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校舎は重苦しい灰色に染まっていた。
下校時間には雨が降り始め、流星は濡れながら自転車で帰ることとなった。
「こんなことになるなら折り畳み式傘を持って出掛ければよかったな」
学生服は水分を染み込んで重くなり始め肌にシャツも貼り付き不快感しか感じかなった。
雨足は段々と強まり、風も荒々しく吹き乱れていた。
目を開けていられないほどの横殴りの雨である。
流星の髪は掻き乱されて顔はずぶ濡れである。
これ以上は自転車を漕いで前進することは困難だと判断し、手近な所で雨宿りすることが賢明な判断だとした。
「よし! あれだ!」
流星の視線の先には、高台の線路の下に歩行者用の通路として使用されているトンネルがある。
流星の肩に乗ったまま、赤毛の仔猫は何かを感じて警戒心を強めた。
トンネルの中へ入ると、自転車を壁面に立て掛けてスクールバッグの中からタオルを取り出した。
仔猫をタオルで拭いた。
「流星、ここは長いしない方がいいです」
タケルは何か得体の知れぬ気配に警戒するように伝えた。
流星もここの場所は長いしたいと思わなかった。
初めこの天気のせいで、トンネル内が薄暗くじめじめした湿気で薄気味悪いのだと思っていた。
しかし、それは気のせいでないことがわかった。
「……して……」
トンネル内から女性の声が聞こえた。
何か言葉を発しているようだが、何を言っているのか分からない。
「もう、帰りましょう!」
タケルは毛を逆立てて警告した。
「あ、ああ」
流星は全身から力が奪われているような錯覚を感じながら急いで自転車へ跨がった。
自分では急いでいるのだが、駒送りのようなゆっくりとした時間が流れている。
「流星、急いで!」
タケルは急かしている言葉さえもゆっくりとした間延びしている言葉が耳に届いた。
自転車のペダルを漕いでいるがその動作も制止画面を見ているように動かないのだ。
気持ちだけは焦っているが、体の行動が伴わない。
このままでは、声の主に捕まるという漠然とした恐怖が全身を駆け抜けた。
「か……して……」
声はそう言っているが聞き取り難かった。
段々と近づいてくる気配と声はやがて、流星の背後から顔の横へと迫ってきた。
全身の身の毛がよだつ思いがした。
振り払おうとしたが、体が強張って動かない。
「かえして……」
声が耳元ではっきりと聞こえた。
流星は声の主の姿を見ることができないまま、言葉の意味を理解しようと必死に考えを巡らせた。
電車が頭上の線路を通過する音がトンネル内に響き渡ると同時に、流星を捕らえていた金縛りのようなものが解けた。
「流星! 逃げて!」
タケルは流星の肩に乗ったまま耳元で叫んだ。
自転車のペダルを踏む足が軽く、軽快に漕ぐことができた。
そのまま、薄暗いトンネルから飛び出すと自動車と接触しそうになった。
運良く事故は免れて、何事なく自動車は走り去って行った。
「危なかった……」
流星は自転車を止めてトンネルがある後ろを振り返った。
先程まで居たトンネルの中から白い腕が手招きしている。
これ以上ここに居たら命の危険があると本能的に感じた。
「あれは、祟ってますね……妖魔ですよ」
「妖魔!?」
流星は自転車を漕ぎながら肩に乗ったままの仔猫に尋ねた。
「人間にあだなす妖怪です。妖魔とか魔物または祟り魔や鬼と呼ばれています」
タケルの話によると妖魔は邪悪な存在であり、人間を病にかからせたり不幸にしたり命を奪うのだと言うのだ。
確かに先程から体の倦怠感が気になっていた。
気力というか生気を吸われてしまったのではないかとさえ思われた。
「さっきの奴は追いかけてくるのか?」
「流星のことを探して家まで来ないとは言い切れません」
タケルの言葉に恐怖が込み上げてきた。
「どうしたらいい!?」
「ボクに聞かれても……」
雨足は弱まったが、小雨が降りしきる中を流星は自転車をひたすら漕ぎながらそして考えた。
「御札や御守り、御払いとかどうかな!?」
「ボクまで祓われたり封じられてしまいますよ」
それは困ったと違う対処法を頭の中で考え始めた。
「タケルは……」
「何ですか?」
「い、いや……いいんだ……」
流星の考えを見透かすように仔猫は溜め息をついた。
「ボクが強くないせいで戦って屈服させたり、相手を祓ったり封じたりできなくてすみません」
流星はこの赤毛の仔猫が相手の考えを読み取る能力があることを使おうと思いついた。
「さっきの奴の考えを読み取ることもできるんだよな?」
「それはできますが……とても危険ですよ」
「危険?」
タケルは頷いた。
相手が妖魔となると、固執した念が強いためその念に毒されたりしてしまうのだと言った。
一度毒されてしまうとその念に同調するように妖魔側へと引っ張られてしまう。
一緒にいる流星もその念を感じ取ってしまった場合は、正気を失う恐れすらあるのだ。
「日が沈み暗くなる前に早く帰りましょう! 陽から陰へ転じれば妖魔の力も増します」
流星はひたすら自転車を漕ぎながら、一刻も早く家に辿り着こうと必死になったのだった。