奴隷兵器は人になる
小説を書くのは初めてになります。
読み難かったり、文がおかしかったりするかもしれませんが(というか多分すると思いますが)大目に見て貰えると嬉しいです。
私が初めて壊したのは小さな村だった。
たしか13歳になったばかりだった。私がどの程度の力を使えるか確かめるためだったと思う。
森に近いことや畑の配置が、既に無くなった故郷とよく似ていた。
それを、私は壊した。
逃げる間も抵抗する間も与えず、紅蓮の焔で全てを焼き付くした。
驚くほど呆気なく、その村は燃え尽きた。
悲鳴や叫び声が耳の奥に残って消えない。肉や家が焼ける嫌な臭いが気持ち悪くて吐き気がしたが、出てくるのは胃液だけだった。
涙で顔をぐしゃぐしゃにして自陣に帰ると、顔が汚いという理由で首輪を絞められた。
そのあと、村を見に行っていた奴等から、腹を数回蹴られた。略奪するものまで燃やしてしまったから、その鬱憤晴らしだろう。そしてそのまま、私は奴等の慰みものとなった。
奴等は私が苦しむ姿を見て笑っていた。
私は、自分が最早『人』ではなく、こいつらの『所有物』であることを嫌でも再認識させられた。
私は奴隷だ。いや、正確には奴隷だった。
魔術の才能と豊富な魔力があったらしい私は、その力を引き出すという名目で頭の中を弄くり回された。
結果として、私は戦略級魔法という、魔術師数十人が総力をあげてやっと撃てる魔法をたった一人で放つことができるようになった。代償に味覚と左耳の聴覚、右目の視力を失ったが、生活──と呼べるものかは兎も角として──には支障がなかったから、まあ良しとしよう。
そうして私は、奴隷から戦略兵器へと、奴等の言葉を借りるなら昇格した。
ちっとも嬉しくなかったし、扱いは奴隷だった頃と全く変わらなかったが。大切な兵器だと言うならもう少し丁寧に扱ってくれても良いだろうに。
やれるものなら、こんな奴等今すぐにでも燃やしてやりたい。
こんな所から逃げ出したい。
もう何も壊したくない。
それが出来ないなら、せめて───
けれど、それは敵わない。
特別製だというこの首輪が填められている限り、私は奴等に逆らえない。
私が逆らうような真似をすればすぐに首輪が絞まり、悶え苦しむ以外できることは無くなる。しかも私が死なない絶妙な力加減をしてくるから質が悪い。
殴られた時も
蹴られた時も
犯された時も
頭の中を弄られた時も
私は歯向かうことができなかった。
もう今は、奴等に歯向かう気力も無い。
それからも私は、連れ出される度に色々なものを壊した。
家を、村を、町を、城壁を、砦を、城を、兵士を、貴族を、男を、女を、赤子を、少女を、老人を、犬を、家畜を、騎馬を、畑を、森を。
壊して、壊して、壊し続けた。
私の心も、とうの昔に壊れてしまったようだ。
今はもう、焼け焦げた町や千切れた死体を見ても、所有者たちに嬲られようとも、何も感じなくなってしまった。
まるで本当にただの道具になったみたいだ。
幸か不幸か、私の繰り出す魔法は一発撃てば大抵の敵が戦闘不能となる上に、防御のための魔法もかなりの強度があるため、今日、18になるまで特に戦闘で傷付くこともなく生きてきた。生きてきてしまった。
だけど、それも今日で終わりのようだ。
今回の敵はたった数人だったが、恐ろしく手強かった。というより、私はそいつらに負けた。より正確に言うなら、そいつらの中の一人の男に負けた。
どういう仕組みかは分からないけど、男に対して放った魔法は男が剣を振るう度に、発動する前に掻き消された。防御の結界さえ、その剣で粉砕された。
そして今、私の首筋には男の剣が添えられている。
私は魔術は使えるが、運動能力はさほど高くない。やろうと思えば、私が魔法を放つより早く首を掻き切ることができるだろう。
矢や魔法はそこそこ飛んで来ているが、男の仲間か誰かに阻まれているようで、こちらまで届かない。
私の出す魔法に巻き込まれないように、他の奴等は大体が後方の陣か、左翼か右翼の離れたところにいる。故に男の邪魔をするものは居ない。
これでやっと終わりだ。
もう壊さなくていい。
やっと……やっと死ねる。
そう思ったのに、男はなかなか止めを刺してこなかった。
「……殺さないんですか?」
つい私は問いかけてしまった。
「ごめんちょっと今話し掛けないで。予想以上に繊細な作業になってるから。ついでに言うと動かないでくれるとさらに助かる」
返って来たのは、予想外というか理解できない内容だった。
……繊細な作業って何してるの? 首筋に剣当ててるだけだよね?
そういえば、何故首輪が絞まらないのだろうか。敵との会話なんて、本来ならとっくに絞まっている状況だと思うのだが。
そう考えた矢先、
カランッ
と軽い音がして首が楽になった。
「はぁぁぁぁぁ、やっと終わった。こんな複雑な魔術式初めて見た。作ったやつ見つけたら文句言ってやる」
私の首筋に剣を当てたまま、男は深く息を吐いた。
思わず首に手をやる。
「……ない」
無かった。
あの忌々しい、奴等の所有物だということの証明である首輪が無くなっていた。
何をされたのかはよく判らないが、この男が何かしたのだろう。
「どうする、まだ続けるか?」
男が聞いてきた。
「……なんで、私を殺さないの? 私はあなたの仲間を沢山殺したと思うんだけど」
私はそれには答えず、男に聞いた。
こいつは私のことが憎くないのだろうか。
「お前がやりたくてやった訳じゃないだろ?」
男はそう言った。
「まぁ、初めは殺すつもりだったさ。超火力の魔法を一人で放てる魔術師なんて、敵に回したら厄介極まりない。ついでにお前がいる限り、お前の後ろの奴等は侵略を続けるだろうしな」
「じゃあ、何故──」
「その首輪」
地に落ちた首輪を、剣を持つのと反対の手で指差して男は言った。
「首輪が見えたから、ああ、こいつは後ろの奴等に使われてるだけなんだなってわかって、そう思うと殺す気は失せた」
「たったそれだけの理由で?」
「何か問題あるか?」
「……とんだお人好しですね」
私が首輪を嵌められていた。たったそれだけの理由でこいつは私を殺すことを止めたのか。
「それにお前、死にたいのか?」
男が聞いてきた。
「……兵器として、このまま何かを壊し続けるくらいなら、死んだ方がマシです」
「今のお前は兵器じゃない。ましてや奴隷でもない。もう誰かに縛られる必要はない。それでも死にたいか?」
私は瞠目した。
「もうお前を絞めつける首輪は無いぞ」
男は微笑みながらそう言った。
「……もう何も壊さなくていいの?」
「お前が壊したくないなら壊さなくていい。自由に選べ……って言っても、お前が何かを壊したいとしてそれが壊したらまずいものだったら、俺たちが止めにいくけどな」
彼はそう言った。
……壊さなくていい。
もう私を縛る首輪は無い。
もう奴等に従わなくていい。
私はもう、自由なんだ。
気がついたら、目の前の男に抱きついて泣きじゃくっていた。
さっきまで敵だったこととか、初対面の人間だということとか、全部頭から抜け落ちていた。
ただただ嬉しかった。
彼は優しく背中を叩いてくれた。
首に当てられていた剣は、いつの間にか鞘に収まっていた。
「あの~」
「……!」
「おっ……どうした、大丈夫か?」
不意に声が聞こえて、驚いて思わず突き飛ばすようにして彼から離れた。見ず知らずの人間に対して何をしているのだろう、私は。
声の主は一人の少女だった。私より若いだろうか。酷く疲れた様子で、杖に身を預けるように立っていた。
「いや~イチャイチャしてるところ悪いんですけど、そろそろこっちの魔力が尽きそうなんで、撤退するなり攻勢に出るなり、早くしてくれません?」
「ああ、すまん。わかった。とりあえず一度退こう」
「……イチャイチャしてたことは否定しないんですね」
声をかけてきた少女が、ジト目でこっちを見てきた。誤解なので許してほしい。
「お前はどうする?」
「え?」
彼が聞いてきた。
「故郷に帰るとか知人を訪ねるとか。そこまでの護衛くらいならサービスしてやるよ」
そう言って、彼は笑った。
「……」
故郷は既に滅んでいる。知人についても当てがない。
「……貴殿方に付いて行っても良いでしょうか」
私は彼らに聞いた。
「故郷は既に存在しません。知人にも当てがありません。正直、貴殿方以外に頼れる人が居ない」
「俺は別に構わないが……簡単に人のことを信用するんだな」
「完全に信用した訳ではないですが、他の人間はもっと信用出来ませんので」
このまま何処かをさ迷ったとしても、野垂れ死ぬのがオチだろうし。
「……どう思う?」
男が少女に聞いた。
「リーダーが文句ないなら、私から言うことはありません。他の人もそんなところだと思いますよー」
「……ということだ。付いてくるなら付いてこい」
「ありがとうございます」
私は頭を下げた。笑顔を作りたかったが、上手くいく気がしなかったので止めておいた。
「それともう一つ頼みがあるのですが」
「何だ?」
私はくるりと後ろを向く。
何やら陣の中が慌ただしい。私の首輪が外れたからだろうか。
まあ、それもどうでもいいことだ。
「最後に一つだけ壊すので、止めないでください」
「…………わかった」
「感謝します」
私は奴等に向かって私の撃てる最大火力の魔法を放った。
爆炎と灼熱の風が吹き荒れた後、そこには焼け焦げた大地以外何も残っていなかった。
「……これで戦は終わりだな。行くぞ、二人とも」
私は男に付いて、その場から立ち去った。
この日から、私は『兵器』では無くなった。
所有者なんて居ない、意志を持つ一人の『人』に戻ることができた。
願わくば、もう一度この力を振るう日が二度と来ないことを、切に願う。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
今後の執筆をより良いものにするため、もしよろしければ私に痛い鞭を打ってください。
……あ、でもできれば甘い飴もください。鞭で心が折れてしまいそうなので……。