騎士
宗教というのは厄介である。
時に人を盲目的にし、コミュニケーションの成立を困難にする。
「――というわけで、いい加減話し合いに応じてほしいんだが」
「何が、というわけでよ! 騎士であるあたしが、魔族と馴れ合うわけないでしょ!?」
「命の恩人に対して、騎士としてそれはどうなのさ? 騎士道に反さないのか?」
せっかく、森でリアたちにやられて瀕死で倒れていたところを、助けて治療してやったのに。
「だからこうして、大人しくしてやってるんでしょうが! そうでもなければ、今ごろは――」
「殺してるって? 物騒だねぇ、人間は」
肩を竦めて見せる。
一応、そうされないように、治療後に簀巻きにはしてあるが。
「魔族にどうこう言われる筋合いはない! だいたい、貴様らは――」
カチンときた。
「オレらが、何したってんだよ!? 魔族だって生きてるし、生活だってある。人間と同じだ。人間以外を認めようとしないお前ら聖光教会のほうが、よほど歪だろ」
「なにをぉ!?」
――さっきから、ずっとこの調子である。これだから、宗教関係者は嫌だ。面倒臭い。
「いいじゃんか。助けた見返りに、ちょっと情報教えるぐらい」
「絶対に断る!」
威勢がいいことだ。
「たとえ、殺されたとしても?」
少しだけ、凄んで見せる。
「殉教する覚悟ぐらい、聖戦に参加した時からできている!」
「殉教!? けど、それじゃあ身内は嘆くだろ?」
「あたしには、身内なんていない。天涯孤独だ」
「あ、そうなんだ」
これではいつまで経っても、埒が明かない。オレはため息をつく。
どうしもんかなぁ、これ……。
ここはオレのテントの中。
椅子に座り直したオレは、改めて名前すら知らない女騎士を見下ろす。
軍人らしく、長い金髪を無造作に横で束ねている。着けていた鎧から、階級はけっこう高いと思われる。部隊長だろうか。
「名前くらい、教えてくれてもいいだろうに」
オレは頬をかく。
「これだから、教会関係者は――」
助けずに、捨て置けば良かったか?
いや、やはり人間側の情報は欲しい。欲を言えば、腕が立ちそうなこの女騎士には仲間になってもらいたい。
それは高望みかぁ。
オレは再度、ため息をつく。
まさか相手が、こうも頑なだとは。命を助けて金を渡せば、取っ掛かりぐらいは掴めると思っていたのだが。甘かった。
――ん、ちょっと待てよ。正義感が強いのは、利用できるか。
「おい。ちょっと、付き合ってもらうぞ」
「え!? ちょっと」
抗議は無視。
オレは女騎士を簀巻きのまま担ぎ上げると、テントから出た。
「この現実を見てもまだ、聖戦やら正義やらとほざくのか?」
人間どもに略奪され破壊された、ダークエルフの集落の中心で。オレは、簀巻きにした女騎士を地面に下ろした。
辺りにはごろごろ、死体が転がっている。中には焼けただれて、損壊の激しいのもあった。
「そ、それは……」
珍しく、弱気な声。女騎士の中で、信仰が揺らいでいるのかもしれない。
「今の魔王様は、この集落の生き残りだと言われてる」
――相手の過去は詮索しない。それが訳ありの多い魔界における、不文律だ。
だからリアに直接訊いて、確かめてみたことはないが。そういう噂は聞いていた。
「これで人間を恨むなって、そりゃ無理だろ。ここの住人は、何か悪いことしてたわけでもないのに」
道中には女・子供の死体もあった。オレですら、少し感傷的な気分になってしまう。
戦争は酷い。すべてを奪ってしまう。商人的な損得勘定からしても、一時的に得することはあっても、トータルでは損にしかならない愚行だ。
「魔族と人間、どっちが悪だよ? 侵攻してきたのは、人間のほうだろ。オレたちは、国土防衛戦やってるだけだ」
人間は勝手だ。文化や価値観が違うというだけの下らない理由で、攻め込んでくる。迷惑極まりない。
「う……」
女騎士は、反論できないらしい。刺激が強すぎたか?
もういいだろう。帰るとしよう。
ちょっと疲れた。肉体的にも精神的にも。
オレは再び、簀巻きのままの女騎士を担ぎ上げる。その時、か細い声が聞こえてきた。
「クレス」
「ん?」
「クレス、それがあたしの名前」
「ん、そうか」
オレは死体を踏んでしまわないよう注意しつつ、来た道を黙々と引き返し始める。
クレスも疲れたのか、それ以上喋ろうとはしなかった。
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