[09]
次の日の、私の気持ちに不安という物は少しながら薄れていた。
私を受け入れてくれた彼を、次は私が受け入れる番だ、と前向きな姿勢が生まれた。
朝になり目が覚めて時間を確認して窓際に立つ、私と彼だけの毎朝の儀式。
彼は家の前でいったん自転車を止め二階を見上げる、笑顔で手を振る私に笑顔で返してから、また自転車をこぎはじめる。
行ってらっしゃい――
結局昨日パパが帰って来たのは夜遅くて、ご飯は用意しておいたから大丈夫だと思うけど、私は先に寝ちゃった。
ママもまだ帰って来てないし、また一人でテレビを見ながら時間をつぶして過ごしていた。
ママからは時々メールが来て、『今から電車乗るね』とか『駅弁美味しいよ』と写真まで付けてくれた。
ママが帰宅したのはお昼過ぎだった。
テレビを眺めながら昨日の出来事を何度も何度も頭の中で繰り返し、何度も何度もにやけていた。
うわ、自分普通に見たら気持ち悪い――
『ただいま』
ママがスタスタと音を立てながらリビングに入って来た
『あ、おかえり』
『ただいま、寂しくなかった?』
『うん、大丈夫だよ』
『そう、良かった…薬はちゃんと飲んだ?』
『ちゃんと飲んだよ』
やっぱりママが居ると安心する、ママの力って凄いなって改めて感じた。
『おばあちゃん、どうだったの?』
私は一番の心配事をママに訪ねた。
『んー、元気は元気なんだけど、胃に腫瘍が見つかったらしくて…』
腫瘍――
『腫瘍って…ガンって事?』
『まだわからないのよ、今検査入院中で結果が出るのは1週間後だし…』
買い物も済ませたママは買い物袋から野菜などを取り出しながら私に話していた。
『そっか…』
病気は違えど同じ様な痛みを知っている私は、中途半端な生易しい慰めは返って悪い思いをさせるとわかっていたから何も言わなかった。
彼が学校を終えるまでリビングでずっとテレビを見ていて…気付いた時には寝ていて眠気を遮り夢から現実に引き戻したのは携帯だった。
彼からの着信が残っていて
出れなかった―
と残念がる気持ちが込み上げた
着信履歴からかけなおそうとボタンを押していると再び彼から電話がきた。
『もしもし?ごめん…寝てた』
『やっぱりね』
『やっぱりって、わかってたの?』
『だいたい寝てるし』
『べ、別にそんなに寝てないよ!!』
はたから見たらくだらない会話だけど、私は彼とどんな話をしようと会話の内容がどうであろうと、好きだった。
彼の事も、彼の声も、滅多に会えないけど些細な仕草も、好きだった。
彼は…私の何処が好きなのかな――
彼はこれから用事があるから、と言って電話を切った。
ママとご飯を食べてお風呂に入って
テレビを見ながら、"これから"について考えていた。
ずっと家にいたら――何も出来ない
でも下手に外には出れない――
夢もない――見つけなきゃ
なりたいもの――なりたいもの――
『ねぇ、ママ』
『んー?どうしたの?』
洗い物をしながら私の方を見て水が弾ける音や水が流れる音とテレビの音が二人の間を静かに流れていた。
『ママはさ、あたしと同じ位の時に"夢"ってあった?』
『夢?どしたの急に』
『隼人くんには夢があって私には夢がないからさぁ…私も将来の夢とか持ちたいなぁって』
『ふーん…ママは…もうパパと出会ってたからなぁ…当時は絵が好きだったから画家とか漫画家とかになろうって思ったけど、パパと出会ってからは、パパの傍にいたいって思ったなぁ』
ママとパパは中学校の先輩後輩で、ママはパパの一個下
サッカー部で人気ものだったパパに恋をして、見事に射止めた。
だけど一度別れて別々の道を進んだんだけど街中の喫茶店で偶然再会してお互いの思い出話をしていたら、やっぱり忘れられないって結論にいたり再び付き合い始め、結婚して私が生まれた。
『そっか…』
『未歩は、何かやりたい事とか、将来はこうなりたいとか…無いの?』
わからない――
何があって何が無いのか
何が出来て何が出来ないのか
私にはわからない。
『んー…やっぱりママみたいに幸せになりたいなぁ』
私は思いついた事を言ってみた
『なら、幸せになりなさい、好きな人と一緒にね』
その日は彼からの電話は無かった。
次の日になり私はいつもの様に窓から彼を見送った、彼は今日も笑顔で手を振り返してくれて、背を向けて道の先に消えるときに
行ってらっしゃい――
と名残惜しそうに囁いた。
その後でボサボサの髪をセットして病院に行く支度をして、ママと病院に向かった。
いつもの様に検査をしてロビーでママを待っていた。
今日は少し長い間、ママを待っていた、自動販売機で買ったジュースを飲みながら外を見ているとママが戻って来て私の隣に座った。
ママは笑っていた――
『どうしたの?』
と私が聞くと
『未歩…良かったね!!』
――えっ?
『病気が良くなって来てるから、学校はまだ駄目だけど、散歩くらいなら出歩いても構わないって』
『本当に!?』
『本当よ』
ロビーの片隅で大はしゃぎをしてお互い我に返ると
『静かにしなきゃね』
『そうね』
この時ばかりはママも子供みたいだった。
近くのレストランでお昼を済ませバスに乗りゆっくり家路についた。
帰って来てから暫くゆっくりしていると待ちに待った彼との電話タイム――
『もしもし!!』
第一声からテンションが高い私に
『どしたの?』と彼は驚きならがら言った
『私ね…学校はまだ駄目だけど…散歩程度なら出歩いても構わないって』
『本当に!?』
『本当!!』
電波で繋がり合う私達も電波の中で声と声で一緒に喜び一緒にはしゃいだ。
『良かったな、本当に良かったな!!』
彼の喜ぶ言葉が物凄く嬉しかった。
『うん!!だからさぁ…今度散歩しようよ』
私のやりたい事
-彼とデート-
『おぉ…いいね!!土日でも少しぶらぶらしちゃいますか!!』
『しちゃいましょうか!!』
こんなに幸せで嬉しい事は初めてだった気がする。
今まで眺めているだけの景色に出歩ける、触れられる、感じられる…
それに隣には彼が居てくれる。
宝物の中にある複雑なパズルが一つ一つ確実に形を作っている感じがした。
下限の月となった夜空を見上げながら彼と夜遅くまで話していた。
1つ2つと確かにステップを踏みながらゆっくりと階段をあがる。
不可能が可能になり、不幸せが幸せになり、変化に躊躇いながらも前に進む事に喜びを覚えた。
私の中で鼓動を伝える心臓は、今はまだ弱いかもしれない
でも心と一緒でいつか強くなる…そう信じながら夢に沈んで行った。