出会って五分で当て馬になった氷令嬢は、とりあえずスイーツを注文しました
数ある中からこの作品を選んでいただきありがとうございます!
コメディ感が強くなってしまいました(笑)
王都のなかなか予約の取れない人気スイーツ店の個室にて──。
「エヴァレット男爵家のクラリッサでございます」
ロズウェル男爵家のアルバートとの縁談。
彼とは初対面である。
女性の中では高身長のクラリッサと、並んだら絵になりそうな長身のアルバート。
クラリッサは人気店のスイーツが食べられると、この日を楽しみにしていた。
自然と笑みが溢れる。
ようやくメニューを手に取った時、部屋の扉が大きく開かれた。
扉を開けた本人はアルバートの妹だろうか。
小さい身体に大きな瞳で頬を膨らませている。
(まぁ、子リスみたいで可愛らしいわ)
だが、なぜかクラリッサのことを睨んでいる。メニューを持つ手を自然と下げた。
「アルバート様、氷令嬢と結婚するというのですか!?」
可愛らしい声とは裏腹に、爆弾発言をする子リス令嬢。
「セシリア!」
情報量が多すぎて、なかなか目の前のことを処理できないクラリッサ。
切れ長の瞳から冷たい印象を持たれがちだが、まさか“氷令嬢”と呼ばれていたとは、驚きだった。
そして結婚とはまた話が飛躍しすぎている。
この五分ほどの知り合いと結婚なんて、小説だったら、最初の一ページ目の次がクライマックスくらい飛んでいるだろう。
そんなお話があったら、読者から文句が絶えないはず。
(あぁ、早くメニュー選びたいな)
早くも傍観者のような気持ちになるクラリッサ。
一応、妹の可能性は捨てていないが、クラリッサは続きを待ってみる。
「私は⋯⋯私はやっぱりアルバート様が好きです!」
やっぱり妹ではなかった。
一分前の自分の気遣いに謝ってほしいくらいだ。完全にクロだった。
クラリッサは芳醇な香りのする紅茶もまだ頼んでいないので、残念に思いながらもお水を一口飲む。
「私だってセシリアのことが好きだ。ずっと貴族としての役目を果たすため、本当に気持ちを我慢してきた」
会って七分の人に当て馬に利用させられているクラリッサは、メニューに視線を落とした。
(貴族の役目やらは放棄するのね。おっ、季節のフルーツタルト美味しそう)
「実は私も気がついていたの。グレンヴィル男爵家の庭園パーティーで出会ってから──」
クラリッサは呆然としていた。
まさか思い出話が始まるとは思わなかった。
そろそろ注文もしないで、座っているのも辛い。
クラリッサは静かに手を上げた。
「あの、すみません」
「!??」
アルバートとセシリアが風を感じるほどの速さでこちらを振り返った。
ちょっと怖い。
「ウェイターに注文をするだけなので、お構いなく」
「あ⋯⋯はい」
クラリッサは迷っていた。
季節のフルーツタルトだけではなくパフェも頼みたい。
一応二人で来たので、飲み物は二人分のほうがいいだろうか。
それとも⋯⋯クラリッサはセシリアを盗み見る。
まだご一緒している可能性もある。
(アルバート様には、フレッシュレモネード、セシリア様にはハニーシロップティー)
「私はあの夕日に照らされたアルバート様に恋に落ちました──」と頬を赤らめたセシリア。
まだ話が続いていた。
(飲み物は三人分で、セシリア様はパフェ、私は季節のフルーツタルトにしよう。アルバート様は二人が美味しそうに食べるところを見ているだけという設定にしましょう)
クラリッサはぎこちなく入ってきたウェイターに注文する。
「以上でしょうか?」
「はい」
足早に部屋を立ち去ろうとするウェイター。
「場所や産業から考えても、隣の領地のほうがいいってことになっていたんだ。でも私は皆に宣言するよ。私が愛しているのはセシリアだと!」と熱のこもった言葉を放つアルバート。
「嬉しい⋯⋯夢みたいだわ」とうっとりするセシリア。
名残惜しく最後にメニューを一瞥すると、クラリッサの気が変わった。
「お待ちください!」
「!!?」
顔色をさっと青ざめるアルバートとセシリア。
懇願するようなアルバートと涙を浮かべるセシリアが、クラリッサを凝視する。
「⋯⋯追加の注文があるだけなので、お構いなく」
ウェイターはぎこちない足取りで戻ってきた。
絶対に食い意地が張っていると思われている、とクラリッサは恥ずかしくなる。
クラリッサは空咳をすると、ウェイターに焼き菓子セットも頼んだ。
クラリッサは注文もしたので、ほっと胸を撫で下ろした。
するとアルバートとセシリアはクラリッサの目の前に立った。
その二人の手は固く結ばれている。
「クラリッサ嬢、悪いがこの縁談はなかったことにしてほしい」
「クラリッサ様、許してくださいね」
「お、お元気で」
クラリッサは二人の背中を見送った。
一人になった。
その広い空間だけが、自分が一人だと知る。
「三人分頼んじゃったけど、ロズウェル男爵怒らないかしら?」
今日の席の支払いはロズウェル男爵家が持つことになっている。
先程、開け放たれた扉の奥から快活な笑い声が聞こえる。
部屋の中に顔を出したのは幼馴染のノエルだった。
中性的な名前がピッタリ合うような綺麗に整った顔立ち。
余程愉快だったのか、ノエルは相好を崩している。
同じ男爵家で昔から気が合うノエルとは、家族ぐるみの付き合いだった。
それぞれの屋敷でお茶会を開いているので、頻繁に会っている。
だが、最近はデビュタントも果たし、二人で会うことはなくなった。
「たまたま外を歩いていたら、子リスみたいな小さな令嬢にお店を聞かれてさ」
セシリアがノエルに店の場所を聞き、そのままこの部屋へ突撃してきたのだとクラリッサは納得する。
そうしているうちに飲み物とスイーツが運ばれてきた。
「パフェは私でタルトはこちら──」
クラリッサはウェイターに指示する。
ウェイターは気まずそうに空席に三つ目の飲み物と焼き菓子セットを置く。
紅潮させながらクラリッサは「一応、アルバート様とセシリア様の分」と消え入りそうな声で説明した。
それでも一人で食べることにならなくて良かった。美味しいスイーツを誰かと楽しく食べたい。
(実はノエルと食べたかったなんて言ったら驚くかしら? もし、ノエルにも同じように縁談が来たら⋯⋯いや、縁談は来て欲しくないな)
そんなことを考えている横で、くっくっと楽しそうな笑い声が漏れるノエル。
(ノエルのおかげで楽しい時間になりそうだわ)
パフェに豪快にスプーンをさして、頬張り始めた。
「う〜ん、美味しい〜!」
* * *
(ノエルSide)
彼女の宝石のように輝く笑顔が眩しい。
手に汗を掻いているのを見た、ノエルは自分がかなり動揺していたことに気がついた。
デビュタントも終わってこんなにすぐにクラリッサに縁談が来るとは思わなかった。
純愛や恋心を意味する花を贈っても、「今日のお茶会が華やかになるかなと思って」と言えば、鈍感な彼女は何も疑わず、陽だまりのような笑顔を見せる。
なのにノエルの真意に気が付かない。
警戒心の強い彼女は決して他の人の前ではこんな風に笑わない。
クラリッサは気が付いているか分からないけど、かなり無表情なことが多い。
でも考えていることは大概平和なことだった。
甘いものが大好きでちょっと抜けてる。
ノエルはテキパキと慣れた手つきで、ケーキとクッキーをクラリッサに取り分ける。
(絶対にクラリッサは他のスイーツも食べたかったはずだ)
クラリッサは目を見開いて慌てている。
「あの二人の告白より、季節限定タルトのことを考えていたんじゃないか?」
「うぅっ、それだと私ばかり食べることになってしまうわ。それにこのパフェすごく美味しいのよ」
クラリッサは自分が口をつけたスプーンだと気がまわらず、パフェからクリームと苺を掬い上げるとノエルに差し出してきた。
ノエルの頬に赤みがさす。
(そういうところだよ。平気で俺の心を掻っ攫ってくる)
ようやく縮めた距離。
他の男に奪わせる気なんかない。
ノエルはクラリッサの手を掴むと、そのままスプーンを口に近づけて食べる。
クラリッサの顔が真っ赤になった。
(そうだ、俺だけを見てほしい。早く気付け)
ノエルは心の中で毒づいた。
真っ直ぐ見てくるクラリッサ。
クラリッサの目は潤んでいるように見える。艶のあるクラリッサの唇が先に開いた。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ノエル、パフェ美味しいでしょ?」
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