[13]
彼の部屋は"男の子"って言わんばかりに雑誌や教科書等が散らかっていた。
散らかっていると言っても足の踏み場が無い訳ではなかった。
『な、汚いだろ?』
と苦笑いをしながら彼は部屋に言い聞かせる様に言った。
『まぁ…予想通りって感じかな』
初めての景色にびっくりしながらも平然と言ってみた。
『とりあえず…多少は片付けといたんだけど…』
彼が目を向けたのはギターが置いてある所。
ベッドの横に音を出す機械、"アンプ"と言われる物の横にギターが立て掛けてあり。
『あそこらへんは何とかスッキリはしたんだけど…』
他は駄目だったと言う目で私を見つめ
『はいはい、とりあえず…雑誌類を片付けますか』
と言って雑誌を手に取って部屋を歩きまわった。
彼は物静かな部屋を変えようと音楽を流し始め、申し訳なさそうな顔で私の指示を良く聞いていた。
音楽を聴いているのか、私の話を聞いているのかは定かではなかったが、返事をしながら動きまわる。
音楽雑誌にファッション雑誌が大半をしめる部屋の中で、驚く物を見つけた、それは予想や想像外の事で、"覚えていたんだ"と言わんばかりに日付は今月号の物。
多少綺麗になった部屋で、それを手に取り
『これ…』と私は呟いた。
呟いた方向に私は居る、気付くとすぐに顔を向け、彼はそれを覗き込む。
『あぁそれか…確か…買いだしたのは先月からかな、何か難しい事ばかりで、よくわかんないけど、他に参考書とか、そういう関係の本買って勉強してんだ』
嬉しそうに優しそうに彼は言う。
『医療の現場』
そう書かれた雑誌に、あの時の電話で話した夢の事を、何度も頭の中で繰り返す。
机には楽譜の隣に、その参考書やらが立ち並んでいて、ノートが何冊か見えていた。
『ありがとう』
自然と出る言葉はあっけない物だったけど、心は沢山詰まっている。
『そんな…いいよ、別に気にしなくても』
照れ臭そうに彼は雑誌を抱え立ち上がる。
『ううん、本当にありがとう』
私は笑顔で、少し涙目で、彼を見つめながらもう一度言う。
本当は少し不安もある、私のせいで彼の未来を、無意識に無意味に縛りつけてしまったのかもしれない
ただそれだけが今の私の胸を強く締め付ける。
すると『あ、この曲』手にした雑誌を床に起き音量を微妙に上げた彼が言った。
『この曲さ、好きなんだよね』
嬉しそうに言った後に目を瞑り雑誌を椅子がわりに腰かけた。
私は彼の横顔を見ながら曲に耳を傾ける。
切ないバラード、だけど暖かさがあって…何だか無性に泣きたくなる様な軽やかな歌声。
『この曲が好きでさ、辛い時とか悲しい時とか寂しい時に、よく聴くんだ』
心から君を愛してる
この言葉だけが頭に残ってる。
サビの歌詞で、その部分だけが、何だか孤独に聴こえたけど、悲しみよりもオレンジ色の暖かな音符が空に浮かんでる感じ…
何だか彼を見ている様にも聴こえた。
少し不器用で、あんまり喋らない、どちらかと言うと無口な方で、毎朝通学姿を見てると孤独に見える、けど私を見つけると優しい笑顔で満ち溢れる。
私はその笑顔を大切に大事にしたい…そう思った。
30分位で掃除は終わった。
時刻は15時45分
すると一階からお姉さんが上がって来た。
『お、片付いたね』
紅茶とクッキーを持って部屋に入って来た。
部屋の中央に置かれたテーブルに紅茶とクッキーを乗せたトレイをそっと置く。
『何しに来たんだよ…つか何で自分の分まで紅茶持って来てんの?』
言われて見ればコップは3つ。
『いいじゃない、私だって未歩ちゃんと話したいし…未来のお嫁さんかもしれないじゃん?』
お、お嫁さん―――!?
『阿呆か』
彼はあっけなく答えた。
阿呆なんだ――何かガッカリ―
『へー彼女の前でそんな事言うんだ…最低な彼氏だわ』
『うるせーなぁ…』
私は笑うしかない――
『未歩ちゃんは、こんな奴の何処が好きなの?』
咄嗟に聞かれた事にびっくりして
『えっ…あ…えっと…優しい所?』
と答えてしまった。
本当はもっと好きな所は沢山ある言葉に出来ないくらい好きだから
『優しい所?って疑問系かよ』
彼がツッコミを入れる。
『まぁ見かけによらず冷たい奴では無いからな』
お姉さんは紅茶を飲みながら言った。
『見かけによらずは余計じゃね?』
彼は下を向きながら言った…よく見ると耳が赤い。
『コイツさぁ、褒められると耳が赤くなんの』
私の耳元でお姉さんが呟く。
『変な事言わなくていいよ!』
彼は照れ臭そうに、口を尖らせる。
お姉さんとは沢山話せた、彼の昔の頃の話や、最近の事、お姉さんの大学での面白い話、彼は照れ臭そうに少し嫌々ながら話を聞き流していたけど、耳は会話から離さず、お姉さんが変な事を言うたびにツッコミを入れてたし。
お姉さんが一階に戻って暫く話をしていた頃、気付くと時間は17時近くになっていた。
時間は逆らう事を知らない。
『あ、私そろそろ帰らないと』
寂しさを我慢しながら、言いたくもない言葉を口にする。
『あぁ…もうそんな時間か、家まで送るよ』
彼が立ち上がる。
『え、大丈夫だよ…道は覚えたし一人で帰れるよ』
『いいから、いいから』
上着を着ながら音楽を止めた。
『ありがとう』
『気にすんなって、少しでも一緒にいたしいしさ』
そう言って私の顔を伺う。
『そうだね』
笑顔で、嬉しさを堪える事が出来ない状況に素直に言葉を向けた。
そう言ってもらえるだけでも、本当は嬉しい。
外に出ると太陽は沈み、薄暗い空に星が輝き始めている。
鮮やかに、そして無情に月は欠け、意味もなく満ちてを繰り返す夜空の下で、初デートに終わりを迎えようとしながらも、ただ私の家に向かって歩き出した。