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本日一話目です。
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翌日、ジーンは腕の中にいたエレスの体温を確かめてから起きる。エレスティが起きていないのでこの街は完全に元の状態に戻ったということだ。
エレスを連れて食堂に行くと、すでにラフィアがテーブルについていた。
「おはようございます。本当にお二人は仲がよろしいようで」
「えへへへ~」
エレスの顔がホニャっと崩れる。可愛いと思いながら口には出さないジーン。
「まずはご飯食っていいか?それからわかってることを聞かせてくれ」
「わかりました」
二人はトレイに食べたい物を乗っけていく。バイキング形式だったので、適当に好きな物を乗っけていったが、故郷の特産物は一つもなく少しだけ落ち込んだジーンだった。
「お兄ちゃん、ブドウ好きなの?」
「あったら食べる程度だぞ?特別好きじゃない」
「じゃあ好きな食べ物ってなに?」
「ウチの特産物除いたら……玉子焼き?」
「甘いのですか?しょっぱいのですか?」
「甘い方が好きだな。砂糖入ってる奴」
どちらも好きなのだが、どちらかというと甘い方が好きという程度。いつから好きになったのかわからないが、あれば選ぶ。しょっぱかったら少しへこむ。
「そういうエレスは?」
「好きとなるとクッキーが好きです」
「それはお菓子だなあ。ご飯として食べるなら?」
「お菓子以外で?……シュガートースト?」
「そっか……。ならお互いのためにも砂糖買ってから出発しよう」
「うん!」
エレスはデビット村で、貧しい生活をしていたためにそこまで好みができなかったのかもしれない。
だからジーンはこの後、砂糖とクッキーの他にも色々買おうと決心する。
朝食を持ってラフィアと同じ席に座る。そして食べ終わった後、報告を聞いた。
「まずレイル・バンハッド氏の腹部から回収された物は小さな球体上の白い物体です。これがどのような効果があるのかは神術を帯びていること以外不明。また、家族からの証言から氏がそのような物を呑み込んだ様子はないそうです」
「誰かに飲まされたか、知らない間に入れられたか。犯行は神術士っぽいな」
「昨日導師様が行った術ですね。同じようなことを魔導では?」
「できなくはないが……。今回の物質は神術を帯びているんだろ?なら魔導ならエレスティが発生する。小さくとも違和感がある。バレるのを先延ばしにするなら、魔導士には難しいだろうな」
そこまで杜撰でもないだろうからこその論。だが、これではジーンがやることはなくなる。
「なんか最初に言った通りだったな。お門違いというかなんというか。これ、本当に俺が首都に行く必要あるか?」
「魔導研究会宛ての書簡でも送ればどうです?――ああ、でも事件解決の余波とはいえ物的被害が出てしまったのでその清算をしてもらうために首都に来てもらうと思います。今回のジーンの行動で発生した出費は騎士団が立て替えていますが、さすがに街規模になると本人確認が必要かと」
「うえぇ。メンドくさ。あーでもあいつらにお土産買っていかないといけないんだった……。結局行かないとダメか」
「……あの。ラフィアさんはいつからお兄ちゃんを呼び捨てで呼ぶようになったんですか?」
報告とは全く関係のない質問をエレスがした。二人とも気にかけてはいなかったが、言われてみればそうだ。最初はメッカのようにジーン殿と呼んでいたはずだ。
「……昨日から、でしょうか?」
「俺に聞くなよ。俺は呼ばれてる側なんだから」
どうせあと数日の付き合いだからと気にしていなかった。それに呼称についてはジーンにとってどうでもいい。命令違反や不服従さえしなければいい。
「報告続けろ。レイルの容体は?」
「まだ寝ているようです。導師の術ですね。数日は目を覚まさないようです」
「ずいぶん強力な術だな……。しかも眠りを催促するなんてこっち側の領分だっていうのに。エレスは覚えなくていいからな」
「うん」
「……。あとは、これからの予定ですね。今日の昼過ぎにアスナーシャ教会の方々と一緒にここを発ちます。首都に着くのは順当にいけば五日後でしょうか」
「急なスケジュールだな」
仕事の片方が終わったらすぐに出発とは。休みはないらしい。
「騎士団本部からの指示です。早急に報告せよと。それだけの大事件だったということでしょう」
「あの団長の指示か?何を焦ってるんだか……」
ジーンは騎士団長には何度か会っていた。お互い友好関係を築きたい間柄であり、さらに騎士団長が魔導士だというのが大きかった。
戦闘にしか身を置けない者や事務の人間の斡旋、または魔導研究会の研究報告など様々なことをお互いにしてきた。魔導士の働き口を提供でき、何か調べごとがあれば優先して騎士の護衛を受けられたために相互利益があった。
一種の友人という関係でも間違ってはいないだろう。彼とならよく話をする。仕事上の付き合いと言ってしまえばそれまでだが。
「団長のサインはありますが、今回の事件の担当官は別なので何とも言えませんね」
「騎士団もここに来てる奴らの中で首都に戻る奴もいるのか?」
「馬車三台分だけですね。それ以外は街の復興の手伝い兼外部の掃除です。まだこの街には不安がたくさん残っていますので」
「随分な団体客だな。アスナーシャ教会だって帰る連中はいるだろ?」
「確認は取っていませんが、おそらく。なにしろ導師様が来てしまっていますから、護衛は必要かと……」
「導師様は首都から離れちゃダメなの?」
エレスにそこまで詳しい教養を教えたわけではなかった。良い機会だし教えることにしたジーン。
「導師の最もやるべきことはアスナーシャの声を聞くことだ。それこそ召喚とも言える。その実証をするためには多くの研究材料がある首都が適しているって話だ。もう一つは、首都の成り立ちにある」
「首都の成り立ち?」
「今の首都は大陸のちょうど中央にある。そこがこの大陸の出発地点で、アスナーシャとプルートが産まれた場所ともされている。まあ、眉唾だ」
「眉唾なんだ……。でもそれを信じてるから首都で呼んだ方が良いってこと?」
「そう。そういう宗教なんだよ。ここにいる奴らは」
そこそこ人もいるので気にせず話す。こちらの話に注目している人間などいないだろうという考えからだ。実際目線は誰もこちらには向けていない。
「アスナーシャと接触することが教会の連中の最終目標。導師はそれを達成するための人柱だ。毎日検証と書類整理の日々。首都からも満足に出れない。そんなのごめんだろ?」
「はい。嫌です。わたしはお兄ちゃんと一緒にのんびり暮らしたいです」
「家に帰ったらエレスが待っていてくれるのか……。イイな、それ」
「やっぱりシスコンのロリコンで変態じゃないですか」
「よし、ケンカだな?買うぞ、ラフィア。一晩寝たしマナも回復してる。瞬殺してやる」
「嫌です。先輩方と同じ目には遭いたくありません」
軽く冗談を言い合う二人。別にタブーに触れたわけでもないので、ジーンも本当に戦うつもりはない。
だが、実際家族が家にいるというのはジーンも何より嬉しいことだった。村には親しい人もいるが、家族まではいかない。料理を作ってもらっているシーラスも、仲の良いご近所さんだ。
「その騎士たちの現状は?」
「特に連絡なしですね。回復したら首都に帰っているかもしれませんが」
「そうか。生きているなら別にどうでもいい。エレス、お昼にはこの街出られるな?」
「うん。お砂糖買いに行くくらい?」
「それは食べ終わったらな。じゃあ平気か。馬車から持ってきた荷物なんてほとんどないし」
どうあっても首都へ行くのであれば、さっさと物事は済ませた方が良い。引き延ばしたら面倒が襲いかかってくるだけだ。
この後十八時にもう一話投稿します。




