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未だ、途上

作者: シキカン
掲載日:2026/04/19

そのまま読んでもお楽しみいただけますが、このお話の中に、この物語の主人公が出てくるので、もしよければこちらを読んでからならよりお楽しみいただけるかと思います。

https://syosetu.com/usernoveldatamanage/top/ncode/3120298/noveldataid/28721608/




鐘の音。線香の匂い。都会の喧騒を忘れるほど凛とした空気。

私はこの場所が好きだ。

ここで御心をもって、人々と接することが好きだ。


法事が終わり、親戚たちが世間話をしている端で、制服を着た女の子が、薄暗い表情で小さく座っていた。

「どうかなさいました?」

私は彼女の斜め前にしゃがみ込んだ。

「えっ!?いや…。その…。」

「突然話しかけてごめんなさい。こういう仕事柄、悩みを抱えていそうな方の表情を感じ取ってしまうもので」

「えっ?私…そんなに顔に出てました…?」

「私にはそう見えましたけど。」

彼女は心を見透かされたかのように、戸惑った表情をしている。

これ以上深入りするのは彼女のためではないと思い、踵を返そうとすると

「あのっ!少しだけ話を聞いてもらえませんか?」と、彼女は重い口を開いた。

私は彼女に正対し「もちろん」とうなづいた。

「私、クラスメイトに仲良い子がいて、親友だと思ってます。

でもその子が、クラスのリーダー的な女の子の彼氏を取ったって噂が流れて…。

彼女はそんなことするような子ではないんです!

本人に聞いても『そんなことしてない』と、はっきり言ってました。

どうも、そのリーダー的な子が彼氏に振られたらしくて…。

その理由が彼女のことを好きだからと言われたらしくて、それで逆恨みされたみたいで…。

でも、クラスの子たちはそのリーダーの子が怖くて、みんな無視するようになって…。

私だけでもと思って声かけようとすると、その子が邪魔してきて…。

私も無視されるの怖くて抗えなくて…。

…こんなんで親友なんて呼べないですよね…。

最低ですよね、私…。」

彼女は目に涙を溜め、だんだんと声を振るわせながら伝えてくれた。

「たくさん悲しい想いをしたんですね。

集団の中で味方がいない状態なら、ご自身の身を守る行動を取るのは、おかしなことではないと思いますよ。

ただあなたはそんな自分が許せないんですよね。

…今はなかなか難しいかもしれませんが、少しずつご自身を許してあげてはいかがですか?

例えば話しかけようとしたことを認めてあげる。

もしくは連絡を取るなど。

ご自身が考え得る、できることから始めてみてはいかがでしょうか?」

彼女の表情が、少しだけやわらいだ。

私は本堂の仏様を見つめながら

「大丈夫。あなたの優しい御心を、仏様はちゃんと見ていますから。」


昼食後の掃除のため、境内を掃き掃除していると、見覚えのある婦人が熱心に、そして思い詰めたような表情で何かを祈っていた。

「相澤さん?お久しぶりですね。」

「あぁ。お坊さん。ほんと、お久しぶりですね。」

「今日はお一人なんですね。」

「えぇ…。まぁ…。」

相澤さんは歯切れ悪く答える。

「そういえば息子さんは、もうすぐ大学生でしたっけ?お元気にしていますか?」

「…まぁ。」

息子さんが大好きで、成長や進学するたびに息子さんの話をしてくれる相澤さんなのに、口をつぐんでしまうのはおかしいなと思っていたら…

「実は…、連絡をとっていないんです。

県外の大学に決まり、家を出ていくその日、心配のあまりいつもの調子であの子に口うるさく色々言ってしまったのです。

するとあの子が『いつまで俺を子供扱いするんだよ!もううんざりだ!』って言って、そのまま家を出てしまって…。

それ以来、連絡するのが怖くなってしまって…。

男親だからでしょうか?主人はあまり気にしてないのですが、私はちゃんと暮らせてるのか心配で…。

なので、仏様にあの子が幸せに過ごせることをお祈りしにきたんです。」

「…そうだったんですね。

お母さん、辛かったですね。

親というものは子供が幾つになっても、心配なものですからね。

特に初めて親元から離れるのなら、お母さんの不安もよくわかります。

お母さんのその気持ちはきっと息子さんにも届いてますよ。

大丈夫。相澤さんの息子さんへの深い愛情を、仏様はちゃんと見ていますから。」

相澤さんは涙ながらに「ありがとうございます」と何度も頭を下げてくれた。


掃除も終わり、本堂に戻ろうとすると、仕事終わりのような背広を着た男性がベンチに座っていた。

缶コーヒーを口に運びながら、行き交う人々を空虚な瞳で見つめていた。

「ここ、都会の真ん中とは思えないくらい静かでしょう?」

「あぁ?あぁ…。」

生返事が返ってきた。表情もどこか虚だ。

話しかけられたくないのだろうと、私が立ち去ろうとした、その時

「なぁ、仏さんは正しいことをした人を救ってくれるんじゃないのか?」

と、彼に問われた。

「そう…だと思いますけど…。」

「なら、俺が救われないのは、間違ってるからなのか?

無理難題言ってくる上司に、同僚や後輩が心身共に病んでいっていたから、俺がその上司に直談判したら、窓際部署に配属された。

プライベートでも間違ったことをしてる奴らを何度も正したら、まるで俺が悪者かのように扱われる。あげく出禁だよ。

この世に神や仏がいるなら、なんであいつらはのうのうと生きて、俺はこんなに苦しんでいるんだ?」

彼に何か…何か言葉をかけようとも、私は何も出てこなかった。

彼が去った後も、私はその場からしばらく動けなかった。

仏様に縋るように、本堂の仏像を見る。

いつもと同じ穏やかな表情のはずなのに、

その時の私にはどこか寂しく感じた。


彼の言葉が頭の中を何日も巡っている。

“正しさ”とは? “正義”とは?

邪念を払うようにいつも以上に修行しても、取り払えなかった。

そんな時、あの時の女の子が私に向かって走ってくる。

はぁはぁと息を切らし、「お坊さん!」と私の前で立ち止まり、大きく息を吸い、顔を上げた。

「あの…、ありがとうございます!

お坊さんがあの時かけてくれた『少しずつ自分を許す』って言葉。

あれからずっと考えて、少しずつだけど、私にできることやってみたんです。

そしたら徐々にですが、また親友と話せるようになって。

…いじめがなくなったわけではないんですが。

それでも、また仲良くできるようになったのはお坊さんのお陰です。ありがとうございました!」

彼女の言葉を聞いて、私の身体の中で静かに何かが落ちた。

私は皆を『仏様が救ってくれる』と思っていた。

けれどーー

あの子の言葉を聞いた時、

私の中で静かに、でも確かに何かが変わった。

ふと、あの男性の言葉が頭をよぎった。

私はその問いにまだ答えは出せない。

ーそれでも。

私は彼女に

「私の方こそありがとう」と伝え、また一層修行に励もうと心に誓った。

本堂の仏様はいつものように微笑んでいた。


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