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むかしをとこ

〈晩春の暑を表はせる季語のなし 涙次〉



【ⅰ】


 杵塚は、自分の映像アートは飽くまで獨學だと云つてゐた。が、かつて「師」と呼べる者は、持つには持つてゐた。在原成岸(ありはら・なるきし)なる男である。

 在原、と云えば在原業平、『伊勢物語』の「むかしをとこ」なのであるが、勿論関はりはあるまい。古典に興味ない杵塚は、そんな事考へもしなかつたけれども。


 在原は、常々(つねづね)、「ありの儘を撮れ、但し、これは藝術だと云ふ念を、己れの作品には必ず込めろ」と杵塚に云つてゐた。彼はジョナス・メカス邊りに影響を受けてゐたのだらう。その事は、先の「念」論を透かして、見え見えなのであつた。


 成岸と云ふ珍しい名- ナルシシズムの語の元となつた、ナルキッソスから、自ら付けた名だと云ふ。然し、彼は別段、在原と云ふ姓・成岸と云ふ名、から想像出來るやうな「いゝ男」ではなかつた。風呂に入らぬのか、男臭い男であり、揉み上げをいつももしやもしやさせて、無精髭。服装にも構ひ付けぬ、甚だ風采の上がらぬ男であつた。



【ⅱ】


 だうして、彼の許を、杵塚は去つたのか... 杵塚はそんな事覺えてゐる程、閑人ではなかつたけれども、事實としては、杵塚の母に對する侮辱を、在原がしでかしたせゐ- 何か侮蔑的な言葉を二三吐いたのであらう、そんなところだつた。元より、彼から學べる事は、學び盡くした杵塚、在原の懐には「長逗留」しなくて正解だつたと、今でも思つてゐる。


 そんな彼・在原が、だう云ふ傳手(つて)があつてか、杵塚に會ひたいと云つてきた。「久闊を叙し」たいのださうだ。だうせ尾羽打ち枯らしてカネの工面だらう。さう杵塚は思つたが、さに非ず、在原、今はと或る有名廣告代理店の、映像部門ディレクターだと云ふ。杵塚は別段會つても會はなくても、どちらでも良かつた。で、何となく、會ふ事が決まつてしまつた。



【ⅲ】


「やあ、杵塚くん。お久し振り。ご活躍はいつもテレビで拝見してゐますよ」といきなり明るく在原は云ふ。昔は、何か腹に一物あるやうな、くゞもつた話し方をする男だつた。「はあ」と返答も冴えない杵塚。大體、昔彼の教へに従つてゐた頃は、杵塚くん、などゝは云はず、呼び捨てだつた。

 彼は、ぱりつとしたスーツに身を包み、揉み上げは刈り上げて、流行の髪型をしてゐた。40歳、ぐらゐであらうか、「業界」で働く事が樂しい、そんな年頃。


 だが、彼の持ち掛けてきた話に、杵塚はぎょつとせざるを得なかつた。ひそひそ聲で、「お宅のカンテラ氏の力を借りたい。實は俺は身中に『小さガミ』を飼つてゐて...」杵「ちよちよちよつと、在原さん、話が飛躍し過ぎですよ」


 彼に依れば、「小さガミ」と云ふ憑依物には、靈力があり、自分はそのお蔭で、現在の職に就けた譯だが、その用が濟んでしまへば、【魔】である「小さガミ」とは手を切りたい。それで、折り入つての相談を、と云ふ事らしい。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈用濟みならカミをも棄てる冷血の持ち主だつた嗚呼再會よ 平手みき〉



【ⅳ】


「『小さガミ』と云ふのは-」とカンテラは云ふ。「所謂淫祠、現代の神道の體系に掬ひ上げられなかつた、群小の祠に祀られてゐるカミ、の事だ」

 じろさん「しかし、その在原と云ふ男も、勝手なもんだね。用が濟めばぽい、か。きつと女もさうして捨てゝきたのだらうよ」-實際、その「小さガミ」も、をんなガミなのであつた。カン「まあ、仕事、仕事。杵、きみその在原つて男に、前金5百(萬圓)だよ、つて云つてくれないか。己れの勝手で【魔】を斬るのだから、それぐらゐは貰はなくちやな」


 諸々の手筈を杵塚が整へた後-

「それで事が濟むのなら、お安い御用だ」と在原。カネを用意してきた。さて- カンテラの良心や、如何に。



【ⅴ】


 カンテラは在原に會つた。場所は多摩川沿ひの草つぱら。夕暮れの、所謂逢魔が時、であつた。 

 で、勿論、カンテラは【魔】を斬つた。「しええええええいつ!!」但し、在原の躰ごと、斬つたのである。「前金頂き誠に有難うございます。南無-」



【ⅵ】


 じろさん「まあカンさんならさうするだらう、と思つたがね」カン「自分勝手も甚だしいと、流石の俺も思つた譯だ。これでいゝだろ、杵?」杵「はい!!」


 と云ふ譯で、カンテラはテレビの有名人でありながら、こんなイリーガルな仕事も為し遂げる、危険人物(?)なのだ、と云ふ事、讀者の皆さんに提示する、恰好の一件でありました。お仕舞ひ。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈菜の花の咲き乱れたる勝負道 涙次〉


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