図形バトルと、空白の中心
「はい、じゃあ今日は“図形バトル”やります!」
部室に響いた遠野の声。
黒板には大きく描かれた円といくつかの点。
文字のような、図のような、あいまいな図形の世界。
「制限時間20分でこの問題、できるとこまで解いて! 対抗戦で、1年vs2年でいきます!」
【図形問題】
円Oの直径AB上に点Pがあり、点Pから円周上の点C,Dに引いた直線PC,PDが接線をなすような図形を考える。
このとき、△PCDの面積の最大値を求めよ。
(……初めて見るタイプ。変数入れれば式にできる? いや、角度を使うべきか?)
紅葉は瞬間的に頭の中を動かした。
でも、その速度はいつものようにはいかない。
なぜなら、これが**「自分だけで解かない」問題**だからだ。
隣を見ると、日下が何か図に補助線を入れている。
遠野はチョークをくるくる回して、円の端を見ている。
皆、違うアプローチをしていた。
(……どうしてそんな発想が?)
紅葉は、「正しさ」から組み立てる。
でも、他の部員たちは「面白さ」や「思いつき」から攻めていた。
その“速度”が、紅葉の思考を鈍らせた。
「タイムアーップ!」
遠野が叫ぶ。
結果、1年チームは敗北。
紅葉はほとんど途中式すら完成しなかった。
「……悔しい?」
ふいに、日下が話しかけてきた。
紅葉は首を横に振る。だが、それは嘘だった。
「負けるってこと、あんまりなかったから。
自分の中では、“やればできる”って思ってた。
でも……」
「そういうときに、“やばい人”って見えてくるでしょ」
日下は、前を見る。そこには遠野がいた。
紅葉も見つめた。
彼はチョークを回しながら、別の問題をスケッチしていた。
(……この人、何を見てるの?)
紅葉は、わからなかった。
でも、たしかに「見えたものが違う」という感覚だけはあった。
その夜。
紅葉のノートに、今日の問題の図が再び描かれていた。
それは、昼間の自分への再挑戦。
「負けた。でも、消えてない。
私はまだ、“答え”を見てないだけだ。」