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しろがねと月  作者: ふとん
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白夜 1

 あの日、アイツに会ったことは、私の人生の中で一番不幸な出来事だったに違いない。

 私は、今でもそう信じている。 

 あの日

 もし、加奈と学校帰りに買い物へ行ったりしなければ

 もし、遅いからといって公園を突っ切ろうなどと考えたりしなければ

 私は、平凡で退屈な毎日に浸かっていられたのだから。








 

 その日、(ゆう)はいつもの道をただ、いつものように歩いていた。

 太陽が西の空に帰宅して久しい時間である。電柱と家の灯りが点々とあるだけの道は、何処にでもありそうな暗がりの薄気味悪い道である。その隣にお慰み程度の林を抱え込んだ公園が住んでいるのだから相乗効果はなおのこと。路上を照らす電灯も、幾重にも枝を伸ばした林を突き破る供給力はない。

 そんな暗がりから大きな人影が出てこようものなら、女子高生はまず「チカン! 撃退!」と叫んでみたくなる。

 だから夕も例にもれることなく叫んだ。

「近寄ったら警察呼ぶからっ!」

しかし、影はぐらりと傾いたかと思うと、夕に向かって倒れこんだ。突然のことに避けきれず、夕は思わぬ重量に声を無くして自分も道路に尻餅をつく。

反動で膝の上に乗ったのは、人間の頭。暗がりに目をこらせば、若い男のようだ。苦しげに顔を歪めている。

「……だ、大丈夫ですか?」

 恐る恐る声をかけるが、男はセーターの胸を掴んで横たわったまま、うめくだけだ。よく見れば、セーターは、夜目にも鮮やかな赤に濡れていた。

 半信半疑だった夕の頭が冷水を浴びたように冷える。背筋が凍るのを感じながら、夕は急いで鞄から携帯電話を引き抜いた。

 何があったのかは知らないが、警察と、まずは救急車だ。

 冴えているのか、慌てているのかわからないのに、携帯電話の番号キーを上手く押せない。

 夕闇は意外と寒く、かじかんだ手がセーターを漏らす血のせいで細かく震えていた。

 昼間は頼りない公園の林が今は夜行性の動物のように、ざわざわと騒ぐ。

 発信ボタンの音がやけに響いた。

 ようやくかかるコールが、夕に幾らかの安心感をもたらす。


「ちっ」


 不機嫌の塊を吐き出すような低い舌打ち。

 反射的に顔を上げていた。

 木々がざわめいていたのは、この男のせいか。


 木立の間からぬるりと長身の影が、薄闇を抜け出す。

林から現れたのは、三叉の長い槍を持った男だった。春先だというのに黒いコートを着込んだ男は、見た目から非現実的だ。闇に溶けるような黒髪が、軽く見積もって膝あたりまで波打っているのだ。薄闇になびけば、十二単の女房のようだが、いかつい槍を持った姿は何処か神話めいていた。


 人間の魂を狩りに来るという、死神のようだ。


 黒い死神は、夕と膝の上の男を見とめて、白い顔を歪めた。鼻梁の整った、彫りの深い顔立ちである。

夕は双眸に落ちた長いまつげの下にある漆黒の瞳に射すくめられた。

「―――……コイツの女……て、わけでもなさそうだな」

 特別低くも高くもない、耳に残る男の声。

 携帯電話のコールが鳴るなかで、夕は死神から目を離せなくなっていた。

死神の美貌に呑まれたわけではない。

もっと本能的な、捕食者に睨まれた獲物のように。

死神が靴音も高く近づいて来ても、動けない。

 死神は煩わしそうにコールが続く携帯電話を夕から取り上げ、手の中に収めると音を切った。そして夕を見下ろすと、

「……まぁ、いいか。運が悪かったな。おじょーちゃん」

口の端を上げた。

「え……」

 間抜けな声と同時に、死神の槍が振り上げられる。



 死ぬ。



 頭の中で誰かが告げた。


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