ひとりとひとりは、ふたりじゃない
「じゃあ今日の部活は、ペアワーク対抗戦!」
遠野の唐突な宣言に、部室が少しざわついた。
「1年生は二人ずつペア組んで、問題解いて、解説までしてもらいます。評価は“正確さ”+“伝える力”。あと、“相性”もね!」
「は?」
と無表情で言ったのは日下。
「はいはい」とやる気満々なのは遠野。
そして紅葉の隣には──
「私が組むから。いいでしょ?」
と当たり前のように席を引いた、葵がいた。
(……遠野先輩と組むんじゃ、ないんだ)
ほんの少し、胸の中がざわめいた。
でも紅葉は、何も言わず、葵の隣に座った。
問題は、“規則性のある数列”の証明とその一般化”。
「3、6、11、18、27……この数列の一般項を示せ。
また、n番目とn+1番目の差の振る舞いについて考察せよ」
「これは……差をとっていけばよさそう。
2次の数列だと思う」
葵がスラスラとノートに書き始める。
紅葉はそれを横から眺め、口を開いた。
「二次で合ってると思う。
ただ、この差の“差”に注目すれば、導出は早い。
aₙ=n²+2、だと思う」
「……あっ。ほんとだ。うわ、やられた。
ていうか、それ、もう答えじゃん」
「……だめ、だった?」
「いや、いいけど……すごいね、紅葉は。
一緒に考えてるっていうより、“答えくれる”感じだよね」
葵の言葉は、笑顔の形をしていた。
けれど、棘がなかったとは言えない。
(……一緒に考える、ってなんだろう)
「じゃあさ、次の“考察”部分は、私が中心でやってもいい?」
「もちろん。……ごめん」
一方その頃。
もう一つの1年ペア──日下と遠野は、
「え、マジでこの式でいく? いや、俺この場合分けでミスる未来見えるんだけど」
「それでいいから。わざとやってるの、わかって」
という妙なコンビネーションで盛り上がっていた。
発表タイム。
紅葉と葵のペアは、丁寧で正確な解法と説明を披露した。
評価は高かった。けれど──
「お前らさ、なんかこう……息が合ってない?」
と遠野が言った。
「え……合ってなかった?」
「うーん、合ってたけど、“ズレ”も見えた。
ま、数学ってそこが面白いんだけどね」
帰り道。
葵がぽつりと呟く。
「紅葉ってさ、“答え”がはっきりしてる時ほど、人のこと見なくなるよね」
「……ごめん」
「謝ることじゃないけど……ちょっとさ、寂しいって思ったんだよ」
葵の声は、風の音にかき消された。
その夜、紅葉のノートにはこう書かれていた。
「正しい式と、正しい距離は、別のもの。
“ひとり”がふたりになっても、それはまだ“孤立”かもしれない」