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言葉にできない想い、式にできない感情

夏休み直前。文化部合同プレゼン大会。

「各文化部が、外部向けに“活動紹介プレゼン”を行うことで、

他の部と交流を深め、部の魅力を発信するんだって」


放課後の部室で、遠野が大真面目な顔でそう言った。


「で、数学部も参加するの? 何をプレゼンするの?」


「それをこれから考える! でも、1年生からも出てくれると助かるんだよねー。

……というわけで、紅葉と葵、ふたりでやってみる?」


「えっ」


ふたりの声が重なった。


「この前の合宿でいいコンビだなって思ったし、

“数の美しさを伝える”ってテーマで、やってみてよ」


(……それって、“言葉で説明”しなきゃいけないってことだよね)


紅葉の顔が少し引きつる。


翌週。プレゼン準備期間。

葵が中心となり、スライドや台本を作っていく。

内容は、「1から始まる素数たちの世界と、そのリズム性」。

数学に馴染みのない人にも響くよう、音や図も取り入れた構成だった。


「紅葉には、最後の部分、“なぜあなたは数学を学ぶのか”ってところを話してほしいの」


「……そんなの、うまく言えない」


「大丈夫、わたしが台本書いておくから。読むだけでいいからさ」


葵の目はまっすぐだった。


紅葉は、うなずいた。


本番当日。

講堂には、文化部の生徒や先生、保護者の姿もちらほら。

緊張感のなかで、数学部の番が来る。


葵は堂々と前に立ち、プレゼンを進めていく。

音とスライドを使いながら、数の不思議さ、規則の美しさを丁寧に語った。


そして──紅葉のパート。


「数学とは、混沌の中に秩序を見つけること。

私はまだその入口に立ったばかりですが──」


そこまで読んで、紅葉は言葉を止めた。


沈黙。観客のざわめき。


「私は……」


彼女は、台本を閉じた。


「わたしは、“説明”が苦手です。

でも、証明の最後に“∎”を書いたとき、何かが終わって、何かが始まる気がします。

だから、それが嬉しいから、数学をやっています」


会場は静まりかえっていた。


(……ごめん、葵)


プレゼンは予定通りではなかった。

でも、言いたいことは、自分の言葉で言えた。


プレゼン後。裏手の廊下。

葵が無言で紅葉に歩み寄る。


「……びっくりした」


「……ごめん。台本、読めなかった」


「ううん。あれで、よかったよ」


「ほんとに?」


「うん。……ちゃんと“紅葉の声”だったから。

そういうの、ずるいよね。

なんか、私だけ演技してたみたいじゃん」


「そんなことない。葵がいたから、ここまで来られたんだよ」


ふたりは、少しだけ笑い合った。


でも、その後に続く言葉が、それぞれの中にだけ沈んでいった。


その夜。

紅葉のノートには、こんな言葉が書かれていた。


「わたしはまだ、式の中にしか感情を入れられない。

でも、ことばにしようとすることが、“関数の外側”の世界に、扉を開ける」

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