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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ホラー短編

真夏の記憶

作者: まあぷる

 夏、子供の頃の記憶は特別なものだ。それは宝石のように美しく大切なもの。そのはずだった。


 僕には子供の頃、裏野ドリームランドという遊園地に行った記憶がある。家から車で三時間ほどかかる小高い丘の上にその遊園地は確かにあった。この事を思い出したのは三か月ほど前のことだ。ふと気になってネットで調べてみたがそのような名前の遊園地は何処にも存在していなかった。過去にも、現在にも。

 両親に聞くと少し驚いたような顔をしたが、やはり知らないし行ったこともないという。

 地元の友人の何人かにも聞いてみたが、誰も知らなかった。

 ひょっとして、あれは夢だったのだろうか。でも記憶は驚くほど鮮明なのだ。背の高いシルクハットをかぶったスタッフ、色とりどりの風船を持った可愛い着ぐるみたち。買ってもらったソフトクリーム。背が足りなくて乗れなかったジェットコースター。メリーゴーラウンドや観覧車、そして……そしてなんだったろう。


 僕、沢野英史の両親はとても優しい人たちだ。父は働き者で寡黙だが頼りがいがあるし、母は優しくて思いやりがある。だが実の両親ではない。僕は養子だし、生みの親のことは知らない。今の生活に満足しているから今更、調べようという気もなかった。

 養子になったのは六歳の頃で、普通に高校を卒業して今は実家から電車で数駅の大学へ通っている。友人はそこそこにいるが彼女はいない。

 だから、たぶん遊園地の記憶は養子に行く前のことだと思う。両親の顔は何故かはっきりしないから。


 その夏のある日、なにげなくツイッターを眺めていた僕は目を疑った。「#裏野ドリームランドの噂」というハッシュタグを見つけたのだ。辿っていくと様々な噂が見つかった。


『友人から聞いた噂。昔、そこで事故があったらしいの。ジェットコースターの事故。車両が一番高いところまで行ったら、突然レールが壊れて崩れて、真っ逆さまに落ちて大勢人が死んだって』


『俺が聞いたのはこんなのだよ。ジェットコースターに乗ってたら突然、前の男の首がなくなったんだって。なんだかミステリ漫画にこんなのあったなと思うけど、大騒ぎになって降りてみたら乗客全員、首がなくなってたんだ』


 ジェットコースターの件はかなり多かったが、どれも事故の内容が違っていた。


『確かにその遊園地の噂は聞いたことがある。誰に聞いたのかは覚えてないけど。私が聞いたのはメリーゴーラウンドの噂。廃墟なのに夜になると勝手に灯りが点いて動き出すんだって。凄く綺麗だから見とれちゃうけれど、見続けてると魂抜かれちゃうんだって』


『ドリームキャッスルっていうお城があるんだけど、その地下に拷問部屋があるらしい。地下へのドアには鍵がかってるんだけど、興味本位で鍵を壊して見に行った人が戻って来なくなって、夜な夜な恐ろしい悲鳴が聞こえてくるんだって。いや、これなんか、実際いなくなってたら事件だけどさ』


『ボロボロで、今にも崩れそうな観覧車があるんだけど、その近くを通ると「出して……」っていう女の声が聞こえるらしい。かなり地味な心霊現象だよね』


『ミラーハウスの噂なら聞いたことあるよ。時々だけどそこに入った人が性格が変わって別人のようになって出てきたって。きっとあれだよ、ジャック・フィニイの「盗まれた街」だよ。変な宇宙人に入れ替わってるに違いないよ』


『アクアツアー。何だか見たこともないような謎の生き物の影が見えるらしい』


『そもそも、そこの遊園地って子供がいなくなるって噂があったから閉園になったとか。でも何処にあったのかも、そもそも存在したのかもわからないから都市伝説みたいなもんだよね』


 ツイートは百を超えるほどの数がある。僕はTLを辿って、一番最初に呟かれたツイートを見つけた。


『ねえ、知ってる? 裏野ドリームランド。あたしは子供の頃に行ったことがあるんだけれど誰も知らないっていうの。そこの受付には背の高い男のスタッフがいて、ウサギの着ぐるみがいて、ソフトクリームが美味しかったの。なんだかずっとモヤモヤしてたんだけど、昨日、夢にそのスタッフが出てきてね、もう廃園になってるんだって。もし、ほんの少しでもこの遊園地のことを知っていたり、噂を聞いたことがあったら、このハッシュタグをつけてツイートしてくださいね』


 アカウント名は「裏野ドリームランド」。


 気になる。だけど自分の記憶は勘違いかもしれない。たぶん別の遊園地だろう。そう思って、一応フォローだけはしておいた。


 その夜、夢を見た。廃墟のドリームランドを彷徨う夢。昼なのか、夜なのか、黒く厚い雲に覆われた遊園地には誰もいなくて、怖くなって出口を探すのだが見つからない。後ろからは姿の見えない気配のようなものが追いかけてくる。捕まったら終わりだと思った瞬間、何かに手を掴まれて悲鳴とともに飛び起きた。


「英史、なにかあったの?」

 ドアの外から母の声がした。

「いや、何でもないよ。悪い夢を見たみたいだ」

「そう」

 母の遠ざかる足音を聞きながら呼吸を整える。汗でぐっしょりと濡れたパジャマが肌に貼り付いて気持ちが悪かった。


 翌日、大学の講義室で弁当を広げているとDMが届いた。スマホを確かめるとそれは「裏野ドリームランド」からだった。そこには地図も添付されていた。


『このたび、裏野ドリームランドは再建し、グランドオープンすることとなりました。つきましては、今週の土曜日のプレオープンにあなた様をご招待させていただきます。現地までの地図を送りますので、正午までに車でいらしてください。ただし、このことはあなただけの秘密にしてくださいね。もしもこのDMをもらっていない家族や友人に見せたり、SNSに載せたり、この手紙の内容をツイートしたら(できませんけどね)、招待は取り消しとさせていただきます。どうぞ一日限りの夢の国を楽しんでください』


 僕はすぐにDMを返した。

『初めまして。この招待はなんなのでしょうか?』

 返事が帰ってきたのは二時間後だった。

『初めまして。ごめんなさい。いつの間にかアカウント名が変わってて。大勢の方にDMを送ったらしいんですが、全然覚えがなくて。さっき慌てて自分のツイートを辿ったら呟いた覚えがないのがあったんです。裏野ドリームランドなんて知らないし。何故かアカウント名も変えられないし、ツイートも消せないんです。何だか気味が悪くって』

『僕は昔、裏野ドリームランドに行った記憶があるんです。変な下心があるわけじゃないんです。僕もちょっと知りたいことがあるのでもしよかったら電話番号を教えていただけませんか』


 その後、彼女と電話で話をした。彼女の名は神崎夏子。住んでいるのは隣の県だった。彼女は地元の企業に勤めていて、今回のことはまさに寝耳に水の出来事だったらしい。そして、昨晩、僕とほとんど変わらない夢を見ていたことも打ち明けてくれた。DMを送ってきたのも僕だけだったそうだ。僕も彼女も何が起こっているのか知りたかったので、ドリームランドへの招待を受けることにした。


 土曜日。FM放送の洋楽を聞きながら車を走らせ、木々の間に続く登り坂を辿り、現地に着いたのは正午少し前。道がいきなり開けて遊園地が見えた時には驚いた。なぜならそれは廃墟のままだったからだ。錆びついた門扉、ペンキの禿げた看板。今日プレオープンするようにはとても思えない。

 僕の他にも百台以上の車が駐車場に停められていた。招待を受けた人間がこんなにいたとは。たぶん、ドリームランドの噂を呟いた人達だろう。皆、車の外に出て遊園地を見上げ、ざわついている。僕は水色のワンピースの女性を探した。向こうも僕を探していたのだろう。彼女のほうから僕に近づいてきた。

「あの、初めまして。神崎夏子です」

「初めまして。沢野英史です。なんだか初めて会ったような気がしませんね」

「そうですか。きっと誰かに似てるんじゃないかしら」

 彼女は背の低い、華奢な女性だった。長い髪を後ろで緩く結んでいて、優しそうな目が魅力的だ。

「ずいぶん人が集まったんですね。私が知らない間にDMしたせいね」

「たぶんそうですね」

「これから何が起こるんでしょうか。なんだか凄く怖いんです」

「大丈夫ですよ。一緒に行動しますから」


「おい、これ本当にプレオープンかよ。廃墟じゃねえか」

「いいんじゃない? このほうがインスタ映えするかも」

「でも、これおかしくねえか? スマホが繋がらねえぜ」

「まじ? 最悪じゃん」


 近くのカップルの声が聞こえる。彼女まで連れてきたのか。

 僕もスマホを見た。ちょうど正午だ。


 その時だ。目を疑うような出来事が起こったのは。目の前の廃墟が自ら輝きはじめ、みるみるうちに真新しい遊園地に変貌したのだ。招待客から歓声が上がった。これはどういうことだ。もしかして廃墟の様子はプロジェクトマッピングだったのだろうか。

 やがて3メートルほどの高さのある鉄の門扉が大きく開き、シルクハットをかぶった背の高いスタッフが姿を現した。彼は優しい笑みを浮かべながら丁寧にお辞儀をする。

「ようこそ、裏野ドリームランドへ!」

 陽気な音楽が流れ始め、観覧車が回りだした。僕たちはスタッフに促されて園内に入っていった。

「本日はご招待のため、全てが無料です。どうぞ最後までお楽しみください。ただし、本日は非公開なプレオープンのため、スマホは全て預からせていただきます」


 中はごく普通の遊園地だった。今はやりのテーマパークとは比べられない規模の小ささだが、それなりに落ち着いていて雰囲気がある。

「どうしましょうか」

 神崎さんが不安そうな声で呟く。

「とりあえず、何か食べませんか」

「それがいいですね」

 僕たちは少し先に見えるカラフルな屋根の軽食レストランに入り、ハンバーガーとコーヒーを注文した。

 席に着くと神崎さんは窓の外を眺めながら

「こんなこと言うと変に聞こえるかもしれないけれど、私、この遊園地に操られた気がするんです」

「あなたがツイートした覚えがないなら何かしら未知なものに操られたのかもしれませんね。僕は電話でも言いましたが昔、ここに来たことがあるんです」

「そうなんですね。でもネットで調べてもここはヒットしなかったです」

「僕も調べました。来る前にグーグルマップでこの場所も調べましたが、建物などありませんでした。ひょっとするとここは異世界なのかもしれません」

 自分で言いながら、何か信じがたい気持ちだった。現実に異世界トリップなんてあるのか。

「怖いです。どうしたらいいんでしょう」

「しばらくは見守るしかないですね。この場所が大勢の人たちを招いた理由が判るかもしれません」


 僕たちはあまり食欲がなく、コーヒーだけを飲んで店を出た。

 招待客たちは既に遊んでいるのだろう。あちらこちらの施設から歓声が響き渡っている。招待客が何人か通路を歩いている。先ほど外にいる時に確認したが、子供はいなかった。

 ウサギやクマの着ぐるみが風船を持っているが、配っている様子はない。

 だんだん思い出してきた。僕は間違いなくここに来ている。血のように赤いカップケーキの形をしたソフトクリーム屋に見覚えがある。着ぐるみのそばを通った時、その爪が異様に長くて鋭いのが目に入った。

「何か乗りますか?」

「いいえ、止めておきます。なんだか凄く嫌な予感がします」

 僕らはただ黙って園内を歩き回っていたが、突然、晴れ渡っていた空が厚い雲で覆われた。他の招待客も空を見上げてざわついている。


 その時だ。ジェットコースターのほうから悲鳴が聞こえた。僕たちは走った。いったい何が起こったのだろう。

 

 ジェットコースターを見上げると信じられないものが見えた。コースターの一番高い部分、下に向かって急カーブで曲がっているレールの先に巨大な緑色の芋虫がいた。そいつは大きく口を開け、その口の中にレールが続いていた。車両はガタガタと一番高い位置へ移動している状態だ。だから乗っている人間にはそいつは見えない。僕らは大声で叫んだが、だからと言ってどうすることもできない。やがて車両は最上部に到達し、急降下し始めた。恐ろしいほどの悲鳴が響き渡る。満員の車両はそのまま芋虫の口の中へ消えた。そいつはしばらく腹を蠕動させていたが、突然、蒸発したかのように消滅した。呑み込まれた車両は途切れたレールから飛び出して落下した。駆け寄ってみると車両は前部がぐしゃりと潰れ、横倒しになっていて人が乗っていたはずの座席からは大量の血糊と内臓と服の切れ端のようなものが溢れだし、周辺を真っ赤に染めあげている。

 客が悲鳴を上げた。その場で吐いている者もいた。

 背中に冷たい汗が流れ、身体が細かく震えだした。怖い。でもここにいたらもっと危ない。

 僕たちは入口へ向かって一斉に駆けだした。しかし、辿り着いた先の門扉はがっしりと閉められていて外に出ることは出来そうもない。


「あっちへ行ってみよう」

 僕は神崎さんの手を握ってメリーゴーラウンドのほうに向かった。こちらには何も起きていないのか。乗っている客達は皆、明るい音楽とキラキラと輝くイルミネーションに囲まれて楽しそうに笑っているように見えた。だが、何が起こるかわからない。降りて逃げるようにと叫んだが、何も聞こえていないようだ。変だと思い、神崎さんをその場に置いて近付いてみた。

 乗客には下半身がなかった。妙なケンタウロスのように切断された上半身だけが血を流しながら狂ったように木馬の上で笑っている。馬車の中にも二体の上半身が向かい合わせで置かれている。彼らの首が突然、ギリギリと動いて僕の方へ向けられた。よく見ると彼らには目玉がなく、虚ろな眼窩がぽっかりと開いているだけだった。

「何があったの?」

「見ないほうがいい」

 どこか他の出口を見つけよう。

 後ろで悲鳴が聞こえて振り向くと何体もの着ぐるみが客に襲い掛かり、腕をもぎ取ったり頭からむしゃむしゃと食べているのが見えた。


 ここは地獄なのか。僕は土産物が置いてあるテントを倒して鉄棒を手に入れ、また走り出した。神崎さんは恐怖で顔をゆがめている。


 次に見えてきたのは観覧車だ。微かに「出して……」という女の声がするが、ゆっくり回っているゴンドラ。まだ誰か生きているのかもしれない。僕たちは乗降口に入った。神崎さんに待っているように声をかけると僕は上から降りてくるゴンドラに手をかけて窓の中を覗いてみた。人が見える。でも声はかけなかった。乗客は全て、何かに驚いたかのように目を見張り、大きく口を開けて息絶えている。次々と降りてくるゴンドラを覗いたが生存者はいない。諦めて立ち去ろうとした時、また声が聞こえた。次のゴンドラだ。その中には口だけしかない長い髪の女がガラスに両手をついてこちらに顔を向けていた。「出して……エエエエエエエ!」震える声とともに真っ赤な唇が耳まで裂けた。その瞬間、全てのゴンドラから大量の血が雨のようにびちゃびちゃと降り注ぎ始めて僕と神崎さんはあっという間に血まみれになった。

「いや……いやあ!」

 ついに神崎さんの精神が限界に達したようだ。仕方がない。果てしなく悲鳴を上げ続ける彼女の頬を平手打ちにした。放心状態で僕を見つめる彼女にこう言うしかなかった。

「逃げるんだ。それしかない」


 僕たちはドリームキャッスルの中の受付の裏に身を隠した。着ぐるみたちから逃れるためだ。地下室だろうか。大勢の断末魔の声が聞こえるが、助けに行けるほどの勇気はなかった。僕はゲームの主人公ではない。ただのひ弱な大学生だ。地下室の扉が開いたのだろう。ギ、ギ、ギという嫌な音が響いた。誰かがやってくる。ズルズルと何かを引きずる音がする。目の前を通ったのは数体の巨大な豚の着ぐるみだった。それぞれが縄を持ち、その先には無造作に縄を巻かれた手足も首もない死体があった。内臓を片手に持ち、くちゃくちゃと食いながら歩いている豚もいた。神崎さんは顔を覆って体を震わせている。奴らが城の奥へ消えると僕たちは外へ出た。

 周りを見回したがまだ逃げてくる人が数名いた。少しほっとして声をかけようとした瞬間、空の彼方から黒い髪の毛の束がひゅっと伸びてきて彼らの首に絡みつき、そのまま上に引き上げた。急いで駆け寄ったが5メートルほど上に足が見える状態ではどうにもならない。僕はただ、苦しがり、あがいてやがて力が抜けて動かなくなり、汚物を垂れ流して死んでいく人々を見上げているしかなかった。


 遊園地を囲む壁に出口を探しながら逃げたが、まったく見つからない。疲れ果てて最後に辿り着いたのはミラーハウスだった。後ろを見ると口の周りを真っ赤に染めた着ぐるみがゆっくりと歩いてくるのが見える。僕は奴らが気が付かないうちに神崎さんの手を取ってミラーハウスに入った。


 そこは鏡が張りめぐらされた迷路で、自分の姿がいくつも映るので、方向感覚がおかしくなる。いや……だけどこの状況はどこかで……。と、突然、大きな鏡の前で神崎さんが手を離して立ち止まり、そのまま崩れるように倒れてしまった。僕は慌てて彼女を助け起こす。

 起き上がった彼女の顔は驚くほど落ち着いていた。

「もう大丈夫よ。外へ出ましょう」


 外に出ると空は晴れ渡っていた。地獄のような光景は消え失せ、普通の遊園地の景色が目の前に広がっている。だが、僕たちの他には誰もいない。

 神崎さんは、僕を見つめるとにこりと笑った。

「もう全部終わったのよ。帰りましょう」


 なんだろう。僕が見ていたのは夢だったのだろうか。

「他の人達は?」

「死んだわ」

 出口でスタッフからスマホを二つ受け取りながら彼女が呟いた。

「さあ、出ましょう。もう時間がないから」

「神崎さん、あなたは元の神崎さんじゃないね。いったい誰なんだ!」

「さあね、誰だと思う?」


 外へ出ると、遊園地はたちまち廃墟に変貌し、ぼろぼろと崩壊し始めた。

 駐車場へ行くと、僕と彼女の軽自動車以外はみるみるうちに腐食し、やがて泥の塊のようになって地面に吸い込まれていった。

「神崎さん。あなたはこうなることが最初からわかっていたのか?」

「まあね。でも【彼女】は知らなかった。これは本当よ」

「どういうことか説明してくれないか」

「じゃあ、その辺に座りましょう。全て話してあげるわ」

 僕たちはすでに見渡す限り広い草原となった裏野ドリームランドの跡地に腰を下ろした。


 

「裏野ドリームランドはかつて本当にあったのよ。でもそれは私がミラーハウスに閉じ込められるまでの話。私はその頃、私立小学校の三年生で、学校で飼っていたウサギを殺し、クラスの給食に殺虫剤を入れたという疑いをかけられたの。でもね、私は知ってた。それは学校の経営者の娘の仕業で、私は罪を擦り付けられたの。彼女は典型的なサイコパスだった。きっと、学校側も知っていて黙っていたんだと思う。私の言葉には誰も耳を貸してくれなくて、両親さえ信じてくれなかったわ。学校は世間に知られると面倒なことになるので私を退学にして警察にも知らせなかったし、被害者には金を渡して口を封じた」

 

 神崎さんはそこでいったん口を閉じた。その瞳は果てしなく暗く、遙か遠くを見つめている。


「私の両親は悩んだ末に霊能者に相談を持ちかけてドリームランドのミラーハウスのことを聞いたの。ドリームランドの土地は古来から、未練を残して死んだ子供の魂が集まる場所で、ミラーハウスに入ると魂が入れ替わり、別人になってしまうんだという噂があったの。私は両親に促されて一人でミラーハウスに入ったのよ。その時はもう全てに絶望していた。気が付くと鏡に閉じ込められていたわ。私は両親を呪い、世界を呪った。私の魂はドリームランドそのものになったわ。死んだ子供たちの霊も二度と外へ出ないように鏡の中に封じ込めた。ある日、あの経営者の娘が両親とともにやってきたの。私はアクアツアーの中に怪物を作り出して三人とも餌にしてやった。可能な限り長い時間苦しむように生きたまま食わせたの。やがて、子供がいなくなるという噂が立って裏野ドリームランドは廃園になった。私は怪物のことも裏野ドリームランドの存在も、全てなかったことにしてしまったの」


 神崎さんはふっと寂しそうな笑みを浮かべて僕を見た。


「私が目を覚ましたのは、それを思い出した人間がいたから、つまりあなたのことよ。私は自分の身体を取り戻すために動き出した。これはね、魔物の儀式なの。大量の血が必要だった。人を集めるのにSNSは最高の手段だったのよ」

「それで、こんなにも大勢の人を残酷に殺したのか。他の手段はなかったのか?」

 彼女は僕の質問を無視した。いや、そんな言葉を聞きたくなかったのかもしれない。

「とにかく私は自分の身体に戻ることが出来た。これでお終い。今までの出来事もなかったことになる。あなたももうすぐ全て忘れるけれど、これはあなたが思い出してくれたおかげ。だから生かしておく。私はこれから自分のやりたいことをするわ」

「あの……それで前の夏子さんは……」

「ああ、大丈夫。あの子ももう行き場を失ったかわいそうな子だから。他の子達と一緒に連れて行くわ。心配しないで。それと……怖い思いをさせてごめんなさい、英史。それじゃ」


 ――さようなら。


 彼女は立ち上がり、服に付いた草を掃うと自分の車に乗り込み、そのまま走り去った。



 僕もまたゆっくりと立ち上がり暫く呆然と佇んでいた。

 神崎夏子……夏子? 


 ああ、そうだ。思い出した。あれは。彼女は。


「姉さん……」

 

 僕には姉がいた。内気だけれどとても優しい姉だった。彼女が八歳の時、両親は僕たちを連れて遊園地に行ったのだ。ミラーハウスには僕たち二人だけで入れられた。姉は僕に何が起こっても絶対に目を瞑っているようにと言って、手を引いて歩いてくれた。途中、姉が立ち止まり、小さく悲鳴を上げた。外に出て手を離したその時、直感的に彼女が別の人間になったと気付いた。両親は怖かったのだ。サイコパスだと信じていた姉の性格を僕も受け継いでる可能性があることが。だからドリームランドの噂に賭けた。それから数か月後、僕は今の両親の養子になった。

「やっと自分の身体に戻れたんだね。おめでとう、姉さん」

 記憶が薄れていく。もうすぐ、全てはなかったことになる。僕は目を瞑った。




 沢野は車に乗り込むとフロントガラス越しに星が瞬き始めた夜空を眺めた。その日は何故か急に丘の上から夕焼けが見たいと思ったのだ。ずいぶん綺麗な写真が撮れた。家に帰ったら母に見せよう。街の明かりが遠くに見える。何事もない、こういう日常を送ることが、きっと一番幸せなのだ。


<END>

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― 新着の感想 ―
[一言] ご無沙汰しております。読ませていただきました。 なかなかスリリングなストーリーと、ミステリー要素を含むホラーで、楽しめました。 遊園地内の惨劇は圧巻でした。それだけに、主人公が少し淡々とし…
[気になる点] 3段落目(?)の、『僕、沢野英志の』は、英志→英史じゃないでしょうか [一言] 途中、うをっ、と思った部分ももちろんありましたけど、色んな要素を取り入れていて、素敵なお話だと思います。…
[良い点] セリフも長いところが多いのに無駄な説明がなくて、混乱することもなくスラスラと読むことができました。 [一言] 少し気になるな、という思いで覗かせていただいたのですが、なかなか気に入りました…
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