[14]
一歩二歩三歩…徐々に家に近づく足取りは重く、そして寂しさに鎖を繋がれていた。
まだ風も冷たい季節に白い息が視界に漂う。
『今日はありがとうな』
彼はゆっくり歩きながら、どこか寂しげに口にした。
『ううん、こちらこそありがとう…初めてばかりで緊張したけど、楽しかったよ』
ありきたりな言葉しか言えない。
再び沈黙が二人の間に埋まる。
手を繋いでいる右手も彼の左手も冷たい風にさらされて、お互いの体温を探している様に感じた。
沈黙を掻き消す様に言葉を求めたのは彼だった。
『なんかさ…こんなに楽しい日なんて久々だよ』
『そうなの?』
『まぁ、毎日つまらないか…って言われれば、そうでも無いけど…昨日なんか遠足前日の幼稚園児みたいにワクワクしつつ緊張しちゃってたし…中学入学してから、そんな事もなかったから…なんか嬉しかった』
照れ臭そうな横顔を見つめた私は何事も無い様に頷く。
『私も同じだよ、今日が楽しみで楽しみで仕方がなかった』
人通りも少ない帰り道、昼は賑わっていた商店街、優しいマスターが居る喫茶店
今日歩いて来た道を、日記に書き記すかの様に眺めていた。
何故だか寂しくなって気付くと泣いていた。
『お、おい!!どおした!?な、何かあった?あれ…俺なんかしちゃった?』
私の涙に驚き彼が慌てる、こんな姿も次はいつ見られるんだろう。
『ううん、なんでもないよ…大丈夫』
説明はしなかった、ただ一言
『好きだよ』
そう言って、涙を拭い彼の手を握りしめた。
もうすぐで家に着く…すると彼は急に足を止めてポケットから何かを取り出す。
『これ、前に雑貨屋さんで見つけてさ…似合うかなぁって思って…』
彼の手にはネックレスがあった。
小さな砂時計がついた、可愛くてシンプルなネックレス
『えっ!?あ、そんな…私何も持ってないよ!!』
慌てる私を他所に、ネックレスを私につけてくれた。
『やっぱり似合うわ、間違いじゃなかったな』
納得した満面の笑みに笑ってしまった。
『何笑ってんだよ…別に笑う所じゃないし』
『ごめんごめん、ただびっくりして…ありがとう』
『別に良いよ、ただ似合うって直感が言ったから買ってみただけだし…直感通り似合って良かった』
そう言って彼は私の手をひく
何故か懐かしさを感じた私の家が白い光を部屋から漏らしながら立っていた。
『今日はありがとう』
『全然気にすんなって、滅多に無い事だし、次は…クリスマスのお祭りかな?そん時も迎えに行くよ』
『うん、また連絡するね、帰ったら連絡頂戴』
『おう、わかった…じゃぁ…』
彼は私を見つめ、少しでも次の言葉を言うのを何とか抑えていた、でも時間に逆らう事は出来ない…それを知ったのか、それとも自然と出たのか次の言葉に少なからず"再会"を二人は感じる。
『またな』
『うん、またね』
彼が歩き出す、彼の家へ
後ろ姿は寂しく孤独に感じ、見えなくなるまで見つめていた。
彼が見えなくなって、玄関の鍵を開ける。
『ただいまぁ』
するとママはリビングから顔を出し
『あら、おかえり』
笑顔で私を迎えてくれた、何だか久しぶりに家に帰って来た感覚。
『手、洗ってらっしゃい、今日はカレーだから』
『本当に!わかった!!』
今日一日の事を振り返る事が、何よりも幸せな事だろう。
夢じゃない、嘘じゃない、確かにこの手に触れて、確かにこの目で見つめた彼との一日は、私にとって初めての想い出になる
そして胸に輝く砂時計のネックレス、これは初めての宝物、本当に今日一日でどれほどの初めてに出会えただろう…きっと数えられない初めてに出会っていたと思う、気付かない事も沢山あって、それもきっと初めてに変わる。
お風呂上がりに眺めた月は、白く美しく…今日一日を優しく包み込む白銀の輝きを放っていた。
孤独の夜空に、ただ自分の存在を主張する月…私は、あの月の様に、彼の中で大きくなっているのかな…
不安になりながらも、彼への思いを強く抱きながら、夜に目蓋を閉じた。