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本日一話目です。
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宿の主人にはすぐにチェックアウトすることを伝え、荷物をまとめてすぐに出た。その後エレスの住んでいる家に向かって荷物をまとめるように言ったのだが、そこで問題が起こった。
「荷物、これだけか?」
この村を出るというのに、持っていくのは大きめのカバンだけ。その中身も全部服だけだった。その服だって二種類ずつしかない。
「これだけしか、持ってなくて……」
質素な平屋建ての木造の家。本当に必要な家具しかなく、人の匂いというものが全くしなかった。これが、十歳前半の子に強いる一人暮らしの家なのか。
「わかった。ラフィア、これで五日分ぐらいの食材を買ってきてくれ。俺はエレスと服屋に行く」
財布からお札を二枚渡す。それを受け取って、それから疑問に思ったのかラフィアはそのままストレートにぶつけてくる。
「あの、女の子の服を買いに行くなら、同じ女の私が行くべきなのでは?」
「いくら渡せばいいかわからねーし、時間かけられねーからな。お前に財布ごとは渡したくない」
「領収書さえもらえば、私でも払えますが?」
「当面の服一式だぞ?やめとけやめとけ。これは任務外の出費だ。お金も落ちねーよ。それとも、お前にはエレスを一生養っていく覚悟があるのか?」
「っ!……あなたにはあると?」
「なかったら親権も奪おうと思わねーし、連れ出そうとも思わねーよ」
ジーンにとって、エレスは保護対象なのだ。
魔導士ではなくとも、正反対の神術士であっても、虐待を受けていた少女は、保護するのが彼にとって当たり前なのだ。
それを取り繕っているわけではなく、ありのままに言っているのを見てエレスはほのかに頬を染めていた。そこにどのような感情があるのかわからない。それでも、信頼は確実にしているだろう。
「この依頼が終わったらラーストン村に連れていく。……もう、こんな想いさせてたまるか。行くぞ、エレス」
「あ、うん」
エレスの荷物自体は全部ジーンが持ち、毛布と枕だけ追加で荷物に含めた。服屋の場所はわからなかったのでエレスに聞き、そこへ入った。
お店の中で女主人はエレスに気付き、だがカウンターからは出てこなかった。
「この子に合う服が三着ずつくらい欲しいんだが」
「その子に合うサイズは、こっちよ。エレス、身長とか変わってないでしょう?」
「……測ってないからわからない」
「じゃあ測りましょう。特に下着なんて少しでもずれていたら痛いもの」
そう言って二人はお店の奥に消えていった。その間おそらくエレスのサイズである服を見ていき、村の十二歳ぐらいの女の子が着ていそうな服を見て、その上でエレスに合うかどうか考えていった。
村の服屋ということもあって、可愛らしい服は少なく、質素な服が多かった。
銀がよく透き通る、切りそろえられていない長い髪に、草原を写すような翡翠の瞳。幼さの残る丸顔に、一般の子よりも細い手足。
ゆったりな服ならば、細い手足も気にならないだろう。そうすると、可愛らしい服は手足を強調してしまうため外した方が良いのかもしれない。
そうやって考えているジーンは、お兄ちゃんというよりは完全に親目線であった。正直、知らない人が見たら気持ち悪いと思われるだろう。
「さて、お兄さん?寸法終わったわよ」
「どうも。下着はわからねーから、エレスで選んでくれ。さすがに見られたくないだろ?」
「……はい」
そうしていくつか下着を選んで、キープしておく。その上で、今度こそ洋服を選ぶ。どれが合うとか、二人で意見を出し合う。女店主はもうカウンターに戻っており、二人には関わってこなかった。
二つほど組み合わせを決めて、それを買うのは決めたのだがそれ以上は決められないようだった。ジーンの自腹、というのも関連しているのかもしれない。
「別に首都にも行くんだから、首都で買ってもいいぞ?」
「首都にも行くの?」
「ああ。西のデルファウスに行った後だけどな。その後に村へ帰るから、すごい遠回りになる。大丈夫か?」
「うん。頼れる人がいるから、平気だよ」
今まで頼れる人がいなかった、という事実が重く圧し掛かる。ジーンだって何度も、この八年ほどデビット村に来ているがエレスには気付かなかった。街や村に来るたびに魔導を用いて、探していた。
アース・ゼロの影響で被害に遭っている人間はいないのか。
自分の家族はどこにいるのか。
自分の魔導の波長は全て理解している。それと似た人間を探す、というだけなら簡単だろう。一切見付けたことはなかったが。
ジーンにも家族はいない。アース・ゼロで記憶喪失になってしまい、家族は近くにいないと知った。それこそいつの間にかだが首都に最初はたどり着いたのだが、その頃から魔導の才覚に溢れており、追われるように迫害を受けた。
どの村や街へ行ってもそうだった。感知の魔導を使っている時に神術士とぶつかりそうになり、エレスティが起こって騒ぎになってしまうとか。生きるために魔物を狩って生計を立てようとして裏目に出たとか。
そう、ジーンもラーストン村に着くまでは独りだった。エレスと何も変わらない。
だからこそ、気持ちはわかる。
だからこそ、救いたい。
それだけで、ラフィアが思う程度の善行など当たり前にできた。
「必要なものがあればすぐ言えよ。買ってやるから」
「もう、充分すぎるほどもらってます……。これ以上なんて、返せません」
「返そうなんて考えるな。子どもはもっと我が儘でいいんだよ。欲しいものくらい欲しいって言え。そういうのは子どもの正当な権利だ」
そういった甘え方もできなくなっている、そんなことにジーンは苛立ちを覚える。ジーン自体は早いうちに信頼できる場所を見つけられた。しかし、エレスは十年間必死に耐えてきたのだ。それも二歳の時から。
(そう在ってしまうのはしょうがねーことか)
「そろそろいくか。邪魔したな」
この後十八時にもう一話投稿します。