勿忘草
"カランカラン"
来店のベルが鳴る
「いらっしゃいませ、ごちゅ、」
「ちょっと姉ちゃん!忘れる魔術をくれ!」
私のお決まりの出迎えの挨拶は途中で遮られる
「はい、それでしたらゴブリンの垢と夕暮れの空気とそれから春に咲く勿忘草をお持ちいただ、」
「姉ちゃんその分の代金も払うから取ってきてくれ!」
このお客さんは先ほどから私の言葉を食ってくる
私は少しの苛立ちを覚える
「結構、高いですけど。」
少し語気を強めて私は言う
「金はあるから頼むよ!」
そう言ってお客さんはドサッと巾着袋をカウンターに置く
「じゃあ3日後のお渡しとなります。よろ、」
「ダメだダメだ!今日にしてくれ」
お客さんは無理な注文を追加した
「それは無理ですよ。垢と空気はうちに在庫があるからいいものの、勿忘草はまだ咲くのに2日はかかります」
「そこを何とか頼むよ」
お客さんはカウンターに両手を置いて、頭を下げる
私は時計を見た
まだ朝だ
今は冬であるが、入手できる場所に心当たりはあった
「はぁ。わかりました。夕方までにはお渡しできるようにします」
「おぉありがと姉ちゃん!」
私は魔術屋をやっている
お客さんがご所望の魔術を売る仕事
普段はご所望を聞いて、それに必要な素材を取ってきてもらい、そして私は調理を行う
その調理費をお客さんからもらうという、お財布的にはやさしいシステムでやらせてもらっている
“カランカラン”
私は店を出て戸締まりをする
そしてOPENの札を裏返す
「さぁ出発だ」
私が向かう場所は、
「すみませ〜ん。ちょっとお尋ねしたいんですけど、勿忘草を育てられたりしませんか?」
どれだけ聞き込みをしても目当ての勿忘草とは出会えない
「あぁ〜そうですかぁ。すみません、お邪魔しちゃって。失礼します」
街外れの少し行ったところには勿忘草の丘がある
そこにはできるだけ行きたくなかったのだ
だからできるだけ街中だけで完結させたかった
「これで10組目、やっぱり、、いや!もうちょっとがんばろう」
私は勿忘草よりも誰も勿忘草の丘のことを言わないことに少しの不安を抱いていた
私は疲れ果てて公園のベンチに項垂れていた
無駄に動かなくて、店にいるだけで済むように始めたお店だったのになんで私はこんなことをしているんだろう
公園の入口にはソフトクリーム屋さんの売店があった
「頑張ったしな、これくらい。」
まだ何も成果を出していない私は欲に負けそうになる
すると、私の隣に小さな女の子が座った
その子はソフトクリーム屋さんの方を見つめていた
私はその光景を見て、既視感を感じた
『フォゲットさん、、、』
私はソフトクリームを買った
そしてベンチに戻ってくる
わかる。女の子の視線を感じる
「これ、食べる?」
私は女の子にソフトクリームを差し出す
「えっ、でも、、」
女の子は躊躇う
そして私は安心させるために一言添える
「大丈夫。お姉さんね、このあとたくさんお金をもらえる予定があるから」
「、、、ありがとう!」
少しの躊躇いが残りつつも、女の子は笑顔だった
『そっか、フォゲットさんもこんな気持ちだったのかな』
私はふと思い出す
そしてやっと決心がついた
「着いたぁ。久しぶりだね、フォゲットさん」
私はフォゲットさんのお墓に来た
そこにはたくさんの勿忘草が咲き誇っていた
「誰も覚えてないのかな。」
私はたくさんの勿忘草の中央にあるお墓の前に座る
目の前にフォゲットさんがいるような感覚になる
フォゲットさんは『華』といわれる魔術を持って生まれた特殊な人だった
それで戦士として魔人と戦い、そして勇敢にも旅立った
誰もフォゲットさんの偉大さを理解してくれない
みんな忘れてる
私はずっと覚えている
今日ここへ来るのが億劫だったのは、思い出しちゃうから、、、
逃げようとしていた
私も忘れようとしていたのだと気づく
私はひとしきり泣いた
「今日ね、女の子にお菓子を買ってあげたの。あのときとは逆だなと思った。フォゲットさんからもらったチョコレートおいしかったし、何よりうれしかったなぁ。ありがと」
私はその言葉だけ残して、1本の勿忘草をもらっていった
“カランカラン”
「姉ちゃん、できたか?」
焦った様子でお客さんはやってきた
気のせいか、顔や手に痣を作ってきたように見える
「一つお聞きしたいことがあります」
「なんだ?早くしてくれよ!」
「なにを忘れるおつもりですか?」
本来ならその後の用途なんて聞かないが、今日はいろいろとあったおかげかそう口にしていた
「言わせないでくれ…思い出すだけで、」
お客さんは自分の腕を強く握る
今日の私は頑固だった
「それが分からない限りはお渡しできません」
「亡くなってたんだ、久しぶりに家に帰ってきたら、妻が亡くなってたんだ。
俺は長いこと戦場に出ていて、妻は孤独に耐えられずに、自ら、、、
俺はそれに耐えられなくて、こうして自分も傷つける始末だ。だからいっそのこと妻を忘れるために」
お客さんは一筋の涙を落とした
それを知って、なおさら私は食い下がらないと決める
「では、お渡しすることはできません」
「おい、話が違うじゃないか、話したらくれるんだろ」
「お客さんは忘れてはいけないものを忘れようとしています」
「そんなこと、」
私は食った
「人は忘れられた時に本当の死が訪れるのです」
「、、、」
私は沈黙にも負けず、続ける
「誰からも忘れられた人は本当の孤独を味わうことになります。亡くなってもなお孤独にしてあげないでください」
「はい。」
お客さんは手で顔を覆った
これでとりあえずは今日の仕事は終わりだ
「今日は結局、アイスクリーム代を出しただけで何の利益もなかったなぁ。まぁでもそれ以上の価値がある日になれたかな」
少女の笑顔を見て、久しぶりにフォゲットさんにも会えて、お客さんを救うことができた
"カランカラン"
来店のベルが鳴る
「いらっしゃいませ。何でもお任せください、どんな魔術がご所望ですか。」




