2話 探偵吉野と助手天音
探偵を生業としている者の気持ちは、私にはわからない。
何せその仕事は何かが起きなければ始まらないという、後手後手の職業だからである。
前回の任務(魔法少女)から早々に次の世界にトリップしてきたが、今回の任務はこうだ。
【緊急要請】
世界ID:B4992871
必要とされる人物像:探偵助手
要件:探偵【吉野育三】の仲間になり、事件を解決する手伝いをしながら彼を引退させる
「……どうすればいい」
まずは探偵助手になるところから始めなければならない。
そして最終的には引退させる。
理由は考えてはいけない。"そういうもの"だから。
物語は理不尽でこそ、物語なのである。
……決まったな。
まあしかしながら、そのためにはまず彼の信用を得なければならない。
そして経験上探偵と言うのは『変人』が多い。
否、『変人しかいない』。
魔法少女とは違い、探偵ものというのは歴史が長い。
故に、これは正しい。私だから言える。
「あ~あ、どこかに美人の助手落ちてないかな~。それで事件を解決しながらローマーンースッ!」
私は正しい。
◇
ああ、どうしてこうもこの男は阿呆なのだ。
普通密室と言えば、トリックが使われてると誰でも考えるだろうが。
「え~? 密室なら自殺なんじゃないの?」
馬鹿野郎が!
よくそれで探偵になろうとしたな。理解に苦しむ。
しかし助け船を出さねばならない。
こういった場合はそうだ、とっておきの言葉がある。
「あれれ~? おかしいぞぉ~?」
完璧だ。後は麻酔銃でも用意すればいいだろうか。
……いや、これ以上は危険だからやめておこう。
よくぞここまで頑張ったと褒めてほしい。事件は解決されたのだ。
それにしても、実はドアが"オートロック"だったなどと、誰が想像できようか。
もはや密室殺人でさえない。
「なにはともあれ解決してよかったね~天音ちゃん」
「そうですね、さすがです」
「でしょ~? 惚れた?」
「そ、そんなことないんですからねっ!」
ツンデレとはこんな感じでよいのだろうか。未だに慣れない。
◇
「そろそろだな……」
こんなカスみたいな探偵事務所が長生きするなど、天地がひっくりかえってもないことだ。
最初の方は私が一所懸命仕事を取ってきたが、目標達成の為にそれをわざと怠った。
すると借金は面白いように膨れ上がり、もはや完全にじり貧。
家に帰れば笑いが止まらない。
「はっ、ここまでうまくいくとは。しかし、前回には及ばなかったな……残念だ」
すると、急にポータルから連絡が来た。
【吉野を殺せ】
……は?
と思ったが、まあ目標は『引退させる』だ。
人生から引退させても問題ない。何もおかしくないな、うむ。
しかし腑に落ちないな。すかさずポータルに返事をする。
「了解した。しかしどのように?」
もう一度言うが理由は考えてはいけないのだ。
【告白をしながら】
「……了解した」
クソが。
◇
「なにするの、天音ちゃん……」
「もう限界なんです。あなたが私を見てくれないことに、耐えきれないのです」
「だ、だからって……そんな危ないもの、しまおうよ。ね?」
「うるさいっ! アナタがワタシを見てくれないというのなら……
コロス」
「ぎゃあああああ!」
「ふ、ふふふ。あはははははははは!!!!
これで先生は私の物! わたしの、も、の……」
落胆する演技にはもう慣れている。悲劇のヒロインというものは、そういうものなのだ。
にしても、まさかこの男がハーレム状態になるとは予想できなかったな。
じり貧にしたはずの探偵事務所が、女たちの出資によって持ち直してしまった。
女心というものは私にはわからん。
まあしかし成程、告白をしながら殺すというのはつまり『ヤンデレ』ということだったのだな。
【任務完了を確認、直ちに帰還せよ】
「というか、探偵ものである必要性は皆無だな……」
今回ばかりは早く帰りたい。この後の展開は目に見えている。
せめて最後は探偵ものらしく、謎めいた終わり方をした方がいい。
◇
帰って報告書を提出した。
さ~て、今回の客観的詳細は~?
【名探偵吉野と助手天音】
吉野育三は、探偵という職業を崇拝していた。
いくつもの事件を颯爽と解決し、良い助手に恵まれ、時には喧嘩をしながらも互いに絆を深め合ってゆく。それが彼の理想だった。
吉野は幸運の持ち主である。ある日探偵事務所に美人な女性が訪ねてきた。彼女は『天音』と名乗り、彼の助手になりたいと申し出た。彼は嬉々としてそれを受け入れる。
彼女は聡明な女性だった。吉野の足りない頭をカバーするその洞察力と推理力は、大きく役に立った。
数々の事件を解決し、全ては吉野の理想通り、のはずだった。
突然依頼が激減し、探偵事務所の資金は底をついた。もはやジリ貧であった。しかし、天音はそれでも吉野を支え続ける。
もうすぐ二人は結ばれるのか!?
そんな二人の関係を引き裂いたのは、事件の依頼主『美代子』、『春子』、『陽子』、『里奈子』、『崇子』、『白子』であった。
彼女達は事件を解決してくれた吉野に惚れた。もはや一目惚れだった。
しかし天音がライバルだと知ると、彼女達は手を組み天音を解雇させようと目論む。
皆が金を出し合い、事務所を再建させたのだ。
吉野は他の美女たちにそそのかれ、天音を解雇しようとしてしまう。
これが、悲劇の始まりである。
自分の気持ちを受け入れてくれない吉野を、天音は殺してしまった。彼への愛を叫んで。
「これで先生は私の物!」
そう言った彼女の顔は、とても悲しそうであった。
その後、彼女は姿を消した。もう愛する吉野もいない。もはやここにいる意味などない、と。
その後の警察の捜査でも、天音が見つかることはなかった。
探偵である吉野は、自ら迷宮を作ってしまったのであろうか……?
「なっげーんだよ、10行にまとめろ」
ああ、もう読んでいるうちにまた要請だ。休ませてくれないのはいつもの事だ、仕方がない。
「次は何? ふむ、『学園のマドンナ』ねえ……」
マドンナは決して褒め言葉ではない。行けばわかる。行かなくてもわかる。
鬱々としながらも、私は『OK』ボタンを押下した。