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本日二話目です。
ジーンが本部へ入っていくと、たまたまロビーにいた研究員が近寄ってきた。嬉々とした表情だ。
「ジーンさん!首都に来てたんですね!」
「おう。嬉しそうだな。何か新しい発見でもあったのか?」
「ありましたとも!アスナーシャ教会が神聖視するアスナーシャ直々の使い魔、クイーンナーシャとおぼしき存在の居場所がわかったんです!」
「ああ?何でそんなのがわかったんだよ?アスナーシャ教会ですら探し回ってる伝説の存在だろ?」
これはジーンも知らないことだった。むしろアスナーシャ教会が知らないのに、何故魔導研究会が発見できてしまったのかわからなかったのだ。
「実はエランド山で魔物の生態調査を行っていたんですが、登山家などが頂上で見たことのない白い龍を見つけたという報告がありましてね?調査隊を派遣したところ、その龍は神術を使ったんですよ!」
「神術を魔物が使うわけがないからな。新種の魔物というよりはクイーンナーシャの方が筋は通るな。この情報、教会には?」
「伝えるわけないでしょう!周辺住民や登山家などには頂上に危険な魔物が住み着いたから近寄らないようにと勧告を出しました!」
「ナイスだ。そいつの情報は今纏めているのか?」
「はい。仮案ですが、できる限り纏めてます」
これは人が悪いと言われるかもしれないが、そんなアスナーシャ教会が有利になるような情報を与えるはずがなかった。これ以上世界のバランスを崩したくはない。
というより、アスナーシャの顕現を誘発するようなことを避けたかったのだ。アスナーシャが現れてしまえば確実に世界はアスナーシャ教会の物に傾く。それだけは魔導研究会として避けたい。
アスナーシャ教会が絶対のものとなり、魔導士が差別される。今でも酷いのに、これ以上助長させるわけにもいかないのだ。
「魔導研究会の中と周辺地域だけで情報規制しておけよ?騎士団にも伝えなくていい。討伐なんてされたら世界のバランスを崩すからな」
「わかっています。経過観察のために月に一度エランド山への調査隊派遣を許可していただきたいのですが」
「正式に書類を作ったらな。予算とかもある程度試算しておけ。そうしたらハンコなんていくらでもくれてやる」
「ありがとうございます!」
「資料全部俺の所に回せよ?それを聞いたら当分滞在するしかない」
「はい!なるべく早くまとめます!」
そう言って男は走ってどこかへ向かっていく。早速仕事に取り掛かるのだろう。
「あの、兄さん……」
「ああ、メイル。今のことは秘密にしておいてくれ」
「それはいいけど……。その子に、教えないの?アスナーシャの外法が使えるってことは……」
「そいつのことも隠したいんだ。力になってくれるとは思うけど、導師になることも、世界のために力を使うことも望んでないから。それに先代の適合者を考えると、接触はあっても器には選ばれていない気がする。いや、それは俺の願望か。……器になんか、選ばれなくていい」
「……兄さんがそう言うなら」
二人はそのまま事務室に行くと、受付の女性に挨拶された。
「あ、首席。お部屋使われますか?」
「ああ。あと何かお茶菓子出してくれ。俺にお客さんが来ていてな」
「わかりました。あとでお茶と一緒に持っていきますね?」
「頼む」
「……彼女さんですか?」
「知り合いの娘さんだ」
「あら残念。……いや、研究員の女性陣からしたら安心ですかね。男性陣はがっかりしそうですが」
「すまん。何の話だ?」
「フフ。どうかそのままの首席でいてください」
そう言って笑われながら年配の受付の女性は鍵を渡してくれた。
ジーンは首席としての部屋を二つ持っていた。一つは完全なる私室と、もう一つは研究用の部屋。その二つの鍵を渡された。
「それと、この紙について調べてくれ。魔導研究会のサインがあるってことは、誰かが承認したはずだろ?コピーも取ってるはずだし、誰が承認したか調べてくれ。あと、俺に電報を送るつもりだったはずの奴もだ」
「わかりました。ちょっと待っていてください」
そこからジーンはメイルを案内する。途中様々な研究員に挨拶されたが、ジーンは「おう」と返事する程度。
いつもだったら誰かしらが何かしらの話題を振ってくるのだが、今日は隣にいたメイルを見て諦めたらしい。
私室の方に入る。ここは物理的な鍵もそうだが、魔導による鍵もかけているので、中には誰も入れない。掃除も一週間に一度自動発動型の埃を取るための魔導を仕掛けているので綺麗になっている。特許申請中。
二人は机を挟んで並んでいるソファにかけて、対面するように話を始める。
「さて。もう少し聞きたいことがある。俺たち家族はアース・ゼロで皆の行方がわからなくなったわけだが……。正直言って俺は当時の記憶があまりない。アース・ゼロが起こったっていう事実と、いつの間にか首都にいたぐらいだ。メイルはどれくらい覚えてる?」
「わたしは当時、家にいました。気付いたらもうアース・ゼロは起こっていて、たぶん瓦礫の山の中にいた気がします。そこから誰かに助けられたんですけど、その人が誰かは全くわかっていなくて……」
「その時は家があった場所にいたんだろ?助けられたと思ったら首都にいたのか?」
「はい。西地区の路地で倒れていました。誰も近くにはいなかったです」
何とも不思議な話だ。気付いたら知らない場所にいただなんて。助けた人間もアスナーシャ教会や孤児院に預けるわけもなく、ただ路地に放り出すとは。
「教会には誰かいないのか?」
「全員に会ったわけではないので絶対とは言い切れませんが、たぶんいないです……。会えば姉妹の誰かならすぐわかりますし」
「そりゃあそうか。じゃあ本当に生きてるのは俺たち三人だけっぽいな……」
「えっと、たぶんその子って妹ですよね?何て名乗ってるんです?」
「エレス。十二歳だそうだ。この子も最近見つけた。デビッド村にいたよ」
「え?あの狂信的なデビッド村に?なのに、アスナーシャ教会で保護していなかったんです?」
「バケモノって呼ばれて虐められてたよ」
その言葉に息を呑んだメイル。心当たりがあるのか、胸の辺りを抑えていた。胸の奥から来る痛みに耐えながら、鈍痛な表情をしていた。
そこへ、ノックの音が鳴る。事務員がお茶菓子を持ってきてくれたのだろう。
ジーンが扉を開けると、予想通りトレイにお茶と菓子を乗っけて事務員の女性が待っていた。それは扉の外で受け取って、配膳はジーンがやった。
「とりあえずお茶でも飲んで落ち着け。今はもう、そんなことないから」
「……はい」
カップを持ち、少しずつ口に運ぶ。身体の芯に染みていくように、暖かい何かが隅々まで流れていった。
「……わたしも、治癒術は人並み以上に使えます。教会や患者さんの皆さんには重宝されていますが、きっとわたしよりも能力が上なら……。どんな重傷でも、一瞬で治せたんです?」
「たぶんな。しかも詠唱も名前もわからず、無詠唱でだ」
「それは……。バケモノって呼ばれてしまうかもしれません。同じ経験があります」
「お前も、辛かったんだな……」
「兄さんや、その子に比べれば恵まれています……!だって、わたしの今までの生活はそこまで酷いものじゃなかった!人並みには、生活できていたんです!それに、今になって兄さんにも会えました……!」
頬を伝う涙。両肩を小刻みに震わせ、嗚咽さえ交じっていた。
一人で寂しい想いをさせてしまったことに変わりはない。だからこそジーンは、ハンカチを取り出してメイルの目元を拭った。
「泣きたければ泣け。それと……見付けてやれなくて、悪かった」
「どう、して……?だって、兄さんは……」
「俺がプルートの外法を使えてもおかしくはないだろ?この世界で、プルート・ヴェルバーに一番近い男だぞ?」
ジーンはハンカチをしまって右手を差し出す。そこへ恐る恐るメイルは手を伸ばし、触れた。
魔導士と神術士。だというのにエレスティは一切、発動しなかった。
「あ……あぁ……」
「だからほら。泣きたいなら胸くらい貸してやる」
「ああああぁぁぁぁ!」
勢いよく、メイルはジーンに飛び込む。それをジーンは優しく包み込んでいた。背中に手を回し、軽く背中を叩いていた。
赤子をあやすように、家族を受け止めるように。
「兄さん……!兄さん‼」
「ここにいるよ」
「うぁ……っ!ヒッ、……エレス兄さん……!」
「うん。そう呼ばれるのも久しぶりだ」
それからもしばらく、メイルは泣き続けた。ジーンはただ、そのままメイルの傍にいただけ。それでも二人にとってはかけがえのない時間になったことだろう。
明日も九時に一話、十八時にもう一話投稿します。
エレス(ヒロイン)がいないところで浮気しているようにしか見えないジーン(主人公)……。




