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幻姿 -まぼろしすがた-  作者: 江渡由太郎
6/13

5

 その晩の風はやけに騒がしかった。


 嵐のような荒れ狂う風とは違う。


 風が言葉を発しているような音が鳴り止まないのだ。


 その風鳴りに耳を傾けるとある言葉に聞こえてしまう。


 流星は夕方の出来事を気持ちが引き摺っているからだとし、その考えを必死に脳裏から払拭しようと努めた。


「……かえして……」


 外からそう聞こえた。


 流星は夕刻のトンネルで”返して……”と耳元で言われたが、声の主に返すような物が見当もつかない。


「流星、トンネルの魔物が窓の外に居ますよ」


 タケルはそう言うと流星の布団の中へと潜り込んでいった。


「中には入って来ないよな!?」

「入って来れるなら、もう入って来てるはずですよ」


 流星の問いにタケルは布団から頭だけを出してそう答えた。


 外では”かえして”という言葉が風が鳴いているように何度も繰り返し聞こえている。


「タケル、どうしたらいい? ”返して”って言われても、俺は何も持っていないんだ」

「話を聞くのが一番ですけど……」


 タケルからはそれはよした方がいいと伝えられた。


 流星はカーテンの向こう側を覗きみたい衝動に駆られたが、恐怖心の方が勝ってしまいその行為には至らなかった。


 声は徐々に大きくなっていく。


 それは明らかに流星がここに居ることを知っているために固執しているようである。


 厄介なことに巻き込まれてしまったと後悔しても、こればかりは避けることができないと諦めていた。


 幼い頃からいつも周りの人には見えないものが見えていた。


 そのために周りから薄気味悪がられたり、恐れられたりしたのだ。


 異質な存在とみなされてしまい友達も居なかった。


 精神的に弱いせいだと思い空手を習いもした。


 周りの人の目に見えない恐ろしい存在から自分自身を護るのにも役に立った。


 何度となく襲われたが、その度に空手の突きや回し蹴りを炸裂させて捕らえられることなく逃れることができた。


 周りからしたら目に見えないだけに、流星が一人で稽古しているように見えたり、ふざけているように見えた。


 これからどんなに過酷な状況になっても、自分の身は自分で護らないと誰も助けてはくれないということを幼いながらも流星は理解していたのだ。


 窓ガラスを揺らす音がする。


 風ではないことは分かっていた。


 この部屋の中へ入ろうと躍起になっているのだ。


 次第に窓ガラスを揺らす音が大きく、そして激しくなってきた。


「かえして……」


 窓ガラスを挟んだ向こう側から聞こえる声は流星に語り続けていた。


 その声に対して流星は聞こえていないふりをするのも限界だと感じていた。


 遮光カーテンの生地を掴むとそれを勢いよく引いた。


 そこには剥き出しになった窓が現れた。


 漆黒の闇の中で真っ赤な双眼が浮かんでいた。


 血のような眼は向かい側に立っている少年の眼をしっかりと見据えていた。


 呼吸をするのも忘れて流星もその双眼を見入っていたのだ。


 どの位の間、互いに見つめ合っていたのかは分からない。


 一秒が永遠感じ、気が遠くなるほどの時間に思えた。


 突然、窓ガラスに突き付けられた手が現れた。


 窓ガラスがなかったなら確実にその手は流星の首を掴んでいたはずである。


 窓ガラスに阻まれ、虚しく手のひらが冷たい透明な壁に貼り付いていた。


「かえして……」


 なおも魔物は流星に圧力を加え続けていた。


 ここで少しでも弱さを見せたら、相手に付け入る隙を与えてしまうと思い必死に恐怖を抑え込んだ。


「俺はお前に”返す”ものなんかない!」


 はっきりと言葉に出して相手に伝えた。


 立ち去ることなくいまだに真っ赤な双眼で流星を見ていた。


「かえして……」


 その言葉をただひたすらに繰り返すのであった。


「あの……あの場所は……」

「あの場所!?」


 突然、違う単語が出てきたので、その言葉に流星は意識を集中させた。


「あの場所は……いつも私を縛りつける……」


 それは耳を疑いたくなるような言葉であった。


「縛りつける!?」


 

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