正解は、どこにある?
全国代表候補選出・翌週の数学部
黒板に貼られた「選抜通過者3名」の紙。
その下に、追加の紙が貼り出された。
全国大会に向けた準備チーム編成案
・分析班:北原、葵
・作問班:真城、日下
・資料整備・記録係:吉村
紅葉の隣に並んでいたのは──日下 隼人。
あの選抜戦で1位だった、“点数至上主義”の先輩。
放課後・部室の静けさ
二人だけの作問会議。
「じゃ、今回の問題、どっちが仕上げる?」
「わたしが、途中まで組んでみました」
紅葉は静かにノートを差し出した。
日下はページをめくりながら、一言。
「悪くない。
でもこれ、ゴールまでが綺麗すぎる」
「……綺麗じゃ、だめですか?」
「証明ってのは、“正しさ”がすべて。
どんなに構成が美しくても、
“点”が取れなきゃ意味がない」
紅葉は黙ってノートを引き戻すと、ゆっくりと言った。
「……でも、正しさって、“誰の目線”で決まるんですか?」
「は?」
「“正しい”って、
“採点者の目にわかりやすいか”だけですか?
それとも、“自分で自分の論理に納得できるか”ですか?」
日下は、しばらく黙って紅葉を見つめていた。
翌日──再提出された問題案
紅葉は新しい問題を提出してきた。
一見、簡単そうな数列問題。だが、その後にこう続く。
「この問題を解くうえで、“なぜこのアプローチを選ぶか”を説明せよ」
「また、“別解の可能性”を列挙し、その優劣を考察せよ」
日下は、それを見て、ふっと鼻で笑った。
「……面倒な設問をくっつけるなぁ」
「でも、わたしはこういう問題が好きです。
“正解に至る道”じゃなくて、“思考の地図”を描く問題」
「……お前、本当に面倒くさいな」
そう言いながらも、日下は黒板に向かって自分なりの別解を書き始めた。
「……けどまあ、こういう面倒なのが一人ぐらいいても、いいかもな」
夕暮れ・帰り道
葵と並んで歩く紅葉。
「日下先輩と、うまくやれてる?」
「……うん。“うまく”じゃないけど、
ちゃんと意見、ぶつけられる相手だと思う」
「そうなんだ」
葵は、どこかホッとしたように笑った。
「紅葉が、ちゃんと自分のやり方を守ってるの、嬉しいよ」
「ありがとう。葵が、そう言ってくれると、強くなれる」
その夜、紅葉のノートにはこう記されていた。
「正しさは、誰かに教えてもらうものじゃなくて、
対話しながら、少しずつ磨かれていくもの。
“対話できる相手”がいるって、すごく幸せだ」