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本日二話目です。
「そんな、雑な……。それに俺が神術士って言われても実感がない。現にこうして誰かを傷付けて、一回も誰かの治療とかしたことないんだぞ?」
「知りません!神術士だって魔物と戦えるんですから人だって傷付けられます!防御術を振り回したりしたらただの鈍器ですし、拘束術式を使えば人を閉じ込められます!神術士は誰も傷付けない清くて立派な人って意味じゃないんですよ⁉」
本当の自分が魔導士か神術士かなんて些細な問題です。そんな枠組みで話しているから頭でっかちになっちゃうのです。
「レイルさんはレイルさんでしょう!それを認めてくれる家族はいないんですか?友達はいないんですか?いないならわたしがレイルさんだって認めます!あなたはどこにでもいる、ただのレイルさんです!」
「あ……」
壁が消えていきました。まだ神術の余波は感じますが、大きな前進です。お兄ちゃんが壊さなくて済んだんですから、わたし的にはすごい成果です。
わたしだってお兄ちゃんに認めてもらえたから、妹として一緒にいたいって思ってるだけです。わたしを必要としてくれる人がいた。その事実が何よりも大事なのですから。
ラフィアさん?あの人はちょっと口うるさいお兄ちゃんの付き人です。それ以上でも以下でもありません。
私は女神像の傍に近寄って、グルグルに縛られた鎖をどうにかしようとしましたが、鍵穴が見当たりません。そもそも鍵すら受け取っていませんでした。
なら、強硬手段です。仕方ありませんね。
「アテナ・ヘケト!」
「ちょ、ちょっとお嬢さん⁉」
部分的な防護壁を右手に出して、それを振り落とします。もちろんレイルに当たらない場所で。鎖は一般品だったようで、簡単に砕け散りました。
「これで解決ですね」
「強引過ぎるでしょ……。こんな女神より女神らしいって思ったのに」
「ああ、このアスナーシャですか?」
一緒に銅像を見上げます。大人の女性に羽の生えた、女神像。アスナーシャの御姿らしいです。
「これ、そんなにアスナーシャに似ていますか?」
「さあ……。導師様なら会ったことあるかもしれないけど、実際に見たことある人なんてほとんどいないわけだし」
「おや、僕も見たことはありませんよ。一度たりとも、彼女は僕の前に姿を現したことはありません」
「えっ……?」
見知らぬ人が立っていました。わたしよりは年上ですが、お兄ちゃんよりは確実に年下です。浅葱色が輝く髪に、まだ大人になる前の子どもらしい顔付きをした男の人です。格好も、そこら辺にいる男の子と大差ありません。
「初めまして、レイル・バンハッドさん。アスナーシャ教会導師、ルフド・フレイア=ヴァニルです。事態の収束のために来たんですが、一足遅かったみたいですね」
「あんたが、導師……?」
「はい。そこら辺にいる僕の部下が証明してくれると思いますよ。格好についてはお忍びだったので平民の服を適当に見繕って。変じゃないです?」
そんなことを言いながら、この男の子はわたしたちのことをジロジロと見てきます。えっと、神術士ってバレないように力を薄くしないと……。
「あなたの身柄はアスナーシャ教会が保護します。あなたの安全は保障しますが、その前に済ませること済ませてしまいますね?」
「え?」
導師の少年は持っていた木製の杖を上に掲げます。そしてその先端で、レイルさんのお腹を叩きました。
「グフッ⁉」
「な、何やってるんですか⁉」
「腹部に彼のモノとは異なる神術の気配があります。それが暴走の原因かと。――流転する星霜よ、彼の者に祝福を与えたまえ。ディスペル」
レイルさんの腹部が光り、お腹から白い光に包まれた何かが出てきます。神術って不思議です。お腹の中に埋め込まれた物を術で外に出せてしまうんですから。
「それは……?」
「わかりません。調査してみないと。でもこれで彼の神術は元に戻りましたよ?」
レイルさんから感じる神術の波動は極々微量になりました。この量なら強力な魔導士に会っても、エレスティは極小のものしか発生しないでしょう。
「おやすみなさい、レイル。次に目が覚めたら、首都の美味しい食事で歓迎しますよ」
導師は手をレイルさんの目元に運び、魔法陣を出しました。どんな術かわかりませんでしたが、無詠唱でレイルさんを眠らせてしまったようです。
「メッカ。彼を宿舎に運んでください」
「は、はい!」
メッカさんがすぐに来て、鎖の破片を全部どかしてレイルさんを抱きかかえて行ってしまいました。あのメッカさんが従っているんですから、たしかにこの人は導師みたいです。
「さて、ひとまず峠は越えましたか。では、あなたのことを聞きましょう。あなたほどの神術士がアスナーシャ教会で確認が取れていないなんて不思議です。今までどこにいたんですか?」
「……あなた、本当に導師様なんですか?」
「十年前に祀り上げられて、それから色々な方の手を借りてきましたが世界的には僕しか導師はいないと思います」
「でも、アスナーシャに会ったことないんですよね?」
それが疑問です。どうしてアスナーシャに会ったこともない人が導師として崇められているんでしょう?それも昔からです。
神術が他の人より優秀だったからでしょうか?でも、全開のお兄ちゃんと張り合えなさそうです。そんな人がアスナーシャに選ばれし者――導師なのでしょうか?本人も会ったことないって言っていますし。
「疑問に思うのも当然でしょう。僕も疑問を浮かべてばかりです。もし、僕よりも導師に相応しい方がいらっしゃるなら、いつでも譲り空けましょう。僕は急ごしらえの代役に過ぎません。……ですから、あなたに興味があるのです」
「わたし、ですか?」
「あなたの神術は底が見えない。だからこそ教えていただきたいのです。あなたのことを」
「……話しません。お兄ちゃんが話していいって言うなら、話します」
「お兄さんですか?」
この人にこれ以上関わっていても何も進展しません。事件の原因もどうでもいいです。早くお兄ちゃんの様子を確認しないと。治癒術は使えませんが、手当てぐらいならできます。
「お兄ちゃんが心配なので行きます。さようなら」
走ってお兄ちゃんの元へ向かいます。お兄ちゃんはラフィアさんに肩を貸してもらって立ち上がっていました。
……ズルいです。わたしが代わりたいです。でも体格的に無理ですね。
「エレス、ありがとう。レイル・バンハッドは運ばれたようだな」
「うん。お兄ちゃん、具合は……?」
「傷はだんだん塞がってるよ。マナタイト三つと交換した高級薬だ、効いてくれないと困る。歩くのはちょっと無理だな。マナを使いすぎた。一晩寝たら治るとは思うが」
「そっか」
それは良かった。右腕の様子も見てみますが、傷は広がっていないみたいです。医者ではないのでよくわかりませんが。
「で、あの少年。導師とか名乗ったか?」
「うん。導師様なんだって」
「え?あの子が今の導師なんですか?」
「たぶんな。俺も会うのは初めてだけど」
お兄ちゃんもラフィアさんも知らなかったようです。アスナーシャ教会と魔導研究会のトップ同士が顔も知らないのはどうなんでしょうか。
「……警戒しないとな」
「何故です?」
「あいつがエレスを狙ってるからだ」
「はい?」
「さすがお兄ちゃんです!さっきも素性聞かれました!」
やっぱりジンお兄ちゃんはすごいです。どうしてこうも物事が見通せるんでしょうか。お兄ちゃんが組織のトップだから?
「あいつの神術と同等の神術をエレスが使えるからだよ。その上、エレスの特性もある」
む。ジンお兄ちゃん酷いです。あの導師様と同等は聞き捨てなりません。わたしの方があの人よりも力はあると思います。
あ、お兄ちゃんが目線を送ってきます。そのことは言うなってことでしょうか?
「アスナーシャ教会に勧誘……。いや、保護?もしかしたら監禁されて実験される可能性もある。口割るなよ。何されるかわからん」
「あの、アスナーシャ教会がそんな非人道的なことを行うとは思えないのですが……」
「組織に裏なんてつきものだろうが。ウチにもあったぞ?いや、今もあるか」
「なっ⁉それを放置していると⁉」
「綺麗事だけで組織なんて運営できねーよ。マナタイトの横流しとかしてるし。実験とかはさすがにしてねーよ」
「それなら良かっ……。いや、よくありませんよね?横流し」
よこながし、というのがどういうものかはわかりません。今度教えてもらいましょう。お兄ちゃんにも悪い部分があるみたいです。
「エレス。一つ確認だ。アスナーシャ教会で導師になれるとしたら、行くか?」
?おかしな質問です。そんな答え、わかりきっているのに。
「行きませんよ?わたし、お兄ちゃんの隣以外には行きません」
「――うん。よくわかった。じゃあ俺もお前をアスナーシャ教会に引き渡さないように頑張るよ」
「お願いします」
わたしたちは宿舎に戻ります。吹っ飛んでしまった屋根とかはアスナーシャ教会の方か、騎士団がどうにかしてくれるらしいです。
お風呂をいただいてから、お兄ちゃんと一緒のベッドに入り込みます。これだけは絶対に譲れません。
お兄ちゃんを運ぶことはできなかったんだから、これくらいは許されると思います。
お兄ちゃんの横に寝転がると、さっき怪我した右腕に包帯が巻かれているのがわかります。痛々しいです。上から触ってみても、まだ膨れています。
「おやすみ、ジンお兄ちゃん」
返事はありません。もう寝ているみたいです。わたしもすぐ眠れそうです。今日は色々あって疲れましたから。
明日も九時に一話、十八時にもう一話投稿します。




