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本日二話目です。
治ったことで少年たちの報復を恐れたのか、ジーンの身体の陰から覗き込むように少年たちの様子をうかがった。すでに三人とも気を失っており、ラフィアが状態を確認していたところだ。
「殺していないし、当然の報いだろ。で、お前はどうしてあんな目に遭ってたんだ?」
「……わたしが、バケモノだから」
「並外れた神術がか?この村からしたら神聖視されてもおかしくねーだろうに」
詠唱を用いない治癒なんて初めて見たほどだ。それほど少女の神術士としての力量は群を抜いている。
ありがたがれるならわかるが、陥れられるのはどうしてか。
「小さいころにみんなの前で神術を使って……。それから、バケモノって呼ばれるようになりました」
「人を傷付けたわけじゃないんだろ?」
「人は、傷付けてません……」
引っかかる言い方をするが、少女は目を伏せているので表情全体が見えない。嘘か本当か判断できなかったため、それ以上このことには追究しなかった。
「ルールを破ったっていうのは?」
「わたし、この公園に来ちゃいけないんです。バケモノだから……。また何か、やっちゃうかもしれないから……」
(なんだそれは)
子どもが遊ぶ公園に来てはいけない、子どもが。バケモノだから。それがこの村で罷り通っていることにジーンは苛立ちを覚える。
いっそ魔導で、それこそ八詠唱のものを用いて破壊しようと思ったほどだった。
「じゃあ、今日はどうして公園に?入ったら駄目だってわかってたんだろ?」
「あの子が……」
少女の目線の先には、先程までいた場所でうずくまる小さな茶色い猫。近寄って触れてみたが、すでに息を引き取っていた。
「この子を、どうにかしようと?」
「ふらふらしてたから、神術を使ってあげようって。そうすれば元気になれるかも……って、思った、のに。結局、わた、しが……殺し、ちゃった。助けて、あげた、かっ、たの、に……」
途中から少女は嗚咽を交えて、心情を吐露していく。その心が溢れるように、雫が頬を伝っていった。
「わた、しがバケモノ、だから……。だか、ひっぐ。だから、この子は……」
「バケモノは泣かない!」
少女の両肩を掴みながら、ジーンは叫ぶ。ラフィアも聞いたことがない、絶叫。それは周辺にも響き、何事かと住民が覗いてくるほどだった。
「バケモノっていうのは、心を持たない生き物のことだ!猫が死んで悲しむお前は、バケモノじゃねーよ!人間でいうバケモノみたいな奴っていうのは、誰であっても平気で傷付け、殺したうえで何とも思わない奴のことなんだよ!助けようと頑張ったお前が、自分のことをバケモノなんて卑下するな‼」
やろうとしたことは正反対のことだ。たしかに最初は生きていたのかもしれない。庇った結果死んでしまったのかもしれない。
それでも、その聖女たる行動をした少女が傷付けられる理由がどこにある。
救おうとして、その代償に誰かを傷付けたわけではない。治癒を施そうとしただけの、年端もいかない少女だというのに。
誰でもできることじゃない。
ただ救いたかった。
ただ猫に長生きしてほしかった。
それだけを願い、行動した少女に非を唱える、この現状がおかしいのだ。
「お前は誰も傷付けていない。胸を張れ。お前はただの、心優しい女の子だよ」
まだ泣いている少女にジーンは胸を貸す。もっと小さい子をあやすように、背中をリズムよく叩く。今できることはこの程度だった。
「えっと、ジーン殿。この方が聞きたいことがあると……」
近寄ってきたラフィアが手で隣の男性を示す。五十過ぎの、こわばった顔をしたおじさんだった。
「魔導研究員首席殿。あの子たちが骨折しているのはその子のせいかね?」
「あ?俺のせいに決まってるだろ。重力制御の魔導で折ったんだよ。目撃者ならいくらでもいるし、そこの騎士も証言してくれるはずだぜ?」
「そうなのですか?騎士殿」
「はい……。ジーン殿の魔導で、彼らは骨折しました。その他の負傷はないと思います」
事実をラフィアは述べてくれた。それよりも気になるのは、この男の発言だ。
「どうしてこの少女が彼らを傷付けたと?」
「彼女は昔から問題を良く起こしていてね。今回もそういう、いつものことなのか確認したいのですよ」
「……こういうことが何度もあって、それでもあんた等大人は……」
この村にこの少女は居てはいけない。食い潰されるだけだ。
ジーンは怒ることも、こちらから謝ることもしない。それでもこの少女を、神術士であってもジーンが保護しなければならない。
「この子の保護者は?」
「私ですが?」
「親、ではないな?」
「その子は捨て子でして。村長の私が保護者になっているんです」
保護者が、子どもを疑っているのか。何かをしたと。神術がずば抜けているだけで誰かを傷付けたわけでもあるまい。そんな子を、誰もこの村は守らない。
「魔導研究員首席の名の元に宣言する。この子は我々魔導研究会の元で、研究材料として管理することを決定した。親権も全て私、ジーン・ケルメス・ゴラッドに移譲してもらう」
「なっ⁉」
魔導研究会が神術士を研究材料で管理する。これほど矛盾に満ちた言葉はないだろう。その証拠に、周りの人間は一人残らず唖然としている。
「ま、待っていただきたい!その子は魔導士ではなく、神術士ですぞ?それを研究材料とは……」
「この子はバケモノなのだろう?それは、魔導による呪いかもしれない。貴様らもバケモノがこの村からいなくなれば清々するだろう?それに、力の原典を探るため、我々は最近神術の研究も盛んにしている。ちょうどいい」
これは事実だ。ただ、魔導研究会全体ではなく、ジーン個人の研究である。嘘に本当も混ぜることで真実味を帯びて話は進む。
「貴様らもアスナーシャ教会に伝えていないのだろう?伝えていたらこんな辺鄙な村にいるはずもない。いらないだろう?持て余す奇跡の力なんて」
ジーンの胸の中で、少女は震えている。紛れもなくジーンの言葉によって。言葉のナイフは容赦なく彼女へと刺さっていく。
それを申し訳ないと思いながらも、ジーンは優しく力強く抱き返していた。ジーンにだって、こんな幼い少女を言葉責めする趣味はない。
「返事は迅速にしろ。アスナーシャ教会の本部と、大事を起こしたくないだろ?」
神術士を保護もせず、むしろ村全体で虐待していたかもしれない事実が露見すれば、村の存続が危ぶまれる。
ここには、もう少女を置いておけない。ならば、連れ出して保護した方がマシだ。
「それとも、俺が消してやろうか?過去にあった魔導士に対する行いの報復として、魔導研究会がティーファッド騎士団へ要請してもいい」
「わかった!わかったから、彼女を連れて疾く失せろ!そして二度と関わるな!」
「ああ。もう二度と来ない」
村長が怒りながら帰っていくと、周りにいた大人たちも帰っていった。残ったのはジーンとラフィア、そしてジーンの腕の中にいる少女だけだった。
「ごめん。言葉でお前を傷付けた。勝手に物事も決めた。お前の居場所も、奪ったかもしれない」
「……大丈夫です。あなたはわたしと同じことをしたなら、わたしは何も言えません。ね?ジンお兄ちゃん」
やっと、初めて笑顔を向けてくれた。そして意図を理解してくれたから、頭を撫でてあげた。
そして一つ、引っかかったからこそ確認しなければならない。
「えっと、俺の名前ジーンなんだけど」
「あ、でもそっちの方が呼びやすくて……。ジンお兄ちゃんって呼んじゃ、ダメ、ですか?」
「呼びやすいならそれでいいよ」
愛称ということなら問題はなかった。名前を間違えて覚えているわけではないのだ。
「ラフィア、予定変更だ。すぐにこの村を出る。宿屋から荷物回収して、この子が旅支度を終わらせたら出発だ」
「わかりました。短い滞在でしたね」
「……物分かりが良すぎてびっくりだ」
こんなに従順なのは驚いた。もう少しぶつくさと文句を言われると思ったが、そんなことを言ってくる様子も見られない。
「こっちが驚きましたよ。権力の行使、村への宣戦布告。親権の取り上げもそうですが、一番驚いたのはあなたがロリコンだったことですかね」
「誰がロリコンだ、おい」
「シーラさん、カワイソ」
とんでもない風評被害だ。助けた子が女の子で、幼かっただけでこう言われるとは。
「とりあえず宿に来てくれ。それと、まだ名前を聞いてなかったな。俺はジーン・ケルメス・ゴラッド。呼び方は何でもいいさ」
「わたしはエレスです。ファミリーネームはないです」
「……そっか。エレス、歳は?」
「たぶん十二になります。ジンお兄ちゃんは?」
「今年で十九になる。あとはラフィア、自己紹介」
二人の自己紹介が終わり、残り物のラフィアが自己紹介を始める。
「ラフィア・F・コウラスです。ティーファッド騎士団の本部所属です。年齢は二十二になります」
「ジンお兄ちゃんとはどのような関係で?」
「護衛と護衛対象ですが、どうして?」
「聞きたかっただけ、です」
そうはにかんで答えた。その笑顔はそこらの花よりも可憐で、柔和で穏やかな印象を受けるほど愛らしかった。
そしてすぐ、ジーンの脇に並ぶ。エリスは腕を絡ませようとしていたが、さすがに躊躇したのか、横に並ぶだけだった。
「やっぱりロリコンじゃない……」
三人はそうして、宿屋へ向かう。途中色々な視線を向けられたが、誰も気にしなかった。
明日も九時に一話、十八時にもう一話投稿します。