強さを緩めるという選択
合宿2日目・午前9時。
最終プログラム──「1問集中討論」。
参加者全員に配られた、1問だけの問題。
【問題】
「関数
【問題】
「関数
f(x)= x+1
ーーーー
x2 +1
の定義域における変化と、
最大・最小値の取り方をグラフ的・解析的に両面から論じよ」
の定義域における変化と、
最大・最小値の取り方をグラフ的・解析的に両面から論じよ」
の定義域における変化と、
最大・最小値の取り方をグラフ的・解析的に両面から論じよ」
60分。
その問題だけをとことん考える。
個人ワークのあと、班ごとの代表が発表を行う。
紅葉は、当然のように班の中心にいた。
計算中──
(これは、グラフにすればすぐにわかる。
漸近線 x = -1 を境に挙動が分かれる。
平方完成から極値を導いて、証明もできる)
──でも、紅葉は手を止めた。
昨日の夜の葵の言葉が、胸に残っていた。
「紅葉が間違えるところ……一度くらい見てみたいって思うの、私おかしいのかな」
(……わたし、“正しさ”だけで進みすぎてたかもしれない)
発表の場。紅葉は、静かに発表を始める。
「この関数には、x = -1 で定義されない点があり、漸近線を持ちます。
解析的には、x → ∞ のときの挙動に注目すると……」
そこまでは完璧だった。
しかし。
「また、x = 0 のときに、最小値をとります──」
瞬間、後ろで葵がピクリと反応する。
(……ん?)
それは、意図的なミスだった。
紅葉は知っていた。正しくは「極大」ではなく「極小」でもなく、最小値はない。
でも、言った。
(わたし、“隙”を見せてみた)
発表後、3年の先輩が軽く指摘する。
「真城、惜しいな。0のとこ、極値じゃない。
最小値は無限大方向……な?」
「……はい。すみません。焦ってしまって」
控えめなその返答に、葵は目を見張った。
(……わざと? いや、まさか。紅葉がそんなこと……)
でも、どこか、彼女の中の“見えなかった距離”が、少しだけ埋まったような気がした。
帰りのバスの中。
揺れる車内で、紅葉と葵は並んで座っていた。
「紅葉」
「うん?」
「……今日のミス、ほんとに焦ってたの?」
紅葉は、少しだけ黙ってから言った。
「焦ってたのは、正しいことしか言えない自分に……、かも」
「……え?」
「わたし、“間違える”ってどういうことなのか、知らなかったから。
だから、知りたかった。葵の言ったこと、ちゃんと考えたんだよ」
葵は目を伏せて、小さく微笑んだ。
「……そっか。
じゃあ、次は“ほんとに”間違えたら、もっと助けてあげるね」
「ありがとう」
ふたりの肩が、バスの振動で、ほんの少しだけ触れた。
その夜。
紅葉のノートには、こんな一文が記されていた。
「“強さ”は、時に人を傷つける。
でも、少し弱さを見せたとき、誰かがそっと寄り添ってくれる。
それは、解法には書かれていない、ひとつの“答え”だった」