八話、つむぎの選択
今回はシリアスです。暫く続くかも知れません。
午後四時、国立御影学園・中等部の校門。
放課のチャイムが鳴り響く中、生徒たちが思い思いの帰路についていく。
制服の裾を風に揺らしながら、煌羽も人並みに歩みを進めていた。
とはいえ、周囲の視線はどこか過剰で、耳を澄ませばささやき声が絶えない。
「……あれが藤咲家の養子?」「名前、なんだっけ……望月? いや、今は“藤咲”か」
――陰陽師の名を背負うということは、ただ家の力を借りることではない。常に“家の目”と“他家の目”に晒されることだ。
そんな視線に少しだけ疲れを感じたそのとき、煌羽の前に、誰かが音もなく並んだ。
「……目立ってるわね、煌羽くん」
振り返ると、そこには藤咲つむぎがいた。制服ではなく、私服のまま。
薄墨色の上着に、風よけの帽子。
目立たない格好なのに、どこか目を引くのは、彼女の纏う空気のせいか。
「……つむぎさん。迎えに来てくれたの?」
「ううん、たまたま時間が合っただけ。ちょうど資料室で先祖の記録調べてたから」
そう言いながら、つむぎは歩調を合わせてくれる。煌羽も何となく自然に横を歩き出した。
「……あの、なんか今日はやけに視線を感じた。俺、そんなに浮いてる?」
「浮いてるというより、“沈まないでいる”だけよ。あなたは、“名前で守られてる”と思ってる子たちとは違う。だから、彼らにとっては異質なの」
言葉の棘を感じさせない柔らかい語り口。でも、その奥に潜む冷静さが、煌羽には少しだけ怖かった。
「……つむぎさんは、どうしてそんなに“他の家”に詳しいの?」
「それはね、藤咲家がもうすぐ“選ばされる”側に立たされるからよ」
「選ばされる……?」
「天統派に従うか、地勢派につくか。
御門会議がそれを迫ってくるの。
私たちは、もう“無視できる位置”じゃない」
沈黙が流れる。
木々の間を吹き抜ける風が、木の葉を鳴らした。煌羽は握りしめたヤツデの団扇を見つめる。
「……じゃあ、俺も“その選択”に関わることになる?」
「関わらせたくない。けど、もう関わってしまってる」
つむぎの声は静かだった。でも、どこかで強い決意が宿っていた。
「もし、どちらかに味方することが藤咲家の“存続”に繋がるなら、私は迷わず動く。
でも、煌羽くん。
あなたが動くときは、“誰のため”かを間違えないで。
陰陽師は道具じゃない。あなたは、あなた自身でいて」
その言葉に、煌羽はふっと息をついた。
「……ありがと。俺、今はまだ半人前だけど。誰かに命じられて動くのは、やっぱ嫌だ。飛ぶなら、自分の羽で飛びたい」
つむぎは微笑んだ。そして、そっと囁いた。
「――それでこそ、“藤咲”の名を継ぐ者よ」
◇ ◆ ◇
「藤咲の屋敷にて、嵐の兆し」
藤咲家本邸。築百年を超える木造の母屋は、夕日に照らされてどこか妖しい静けさを湛えていた。
「ただいま戻りました」
玄関に声をかけたつむぎの後ろで、煌羽も慣れぬ所作で一礼する。
出迎えた家人たちは、最初こそぎこちなかったが、今ではその姿勢に自然と頭を下げていた。
「おかえりなさいませ、お嬢様。煌羽様も、お疲れでしょう」
「ありがとう。お夕飯の前に、少しだけ訓練場を使わせてもらうわ。煌羽くん、どうする?」
「……俺も、少しだけ体を動かしてくる」
軽くうなずき合って、ふたりは廊下を別れる。煌羽は裏庭の訓練場へ。つむぎはそのまま、奥座敷――家政会議の場へと足を進めた。
◇ ◆ ◇
裏庭にある訓練場。
かつて“藤咲の鬼封じ”と呼ばれた祖母が、式神百体を相手取って術の基礎を叩き込んだとされる場所だ。
煌羽は道場の中央に立ち、ヤツデの団扇を構えた。
「――風陰術・式一《影回し》」
団扇を一閃。足元の影が蠢き、数歩先の地面から、黒い霧のような手がにゅうっと現れる。
「制御は……悪くない。けど、動きが重い」
影の式を再び団扇で払うと、霧はすっと消えた。だが、その拍子にふらりと膝が折れそうになる。
体力が、まだ追いついていない。だが、それでも。
「……今度の御門会議、“何かが動く”んだ。つむぎさんが動くなら、俺も、無力のままじゃいられない」
空を見上げた。その視線の先には、月の淡い輪郭が霞んでいた。
◇ ◆ ◇
一方、奥座敷。つむぎは三人の家老と向かい合っていた。
「……ついに、御影家から“来訪状”が届きました。会議は来週。議題は“二派分裂に対する立場の明確化”です」
老齢の当主代理が口を開く。つむぎは静かに目を伏せ、聞き入れた。
「つまり、我が藤咲家もどこかに“旗”を掲げろと。天統か、地勢か。あるいは、孤立か」
「孤立すれば、潰されますわ」
「地勢に加われば、神楽家の怒りを買い……」
「天統に加われば、朱雀家や久我家とは真っ向から衝突」
誰もが黙り込む中、つむぎがふっと顔を上げた。
「……私は、第四の道を考えます」
家老たちがざわめく。
「第四? 他に道など――」
「“新勢力の結成”です。
動きの鈍い十位以下の家を糾合し、“御門会議”に第三勢力として名乗りを上げる。
その中核に、我が藤咲家が立ちます」
「……つむぎ様、それは……!」
「無謀です。しかし、それが唯一、我らが生き残る道です」
その目には、祖母譲りの強さが宿っていた。
そして、夜が更けていく。新たな嵐の、足音が近づいていた。
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