けるとわかっていたからだ。


「っと。話過ぎちゃったかしらね。今度はお店開いてる時にお邪魔するわ。ちゃんとご飯食べてみたいし」


「お待ちしております。ああ、いや。簡単な料理ならすぐに作れますよ?」


「大丈夫。さっき外で食べちゃったのよ。今度はお尋ね者になってるだろうから匿ってね?」


「もちろんです」


 気安い感じでモードレアはお店から出ていく。お爺さんも何事もなかったかのように、開店準備を始めた。

 モードレアは歩きながら通信機を取り出す。無線通信ができるこれはとてつもなく貴重な物で、持っている人間は世界でも限られている。そんな物を人ごみの中で平然と使っていた。


「もしもし、グレンデル?今どこにいる?」


『中央区のケッサリア通りだ。魔導研究会が贔屓にしている孤児院でもあるのか、かなりの魔導士の子どもがいる』


「はいはい。ブツも預かったし、早速おっぱじめましょうか。善は急げ、よ」


『善かどうかは計りかねる』


「ああ、大悪党かもね。なら悪を貫いてあげましょう。あたしは誰を犠牲にしたって、止まらないわ」


『お前は本当に、強い女だな……。俺には復讐しかないっていうのに』


「それも立派な理由よ?そもそも、価値なんて人それぞれだわ。あたしはそこら辺の有象無象より、世界のシステム()を変えたいだけ」


 通信機の奥からフッという息が聞こえる。それがとてつもなく艶めかしい。野暮ったい声でもなく綺麗な声でもなく、艶のある声だった。

 そんな声、誰も聞いたことがないのではないか。そうモードレアが思う程新鮮な声だった。


『そう言い切れるあなたは、強いですね。芯が通っている。ええ、見守ってあげましょう。あなたが世界を変える、その日まで』


「また素が出てるわよ。それに、あたしだけじゃなくてあたしたち『パンドラ』が、世界を変えるのよ」


『そうでした。あと、リーダーより一言。暴れろ、とのことです。あと、あの男は頃合いを見て介入するかも、とのことです』


「曖昧ね……。ま、いいでしょ。やってあげますか」


『あともう一つ。もしかしたら器が現れるかもしれない。一番可能性があるのはジーン・ケルメス・ゴラッド。真意を確かめろとのことでした。これはリーダーからですね』


「器、か……。なら回収したいわね。もし現れたらよろしく」


『ええ』


 そこで通信を切る。中央区のケッサリア通りまで行き、魔導士の反応を探す。感知術だ。

 通常の魔導士・神術士であったなら、その相手が目の前にいれば相手がどちらかわかる。また強力な力を発していればそれなりの距離にいてもわかる。

 だが感知術は力を使っていなくても離れた場所からある程度は察せられる。相手からもわからないのがかなりの利点だ。

 それを駆使して路地へ入っていく。その先の広場に、たくさんの子どもがいた。

 そこの、一番年上らしき男の子へ話しかける。


「君たち、お腹空いてない?あたしアスナーシャ教会の神術士なんだけど、導師様の言いつけでラムネ持ってきたんだ。食べない?」


 そうして握られていたのは。

 麻の小さな袋。



明日も九時に一話、十八時にもう一話投稿します。

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