一人で証明できるか?
文化祭明けの週──空っぽの教室
秋の風が、教室の窓から入り込んでくる。
先週の文化祭の喧騒が嘘のように、日常は静かに戻ってきた。
数学部のメンバーも、それぞれの課題に戻り始めている。
だがその中で、紅葉には一つ、意識せずにいられない告知があった。
──秋の校内数学選抜戦 開催決定
上位者は、年末の全国大会の代表候補に推薦される。
「出るの?」
休み時間、隣の席から葵が聞いた。
「……うん。出ようと思う」
「一人で?」
「うん。今度は、“一人で”試したくて」
葵は、それ以上何も言わなかった。ただ、頷いた。
数学部・夕方の部室
「校内選抜は、筆記10問、制限時間90分。
上位3人が代表候補。
去年の得点ラインは80点以上だったかな」
と、日下がざっと解説する。
「ちなみに、俺は去年95点で1位。
で、お前は……どうするの、紅葉?」
日下は、その目をまっすぐに紅葉へ向けた。
「出る。まだまだ足りないけど、
それでも、やってみたい」
「へぇ、意外とアツいじゃん。
でも“お前の美意識”だけじゃ、点は取れないぜ?」
その言い方に、少しだけトゲがあった。
紅葉はそれでも、少しも動じずに言った。
「答えの“かたち”だけじゃなくて、
どうしてそうなるか、全部見たいんだ。
全部、わたしで組み立ててみたい」
数日後・家庭での夜学習
紅葉は、自分の部屋で時間を計りながら過去問を解いていた。
解答用紙の余白には、何度も書き直した数式と、
何かを試すような仮定がぎっしり並んでいた。
途中、答えが出た問題の先に、
“なぜこう導かれるのか”を数ページかけて検証している。
(もしかしたら、時間内には収まらないかもしれない)
でも、
(今の私は、このやり方しかできない)
直前の模擬試験後、葵とすれ違う夕暮れ。
「やっぱり、紅葉の解き方って独特だよね。
無駄に丁寧すぎるくらい」
「……でも、“わかってる自分”で終わらせたくない。
“伝わる解き方”じゃなくてもいい。
“自分が納得するまで”考えたい」
「……うん。
なんか、前よりまっすぐになった気がする」
紅葉は、葵のその言葉を噛みしめるように聞いた。
その夜、紅葉のノートの最後のページに、
静かに書かれた言葉があった。
「一人で証明できたとしても、
本当に“立っている”かどうかは、
自分でしかわからない。
でも、だからこそ、歩きたい」