内見という名の挑戦
その物件は、JR新宿駅西口の地下にあった。
「こちらです」
不動産屋の社員、死畑が指さしたのは、誰がどう見ても普通のコインロッカーだった。
「……なるほど。まごう事なきロッカーですね。」
「まあまあ、開けてみましょうか」
死畑が懐から小さな電子キーを取り出し、端末にかざす。すると、ガチャリとロックが外れ、最上段のロッカーの扉が音を立てて開いた。
「おお……?」
ロッカーの内部は、意外なことに“住めるロッカー”だった。
床には薄いマットレスが敷かれ、
壁には小さな棚が埋め込まれている。一応電気も通っているようで、コンセントが見える。
ミニマリストの究極系が住むような部屋であり、
どこかカプセルホテルのようでもあり、
昆虫の巣にも見える。
……しかし、一番最初にくる印象はコインロッカーだ。
本気でここに住むことになるなら、休日は1日横ばいになって生活する必要があるだろう。
総じて無理やり住めなくはない。
「……これ、本当に住んでた人いるんですか?」
「ええ、いらっしゃいましたね。ただ、ちょっとした決まりごとがありまして」
「決まりごと?」
その言葉に、一抹の不安を覚える。
「ええ。このロッカーの門限がありましてね……」
「門限?」
「ええ。毎朝6時に強制的に扉が開きます。そして、夜23時には強制的に閉じます。その間に帰らなければ、入れません」
「……鍵を持っていてもですか?」
「ご利用できません。ですので、お仕事が遅くなる場合は、何としても23時までに帰宅する必要があります」
「厳しくないですか……?」
「厳しいですが、考えてみてください。ここは新宿駅ですよ?
新宿駅に23時までに辿り着けない……なんてことありますか?
ありませんよ。日本中のどこに居たってあり得ません」
死畑の言葉の謎の説得力に、羽生は頭を抱えた。
「ま、まった。あと、死畑さんもう一個気になること言いましたね?
『朝6時になると強制的に開く』って、何ですか?」
「ええ。如何せん密閉された空間ですので、換気も兼ねてのことです」
「私の私生活が通勤時に晒されると言うことですね?」
「もちろん」
はっきりと、言い切った。
「ですが考えてみてください。『この部屋』ですよ?
散らかしようがありません。
よほど心にやましい事がない限り、この中を見られても大丈夫なはずです。
繰り返しますが、ここは新宿駅ですよ? 東京都庁のお膝元です。そんなところでやましい事できますか?
まあ……そうは言っても男性ですので、
どうしても『生理現象』が生じてしまう場合には、ここ。2丁目に行ってください徒歩10分圏内です」
何だか釈然としないが、死畑の言葉からは確かに、ここに住むと言うのは現代人にとって新たなミニマリズム……
ライフスタイル足りえるのかもしれない……
「強調しますが……」
揺らぐ羽生の心に、死畑は追い討ちをかける。
「新宿駅です。国鉄、私鉄、高速バスが羽生様の庭から繋がっているようなものです!
日本中どこにでも1日以内に旅立つことができ、
洋服店、飲食店多数、本屋なら紀伊國屋、電気屋ならビックカメラとヨドバシ両方! もちろんドンキホーテまで!
さらには郵便局まで徒歩圏内にございます。
治安面では700人の動員を誇る新宿警察署、そして都庁まであるんですよ!?
つまり、日本を凝縮した全てが羽生様の行動圏内に揃っております!
それが! 月3万円!
逆に聞きますが、これ以上なんの不満がお有りか!?」
死畑の力強い言葉に、羽生は完全に敗北した。