第一話 ターニングポイント1
「私の名前はヘルメス…女神ヘルメス」
自身を女神と表する女、自称女神の女ヘルメスは何も無い空間にポツンと立っており、女神というには威厳というものがないと賢雄は思った。
「女神か…そんなあんたが俺に何のようだ?」
「貴方に力を授けます、どうか死なないで」
こいつ会話できないのか?と思いながらも受け入れないと話も進まなそうなだと思い、仕方なしに会話を続けてようと意を決した時、
「貴方を愛しています、どうかご無事で」
突然の愛の告白に賢雄は少し後ろに引いた、引かなきゃまずいと本能が酷く賢雄に警告してくる。
「お前はなんなんだ、俺の話も聞かずに一方的に愛を囁いてきやがって…」
賢雄は警戒しながら問う、逃走という選択は辺りを見回せば自ずと消えた、戦うという選択も出来れば取りたくない、相手は未知数、ただのナイフを持った輩なら何ともないが、得体の知れない相手の懐に飛び込む度胸は賢雄には無かった。
「てめぇは女神じゃねえな、気配が異質そのものだ!少なからずてめぇからは神々しさの欠片も感じねぇんだよ」
腰を落とし、震える膝を押さえながら大声で相手を怒鳴りつけるように言った。
「貴方を死なせたくありません、ですからお気をつけて、そしていつか私を——に来て」
またノイズが頭に入ってきて上手く聞こえなかった。
「お前は俺に一体何をさせたいんだ?」
「力は与えました、試練も与えました、道も示した、あとは貴方が決めて下さい」
突如、暗闇の世界が光で満ち、彼女は光りに包まれて、賢雄の意識も遠退いていく。
******
「ここは一体?」
「あんちゃん、どうしたんだ?こんな道のど真ん中で立ち尽くして」
賢雄が振り返るとそこには薄い色の金髪の男性が立っていた、おおよそ日本にも外国にも居なさそうなその人を見て混乱していた賢雄は辺りを見回す。
「ハッ!ここはどう見ても俺の部屋じゃねえよな」
そこは中世ヨーロッパをモチーフにしたような石造りの道とレンガの家が建っていた。
「一体、どうなってんだよ…この…世界は…」
その瞬間、賢雄は完全に意識を失ってしまった。
******
夢を見た。
全身真っ黒の彼女は泣いていた。何故泣いているのかと問おうとしても声は出ない。ただ彼女は「ごめんなさい、ごめんなさい」と顔を両手で覆い隠して俯いたままだった。
夢を見た。
泣いていた彼女が俺の方を見た。俺の方を見て安心したような顔をして言った、「貴方に力を与えます、この力はきっとあなたの力になるでしょう」
夢を見た。
指を鳴らすと炎が出た、手を広げると水が出た。この力はを俺は「物質を操る力」と名付けた。この力は構成物質を知れば、構成過程を知れば、生成方法を知れば、その力は万物をも操ることが出来る。
何者にも負けない力となる。だが俺は死んだ。
夢を見た。
俺を殺した相手は人だった。
******
バシャー
勢い良く賢雄の顔に水がかけられた、その音と皮膚が感じる冷たい感覚で賢雄の意識は少しずつ覚醒していく。
「ここは、何処だ?」
「大丈夫か?あんちゃん、急に倒れてよぉ、なんだ?暑さにやられたか?」
そこには先程話しかけて来た男性が居た、 賢雄は辺りを見回して、先程までの状況を思い返す。
「あんたが助けてくれたのか?」
そこで賢雄は自分が何故ここにいるかと思った。階段の段差に寝かしつけられ、目の前には水とリンゴっぽい物があり、このおっちゃんに助けられたのだと賢雄は理解した。
「まぁ、助けたっつうか、まあ一応な、見捨てる選択肢はねぇだろ」
「ありがとうな、おっちゃん」
まだ体が動かないので首だけを下げて礼を言う。
「どうって事はない、気にすんな、困った時はお互い様だろ?」
「そうか、そうだな、サンキューなおっちゃん、わざわざ俺をここまで運んできてくれてよ」
「さ…さんきゅー?なんだそれ」
「ありがとうって意味だ」
「おう、そうか、良いってことよ、それよりあんちゃんの方は大丈夫か?動けそうか、悪いけど俺もこのあと用事があってよ、もうそろ行かなきゃなんだ」
賢雄は申し訳なさそうにしながら「ここまでしてもらったんだ、これ以上を強請るなんてことはできねぇよ」と言った。
「そうか、まあ何かあったらいつでも叫べ、きっと誰かが助けてくれるからよ」
「わかったよおっちゃん、そういやあんたの名前は?」
「名乗る程の者でもないが俺はアタクシーだ、今はそう名乗っておくよ」
「アタクシーさんか、覚えておくよ」
「それじゃ俺はもう行くよ」
アタクシーは手を振りながら歩いていった。
「俺も行くとするか」
賢雄は階段から腰を上げ、リンゴらしき物をかじりながら周りを見渡す。
「ここは街角か?向こう側から物音がするな」
裏路地を通り、表の大通りに出ると、
「マジか、馬車なのか?」
そこには大通りの真ん中に車が通るような道路があり、しっかりと左側通行をしていた。
馬車にしては馬の毛の色がおかしく、青色や赤色などもいた。
******
「なんだこの字は…見たことはないのに意味だけは分かる」
そこにはバスケットの中にリンゴと書いてあるカールに貰った赤い実と同じ物が入っていた。
「なんだ兄ちゃん、リンゴいるか?」
「悪いな、俺は今無一文人だよ」
「そうか、じゃあまたいつかな」
豪快に笑う果物屋の店主を背に、賢雄は手を振りながら走り去っていく。
少し走って賢雄は止まった、その視線の先には…
「なんだありゃ…」
賢雄の空いた口が塞がることは無かった。
「なんだよ、このテンプレは…お約束すぎるだろ!」
大男3人がフードを深く被った女性1人を裏路地に強引に引き込んでいた。
******
「おい姉ちゃん!ちょっと俺たちに付き合ってくんねえか」
「おう、断ったらどうなるかは分かってんだろうな」
「ケヒィヒィヒィ、嬢ちゃん、付き合ってもらうぜ」
3人の大男がフードを深く被った女性を取り囲むように立ち塞がる。
「……」
フードを深く被った女性はただ立ち尽くすだけだった。
「あくまで喋る気はねぇとなぁ〜」
大男の1人がフードを深く被った女性の顔を覗き込むように睨見つける。
「何してんだよてめぇ等、女性1人を囲んでよ」
そこの表路地から1人のジャージを着た男がやってきた。
「お前こそ誰なんだよぁ!」
そこに大男の1人が賢雄に問うた。
「俺か?俺の名前は賢雄、凪月賢雄だ」
大男が頭を白黒させながら言った。
「ケ、ケンユー?ナキツキケンユー?」
「誰が泣きつきケンユーだ、決めた、まずはお前からだ」
賢雄は大男の1人を指差しして言った。それに大男も反応し、身構えた。
「それじゃ行かせてもらうぜ」
賢雄が大男の1人に突進攻撃を仕掛けた、大男も賢雄に殴り掛かろうと構えをとってステップを踏んで殴りかかった。
賢雄はそれを眼前で躱し、大男にアッパーを喰らわす。
「グハッ、ゲホゲホ…ア…ァ…ァ」
大男は気絶した、賢雄は他の2人に目を向ける。
「次はどっちだ?あるいは2人か?」
賢雄は大男2人を見ながら言った、大男2人も身構えた。
「お前こそ、調子に乗るなよ、まだ2対1だ、どっちが有利か、分かるだろ」
「やってやるよ」と言わんばかりに大男も挑発した。
賢雄も改めて構えをとって言った。
「お前らをぶっ飛ばして終わりだ」
大男2人も改めて構えをとった。
「調子に乗るなよ、雑魚が」
「ケヒィ、ヒヒヒ」
大男2人が賢雄に飛び掛かり、賢雄はそれを躱す、すかさず変な笑い声の大男の1人の胸ぐらを掴み背負い投げをかます。
「グハァ、ケヒィ…ヒィィ…アァァ」
「よくも、貴様ァァ!」
もう1人の大男が賢雄に対して突進をする、賢雄はそれを跳ね除け攻撃を仕掛ける。大男もそれを腕で防御し、反撃する。
「てめぇ、あぁ~!マジ痛え!」
大男の反撃を賢雄は手で防御する、賢雄の手が赤く腫れ上がると思う程の痛みが賢雄を襲う。賢雄が手をヒラヒラさせながらを相手をしっかり視界に収める。
「てめぇなんてパワーしてやがんだよ」
「ぱ…パワー…何だそれ?」
(ん?あれ、この世界ってまさか英語使えない?)
そんな思考が頭を駆け巡る、そうして目の前の敵から注意が逸れ、言葉の方に注意が向いてしまう。
「油断し過ぎだぜ、目の前の敵から注意を逸らすなんて感心しねぇなぁ」
賢雄が思考している間に大男が賢雄の懐に入り込み腹パンをする。
「勘違いすんなよ、お前ごときに注意をそらしたところでどうということはないんだよ…ォ」
「ハァ!やせ我慢も程々にしておけ、後ろに女が居るからってカッコつけるのも大概にしておけよ」
(そうだ、俺はこいつらを倒す必要は無い、何とか女の子を逃がせれば良いだけだ、流石に時間は稼げただろう、もう女の子は逃げているはずだ)
賢雄が後ろを振り返ると女の子が行き止まりで怯えて居た。
(全く逃げてね〜、て言うか、そもそもここ路地の行き止まりじゃねぇか、何でこんな所に連れ込まれてんだよ)
うずくまりながらも賢雄は思考を止めず現状の打開策を探る。
「どうしたお前、後ろの女を守るんだろ、出来んのかよ、ボロボロのお前がよォ」
(現状を探れ、使える物はないか?ここは路地裏なんだ、ゴミでも何でも良い)
路地裏には缶のゴミなどはないが、代わりに壺や鉄の棒、その他にも生ゴミなども落ちている。
「あれとあれを使えばもしかしていけるんじゃねえか?あとはどうやって間合いを取るかだな」
「お?何だ、いい策でも思いついたのか?」
「あぁ、とったおきのをな、ちっとばかし待ちやがれ、俺のとっておきの策にビビりがれ」
「ほう、この劣勢をひっくり返せるのか?」
「劣勢?笑わせんな、この状況は劣勢でも何でもねえよ」
「そうか、どう見たってこの状況は劣勢だろ」
「ハァ!俺に伸ばされた後ろの二人が見えてねえのか?俺の頭脳でお前を一撃でぶっ飛ばしてやるよ」
賢雄が路地裏にある壺を横に倒し、その上に鉄の棒を置き、その鉄の棒の上に足を置く。
「来いよ、ぶっ飛ばしてやるよ」
「へぇ、やってみろよ」
大男が勢いよく賢雄に突っ込む。賢雄が目を細め目測で相手との距離を測る。
「3、2、1、ここだ!」
賢雄は思いっきり鉄の棒に体重を乗せる、そうすると反対側の鉄の棒が勢いよく大男の股下に押し上がる。
「ハアァァ、あ…あ…ぁぁ」
呻き声も上げられないほどの痛みが大男を襲う、その男の目は涙目になっていていって、自分の股間を手で押さえて、膝から崩れ落ちた。
「テコの原理っつってな、支点を中心としてな、力点と作用点との間で小さな力が大きな力に変わるっつう法則なんだけどよ、俺の全体重をかけて踏み込んだから速度は大体180kmと言ったところか」
「……ァァ…ァ」
大男は横に倒れて動かなくなっていた。賢雄が振り返って女の子を見つめた。
「大丈夫か?君、怪我はないか?」
賢雄は女の子の顔を覗き込むように尋ねる、女の子はフードの袖を深く被り顔を隠す。
「う…うん、大丈夫…です、それより貴方の方こそ大丈夫ですか?ボロボロですし…」
「ん、俺か、俺は見ての通り大丈夫だ」