白夜 3
緩やかに波打ち始めた少女の呼吸を確かめて、彼は一先ず息をついた。
ナイフの柄を握りしめる細い手が、痛みに耐えるように時折こわばる。
最悪だ。
これほどの不運は、ここ最近ではお目にかかったことがない。
ソファに横たわるか細い娘なら、右手に少し力をこめるだけで殺すことができる。だが、何も知らずに実行していれば、己の身が危なかった。
不幸中の幸いということか。
体力が戻り次第、自殺でもしてくれれば、遺書と一緒に両親の元へ返してやることもできるだろう。
あの痛みに、この少女が耐えられるとは思えない。
何度も何度も、夢の中でさえ繰り返される肉体的な痛みと、精神の絶望に、通りかかっただけの、何の予備知識もないこの少女が耐えられるわけがないのだ。
耐える必要はない。
来世でまた、幸せな人生を送ればいいだけのことだ。
少女の額から手の平を放す。
まだ幼い少女だ。
肩までの黒髪に、高校の制服。細いだけが取柄の、普通の少女。
頬にかかる髪を横へ流してやると、嫌そうに顔をしかめた。
意識もないのに嫌いな人間はわかるらしい。
思わず苦笑して、少女の顔を改めて眺める。
顔立ちは悪くない。だが、凛々しい眉と、長く整えられたまつげ、開けば火のつくような目が、彼女を少年のように見せる。形はいいが、薄い唇から紡ぎ出されるのは、十代の少女にして少し低いハスキーボイスだった。美人ではない、とはいわないが、どうしても酷薄な、近寄り難い雰囲気がある。
学校では、少し浮いた存在だろう。
どうでもいいことに呆れて、また苦笑する。
どうせ明日の朝までの付き合いだ。このままソファに寝かせておくだけでいい。
立ち上がって、トレンチコートを脱ぎかかる。
だが、窓ガラスを伝って耳障りな警告音が響いた。
まだ、夜は終わらないらしい。