一問を、三人で解く夜
数学部・強化合宿 3日目──最終夜
セミナーハウス最後の夜。
全体演習が終わり、寝る前の“自由時間”に突如提示された課題がある。
ホワイトボードに、日下がマジックで書いた。
「任意の自然数 n に対して、
n²+n+41 が素数であるかどうかを判定せよ」
「有名だけど、地味に厄介なやつだよな。
見た目の割に、**“真理と限界の間”**を攻めてくるタイプ」
1年生3人と日下の4人で囲むように座る。
「どうする? 今日、寝るまでこれ、解き切ってみる?」
紅葉が言うと、日下と葵も無言で頷いた。
22時00分──作戦会議
紅葉:「とりあえず、n=1〜40までは全部素数になる。
だけど、n=41を代入すると……」
葵:「41²+41+41=41×43 で合成数になる、っていうやつだよね」
日下:「それを踏まえて、“どこまで素数か”を探るゲームになる」
紅葉は手帳に、ある仮説を書き出した。
「41²以降、素数が崩れる。
つまり、41が“限界のしきい値”である可能性」
22時40分──パターン分析中
三人が並んでノートに数列と因数分解を走らせる。
葵:「これ、関数f(n)=n²+n+41って、ある種の**“素数製造機”**だよね」
紅葉:「そう。ただ、“完全な法則”ではないからこそ面白い。
どこで途切れ、なぜ途切れるのか──構造の欠けを感じる」
日下:「言い方はややこしいけど、お前が言いたいのは、
“完全じゃないからこそ人間味がある”ってことか」
「……そうかもしれません」
23時15分──詰まり始める時間帯
沈黙が長くなる。疲れ、限界、けれど諦めきれない。
そのとき、葵がふと、つぶやく。
「ねぇ、数列って、“音楽”に近いのかもね」
「音楽?」
「音符の並びが“旋律”になるみたいに、
数の並びも、美しい意味を持つ。
たとえ途中で崩れても、一瞬の美しさは確かにあったんだって」
紅葉は目を見開いた。
「……それ、すごくよくわかる。
“切れること”が欠点じゃなくて、“区切り”として見れば、物語になる」
23時45分──まとめに入る
紅葉はノートに、静かに書き始めた。
「f(n)=n²+n+41 は、n=0〜39まで素数を出力し続け、
n=40で合成数を初めて出す。
この性質は、完全性ではなく“局所的な規則美”と見なすべきである。
ゆえにこれは、“美的な素数列のひとつの詩”である」
その一文を見た日下が、吹き出した。
「……やっぱお前、数学じゃなくて詩人じゃねえか」
葵は笑いながら言う。
「いいじゃん。“詩としての証明”、ちょっとカッコいい」
翌朝──
提出された「三人によるまとめメモ」は、
その構造的分析と、思索の余白の深さから、
顧問からこう評された。
「これはただの証明じゃなく、
思考そのものが共有された“協奏曲”だね」