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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

生活

その男は嬉しそうに恋人の話を語る


吊り革に掴まる者もいるくらいには電車の中は混雑しているが、彼の近くに座る者はない


有名な男だ

口の中に歯はほとんど生えておらず、目の焦点は合っていない

よく見かけるので知っているが、別段人柄は悪くなく、自らの空想を否定される以外の事で激昂する事は無い


「何処の街にも一人はいる様な存在」なのかも知れないが、少し違和感があった

ある時、彼の隣を通り過ぎた時に感じた事の無い臭いを嗅いだのだ

気分が悪くなる種類の異常な臭気だったが、不潔さから来る臭いでも無かった


ある日の仕事の帰りに僕はその事に気付き、違和感を感じながら帰宅したが、日々が過ぎていく内にそれも忘れてしまった



その後も男は電車の同じ席に居た


服が毎日変わっている

同じ席に24時間居た訳ではないのだな、と僕は当たり前の事を考えながら彼を視ていた


男は部分的に意味の通らない言葉ではあったが、今日も恋人についての話を続けていた


珍しく彼の隣に座る人影がある

視ると、長袖と長いスカート、つばの広い帽子、手袋やスカーフ等で全身の肌を隠した異常に細いシルエットがそこには居た


「人形か」と僕は思った

車内には気持ち悪く思う人も居る様だったが、僕は中の構造が少し気になった

中身はマネキンなのだろうか、それとも針金…?趣味で模型をやっているせいか、こういった物の構造には興味があった


「明日までに、中身を覗く方法を考えよう」そう思いながら僕は電車を降りた



翌日の金曜日も、男は人形めいた人影と電車に乗っていた


結局仕事が忙しく、何の作戦も思い付いていない

「でも、来週には状況が変わっているかも知れない」

心の中はそう思っていたし、満たされない好奇心を抱えたまま週末を迎えたく無かった


「あまり良くない手段だけど、電車を降りる直前に人影にぶつかって倒してしまおう」

少し罪悪感はあったが、「人を突き飛ばす訳ではないから」と自分に言い聞かせた

もしかすると、僕は平日5日間を終えた疲労によって魔が差していたのかも知れない


色々と手順を頭の中でリハーサルしている内に、降りる駅まではすぐだった

僕は自分の心臓の音が聞こえそうな程緊張しながら、急いで降りる乗客を装いつつ、男の隣の存在に軽くぶつかりながら、前を通り過ぎた


人影がよろめき、倒れる気配が背中の後ろから感じられる

作戦上は電車を降りて自らの身の安全が確保されてから、振り向いて中身を視るつもりだった

僕はそのまま振り返らず電車を降りようとしたが、その時、後ろで人々の恐怖に満ちた聞いたこともない様な悲鳴が聞こえた


──視るな


自分に強く言い聞かせた


視てはいけない


僕は絶対に、今すぐ電車を降りなくてはいけない

泣きそうになりながら、僕は飛び出す様に電車を出た


ドアが閉まる

電車の中には逃げ惑う人々の姿

男は最初と同じ位置に、動かず座り続けていた

男の足元には散らばった服と、黒茶けた肉片がいくつもこびりついた白骨が散乱していた


男は座りながら、表情の無い視線で真っ直ぐに僕を視ていた




男は警察に逮捕されたが、今でも白骨の身元は解っていない

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