表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/124

入部届と、円の中心

四月。

桜がまだ枝先に残る季節、昇降口の匂いが新しい靴のゴムに満ちていた。


「……ここで、合ってるよね」


そう呟いた少女は、教室のドアの前で立ち止まった。

真城紅葉。高校一年。入学式からわずか三日目。

リボンの結び目がわずかに斜めなのも気づかないまま、彼女は扉をノックせずに開ける。


「えっと……数学部、ですよね」


中にいたのは三人。

妙に陽キャっぽい男子が一人、眠たげなロングヘアの女子、そして白衣姿の顧問らしき男性。

全員が彼女を見て、しかし誰も何も言わなかった。

紅葉の声が、変に響いた。


「あ、あの……入部希望で……」


「おー、来た来た来た! 新入生じゃん? ねえ君、理系女子ってやつ? すごい! しかも見た感じちょっと陰気な感じが理系感ある~!」


陽キャ男子が近寄ってくる。

紅葉は半歩、後ずさった。


「…………えっと、はい。数学が……その、嫌いじゃないので……」


「好きとは言わないんだ?」


眠たげな女子が呟く。

紅葉は「はい……いや、でも、はい……」と意味不明なうなずきを繰り返す。


「まあまあまあまあ! 入部届けは? 名前書いて。うち、テストも大会もやるけど、自由参加。数Ⅲも平気でやるからよろしく!」


「…………はい」


そして、紅葉は名前を書いた。

「真城紅葉」。

彼女にとって、それは“円の中心”のようなものだった。

どこにいても、人に囲まれても、自分自身だけは静かにそこにある。

だから、孤独でも大丈夫だった。


「じゃ、紅葉ちゃんって呼んでいい?」


「呼ばないでください」


「わー、ごめん」


ドアの外から、遅れてもう一人の新入生が入ってくる。

こちらは明るい茶髪に、きりっとした目元。


「わたしも入部希望。早く公式戦に出たいんですけど、準備とかある?」


場の空気が一気に変わる。

紅葉は一歩後ろへ引き、数学部の中で、自分の居場所を探そうとしていた。


◆この日の紅葉のノートの余白:

「問いは好き。でも、人は難しい。

……証明できないことばかりだ。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ