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幻姿 -まぼろしすがた-  作者: 江渡由太郎
7/13

6

 風に吹かれる木の葉のように、真っ赤な双眼はいつの間にか消え去っていた。


 真夜中の暗い窓にはパンツ一枚で、茫然自失した流星自身の姿が映し出されているだけであった。


 その晩は一睡もできず、そのまま朝を迎えることとなった。


 確かに”あの場所に縛られている”と言っていた。


 真っ赤な双眼は発した”かえして……”とは、いったい何を返せばいいのか分からない。


 誰か別の人があの場から何かを奪っていったのかもしれない。


 それが自分に似た男子中学生であったために、あの魔物は勘違いをしてつきまとって来ているかもしれない。


 もしそうならその人物を見つけ出して、あの場から何かを奪って行った物を取り返せば解決するかもしれない。


 あのトンネルでその人物を見つけるには相当な労力を必要とする。


 それにあの魔物がいつまでも自分を襲わないという保証もないのだ。


「いったいどうしたらいいんだ」


 流星は頭を悩ませていた。


「祓い屋に頼んで祓ってもらいましょう! 言っておきますけど……ボクは祓わないでくださいよ!」


 赤毛の仔猫は他人事のように、この問題解決を真剣に考えることはしない。


「祓い屋って何なんだよ!? そんな人はいったい何処に居るんだ!?」

「そんなことボクに聞かれても困ります。ネットで検索してください」


「ネットって……!?」


 流星は呆れながらスマートフォンで検索していたため、一睡もできなかったのだった。


 神社仏閣などで厄払いをしてもらうのが良いのかもしれないが、特定の魔物を直接的に祓ったり封じたりするわけではなさそうであった。


 霊能力者となると幽霊が対象であり、妖怪や妖魔は対象なのかさえ分からない。


 陰陽師のような人にお願いした方が良いのかもしれないが、何処にでも居るような方々ではない。


 悩んでいても埒が明かないので、制服に着替えて登校することにした。


 学校の授業中も”祓い屋”について考えていた。


 頭の中で、考えれば考えるほど眠気が波のように心地好いリズムでやってくる。


 流星はいつの間にか大海原に浮かんでいて、熱帯地方の温暖な気候の海水に包み込まれている感覚に身を委ねていた。


 このまま何処までも漂い続け、いつまでも漂流していたいとさえ感じる。


「流星」


 遠くで自分の名前を呼んでいる声がする。


 何処かで聞いた、聞き慣れた声が何度も繰り返し自分の名前を呼んでいる。


 すると突然、何者かに肩を掴まれたことにより夢現から現実へと引き戻された。


「瀬戸君はまさか授業中に寝ていたりしていないよな?」


 その声の主がそう告げると、教室内で一斉に笑いの渦が起こった。


「す、すみません!」


 流星は慌てて国語の授業をしていた畑井先生へ謝罪した。


 教師は何事もなかったかのように再び授業が再開したのだが、流星は赤面したまま激しい動揺がなかなか収まらなかった。


 暫くすると、授業終了を報せるチャイムの音が鳴った。


 生徒たちは勉学という苦痛から暫しの間だけ解放される。


 流星の隣席から溜め息が聞こえた。


「流星がなかなか起きないから参ったよ!」


 そう言ったのは同じ空手部の羽生周平であった。


「周平の声は何か夢の中で聞こえていたんだけど、起きられなかった。ごめんな!」

「次の時間は数学だから寝てると丸山先生が発狂するぞ」


 周平が冗談半分で流星に忠告してくれた。


 中学校へ入学してからまだ日が浅く小学校とは環境が違うため気苦労も絶えない。


 五月の連休明けから一週間経過しただけなので、体が本調子ではない。


 それに昨夜は恐ろしい例の一件のせいで、一睡もできなかったのだった。


「空手の稽古もあるし、気合い入れないとな!」


 自分を鼓舞するように呟いた。


 放課後、空手の稽古を終えて帰宅するために自転車の駐輪場へ向かった。


 夕方の五時過ぎで陽が緩やかに傾きつつあった。


 それでも日照時間が長いためにもう夕方だとは思えない。


「かえして……」


 流星の背後からあの忌まわしい言葉が聞こえた。


 後ろを振り返るとそこには羽生周平が立っていた。


「周平……!?」


 流星はただならぬ雰囲気を周平から感じた。


「かえして……」


 周平の口があの言葉を紡ぎ出していた。


「流星!この男子は妖魔に憑依されていますよ!」


 学校まで一緒に着いてきた赤毛の仔猫がそう叫んだ。


「タケル……どうしたらいいんだ!?」

「決まっているでしょ! 逃げるんです!」


「逃げるって!? いったい何処へ逃げればいいんだよ!」


 流星は自転車に飛び乗ると必死にペダルを漕ぎ出した。


 何故、周平に憑依したのかを考える余裕もなかった。


 行き先も決まらぬまま、当てもなくひたすら逃げ続けた。


 その行く先々で周平が先回りしていたかの如く立っていたのだった。


「ダメだ……逃げられない……」


 必要に追いかけてくる周平の姿に逃れる術がないことを痛感させられていた。


「流星! 何で神社に逃げないんですか?」

「それを早く言えよ!!」


 肩の上に乗っかっている仔猫のタケルに悪態をついた。


 そして、流星は毎朝参拝している小高い丘の厚友神社へと向かったのだった。

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