【第5話】 秘境
早朝、家中にベルの音が鳴り響く。
「ふわぁい……。」
眠そうにロビンがドアを開ける。玄関には春蘭が立っていた。
「もしかして、起きたばかりだった?」
「うーん、そんな感じ。」
「それは悪かった。」
「すぐ準備してくるから……。」
「あ、朝食は用意してあるよ。」
ロビンは自分の部屋に戻り、すぐに着替えた。
「来たぞ。………って、これはなんだ?」
目の前にはリムジンが止まっている。
「僕の家のリムジンだけど?」
「お前……これ運転するの?」
「いえ、私がします。」
「うお、ビックリした。」
運転席から1人の女性が出てきた。
「失礼。私は空崎 雫。神宮寺家のメイドをしております。以後お見知りおきを。」
そう言って名刺を差し出す。ロビンは名刺を受け取る。名刺は金箔の装飾が施されている。
「こちらに。朝食の準備はできております。」
「ありがとう、雫。」
「私はメイドの責務を全うしただけです。」
雫は当たり前と言わんばかりの表情で答える。
リムジンに乗ると、テーブルの上に朝食が用意されている。お金持ちの食事と思わせるようなものばかりだ。
「これ…全部で一体いくらするんだ?」
「だいたい十数万ぐらいじゃないかな。」
ロビンは桁の多さに驚愕とする。
「ま、早く食べようよ。」
春蘭は朝食を食べ始める。ロビンは少し遠慮がちに食べ始める。
「お前の故郷ってどんなとこだ?」
「僕の故郷は年寄りが多いね。まぁ、うるさいったらありゃしない。」
「それはそれで逆に気になるんだが……。」
「本当?結構物好きだね。ま、自然豊かだから修行には向いてるね。ちなみに、ロビンの故郷はどんなところなんだい?」
「俺の故郷か…。実は、自分の故郷について、あまり憶えてないんだ。イギリスに住んでたってことしかわからない。」
「記憶喪失ってやつか?」
「いや……、記憶喪失ってわけじゃない。なんというか、突然消えた、みたいな感じなんだ。」
「突然消えた……。魔法で記憶を消すことができると聞いたことはあるけど、それほどの高度な魔法についての知識は僕にはない。」
「まぁ……、記憶を取り戻す方法はゆっくり探すぜ。」
2人は世間話をしていると、時間はどんどん過ぎていった。
「ロビン、着いたよ。」
「んあ……?」
ロビンは目を覚ます。
「俺…寝てた?」
「随分ぐっすりと眠ってたよ。昨日はよほど疲れていたみたいだね。」
窓の外を見ると遠くに山が見える。外に出ると丘の上にリムジンが止めてあった。下には田んぼが広がっている。そよ風が顔にあたり、眠気を吹き飛ばしてくれる。
「いいところだろ?」
「俺はこういうところに来たことがない。新鮮味があるな。」
「ここから道なりに沿って進むと僕の家がある。」
2人は景色を見ながらゆっくりと足を進める。
「お、僕の家が見えてきた。」
少し離れたところに大きな立派な建物がある。
「これ…家というより屋敷だろ。」
「そうかな。同じようなものじゃない?」
「俺にとっては違うものだ。」
正門をくぐると、そこには綺麗な中庭が広がっていた。木々がしっかり剪定されており、池には鯉が泳いでいる。
「やっぱり屋敷だな。」
春蘭は扉に手をかける。
「帰ったよ~。」
しかし、人がいる気配はない。
「誰もいないのか?」
「妹に留守番をさせたはずだけど……。まあ、この家に誰もいないのはいつものことさ。」
「お前……妹がいたのかよ。」
「まあまあ、そこの部屋で待っていてくれ。少しやることがある。」
春蘭は屋敷の奥へと消えていった。ロビンは言われた通り、玄関から入って右手にある部屋に入る。
「ここは客室か?」
机の上には書き置きがある。
「兄さんの言う通り、茶菓子を用意しておきました。客人の前では粗相がないように。」
どうやら妹から春蘭宛の書き置きのようだ。スマホに春蘭からメッセージが送られてくる。
「客室の机の上にある茶菓子は食べていいよ。」
「それじゃ、遠慮なく。」
ロビンは茶菓子に手を伸ばす。しばらくすると、襖を開けて雫が部屋に入ってくる。
「茶菓子はどうですか〜?」
「中々だ。あ、そうだ。運転ありがとな。」
「いえいえ、メイドの責務ですので。」
雫はロビンの反対側に座る。
「いきなりだけど、なんでメイドになったんだ?」
「本当にいきなりですね。メイドになった理由、ですか……。それは、お二人に恩返しがしたいと思ったからです。」
雫はカチューシャをとって自分の膝に置く。
「実は、私がお二人と出会ったのはかなり昔のことなのです。私が確か、中学生ぐらいのときだったはずです。その時の私は、自分の両親を失い、住む場所も失って街の中を彷徨っていました。遂には力尽き、深夜の街なかの、人気のつかない場所で倒れてしまいました。そんな私を旦那様は助けてくれたんです。以降、私はお二人の住むこの家に居候する身となりまして……。」
「なんか……すまん。」
「いえ、気にしなくて大丈夫です。もう何年も前のことですから。」
ロビンは気まずそうに雫から視線を逸らす。
「茶菓子はどうだった?」
襖を開けて春蘭が飛び込んでくる。
「急だな!まぁ、かなり美味しかったぜ。」
「そうか。それはよかった。」
「お前宛の書き置きがあったぞ。」
ロビンは春蘭に書き置きを見せる。
「律儀に書き置きをしてくれるなんて…。まあいいか、とりあえず準備ができた。着いてきてほしいところがあるんだ。雫は昼食の準備をしてくれると助かるな。」
「かしこまりました。気をつけて行ってらっしゃいませ。」
2人は家から出る。
「どこに行くんだ?」
春蘭は家の後方に見える山を指差す。
「あの山の中に神社があるんだ。今からその神社に向かう。」
「まじか。山を登るなんていつぶりだ……。」
「そんなに険しくはないから、安心してついてくるといい。」
ロビンは春蘭の後を追って進む。しばらく進むと、山の中に向かって伸びる階段を見つける。
「ここから登れるよ。」
「階段があるなら幾分かましだな。」
2人は階段を登りだす。木々の隙間から木漏れ日が差し込んでくる。眩しさに手で光を遮る。
「いいだろう、木漏れ日は。都会じゃ中々見れない。」
「確かにな。……神社はどのくらいの高さにあるんだ?」
「山の中腹ぐらいにあるよ。」
「意外と低いな。てっきり山頂かと思ってたぜ。」
「あぁ……、そのことなんだけど、実はこの山の山頂は"禁足地"となっているんだ。」
「なんで?そんなに危険なのか?」
「いや…、危険ではないと思うんだけど……。僕や年寄りたちが生まれるよりずっと前からそうなってたから、詳しいことは誰にもわからない。ただ1つわかるのは、絶対に立ち入ってはならない。なんの根拠もないけど、本能的にそれだけはわかるんだ。」
「でも怖いものみたさで入りたくはならないのか?」
「確かにそうだね。でも大体が、足を踏み入れる直前で終わってしまうんだ。入ることを否定されている感覚だ。」
「そんなにか……。」
適当に話しながら進んでいると、開けた場所に出る。どうやら、神社についたようだ。境内入ると巫女らしき1人の女性が掃除をしていた。クールビューティーという言葉が非常に似合う容姿をしている。時々、薄紫色の髪を指に巻きつけている。
「やっと来た…。」
女性はこちらに気づき、箒を消す。
(今の…、魔法か?)
「紹介しよう。彼女は…。」
「いい。自分でできるから。」
女性は髪と服装を整える。
「私は神宮寺 美桜。あなたは?」
「ロビン・アポローヌだ。ロビンでいいぜ。」
「わかった。それで、いつから始める?」
「いつでもいいよ。最後の準備ができたら教えてくれ。」
「じゃあ、あそこで待ってなさい。」
美桜は建物を指差す。2人は建物の中に押し込まれる。
「なんだなんだ?」
「突然だけど、ロビンは自分に合った武器はわかるかい?」
「いや…、全然わかんねえ。」
「だと思ったよ。魔纏を使える魔道士は、自分に適した武器を見つけられない人が多いんだ。」
「準備ってまさか…、俺のために武器を用意してくれたのか?」
「そ。君は将来、魔道士の重要な戦力になると思うんだ。だから、そのための先行投資ってやつさ。」
「お前……、気前良すぎるだろ……。」
ロビンは建物の中を見渡す。
「ここ、神社の本殿か?」
「それが違うんだよね。ここは拝殿だ。」
「えっ?じゃあ本殿はどこにあるんだ?」
「それは……、誰もわからない。おそらく、山頂にある可能性が高いけど、山頂への立ち入りが禁じられている以上、調べることができないんだ。」
ロビンは拝殿の中を調べる。拝殿の中には大きな柱が2本ある。柱には模様が彫られている。模様を見ていると、何かが見えてくる。
「この2本の柱の模様……。もしかして、"龍"か?」
「よく気づいたね。おそらく、この神社は"2体の龍"を祀るために作られたんだと思うんだ。柱の龍を見比べるといい。」
ロビンは龍の模様を見比べる。龍の模様は、柱に巻き付くように描かれている。しかし、所々違う箇所を見つける。
「なんか…、少し違うな。」
「そう。少し違うんだ。」
ロビンは壁に吊るしてある巻物を見る。巻物には1人の女性と2匹の蛇のようなものが描かれている。1匹は青色で、もう1匹赤色で描かれている。
「これはなんだ?」
「この人は神宮寺 椿。200年前、この地を開拓し、今の故郷の基盤を築いた女性だ。神宮寺家の初代当主でもある。」
「お前のご先祖様か。こうして形で残ってるってことは、相当すごい人だったんじゃないのか?」
「たぶんそうだろうね。団長が言ってたんだ。魔道士というものは200年前からすでに存在していて、椿は当時、最強の魔道士として君臨していたと。」
「最強の魔道士……。」
「しかし、椿はかなり若くして亡くなったそうだ。ただ、椿は亡くなったというよりかは、失踪したと言ったほうがいいかもしれない。」
「……これはなんだ?」
ロビンは巻物の下に置いてある小包を拾う。
「それには確か、椿と最後に話した従者の言葉が書いてある。」
「見ていいか?」
「いいよ。」
ロビンは小包から紙を取り出す。
「私がお嬢様と会話をしたのは5分ほど前のことです。いつものように会話をしていたのに、お飲み物をお持ちしようとした間に姿を眩ませるなんて……。お嬢様は誰よりも厳格な御方でした。無断で外出することはありませんでした。それなのに……。」
ロビンは紙を小包にしまう。
「なんか、奇妙な話だな。」
「そうだろう?故郷の老人たちは、「禁足地に踏み入ったことで神隠しに遭った。」、なんて言ってるよ。でも、僕は違うと思う。これを見てくれ。」
春蘭はどこからか1つの瓶を持ってくる。
「これは……なんの動物の毛だ?」
瓶の中には、青色をした綺麗な毛が1本だけ入っている。
「椿が失踪したあと、部屋に残っていたものらしい。」
「何かに襲われたってことか?」
「でも襲われたにしても、さっきの従者の書き置きを見る限り、何かが侵入したとは思えない。部屋には何かと争った痕跡はなかったみたいだからね。第一、椿が動物に相手に負けるとは思えない。」
春蘭は瓶を元の場所に戻し、2人は拝殿から出る。
「いいタイミングね。ちょうど終わったところよ。」
境内には大きな魔法陣が書かれていた。
「あの魔法陣の真ん中に立って瞑想しなさい。私が魔力を使ってあんたの適性を調べるから。」
美桜に背中を押される。
「余計なことを考えないように。あと目も開けないこと。」
(めっちゃ念を押すな。)
「こら。」
ロビンは頭を叩かれる。
「いい忘れてたけど、美桜は他人の心をある程度は読めるからね。」
(今更言われても……。)
ロビンは瞑想する。そよ風に吹かれながら、数分ほど沈黙が続いた。
「うん……うん。わかったよ。」
ロビンは瞑想を解き、魔法陣から出る。
「少し休んでなさい。」
美桜はロビンに伝えると、春蘭の方に向かい小声で話す。
「結果だけど、彼にはこれといって、適性の高い武器がない。だけど、相性が悪いものもない。1番相性がいいのは剣か刀あたり。」
「わかった。すぐに持ってくる。」
「その必要はない。」
美桜は拝殿のほうを向いて、指をクイッとする。拝殿の裏から、数本の剣と刀が飛んできて美桜の前に落ちる。魔力で運んでいるようだ。
「仕事が速いね。」
美桜は剣と刀を地面に並べる。
「あなたの適性武器は剣か刀よ。この中から直感で選ぶといいわ。」
ロビンは剣と刀の前に立つ。
(一番右のは日本刀か?なんかシンプルだな。逆に一番左は西洋の剣だな。なんか重そうだな。真ん中のは……ん?なんだこれ?)
ロビンは真ん中の刀を手に取る。
「これ…なんだ?なんか魔力を感じるんだが。」
「それは"妖刀"だよ。」
「妖刀?」
「妖刀は"妖魔"や"妖怪"を封印した刀だ。常人が持つと狂気に侵され、ただ人を殺す殺人鬼になってしまう。」
「なんでそんなもんがここにあるんだよ!」
ロビンが問い詰める。
「面白そうだったから。」
美桜は視線を逸らしながら気まずそうに答える。
「いやなんで?」
「でも君には、その刀が一番合ってると思うよ?」
「なんでそうなるんだよ?!」
春蘭の言葉に、ロビンは噛みつくように聞く。
「だって、妖刀の魔力を瞬時に感じ取ってたじゃないか。」
「なるほ…ど?」
「試しに美桜に持ってもらうかい?」
「大丈夫なのか?」
「美桜なら大丈夫だよ。はい。」
美桜は妖刀を手に取る。特に変化は見られない。
「魔力を感じたかい?」
「全然…。なんでこんな状態の物の魔力を認識できるの?」
「こんな状態って?」
「実はその妖刀なんだけど……、かなり魔力が薄いんだよね。美桜は一応、魔力感知が人より優れているんだけど、その妖刀の魔力を認識することはできないんだ。」
「つまり、魔力を認識できる俺はこの妖刀とめちゃくちゃ相性がいいってことか。」
「そういうことさ。その妖刀は遠慮なくもらっていいよ。」
「ほんとに気前がいいな。」
「ははっ。妖刀は、君みたいに相性がいい人じゃないと、まともに使うことはできないからね。僕たちが持ってても、宝の持ち腐れさ。」
ロビンは妖刀を抜いて刀身を確認する。
「そういえば、刀を使うのは初めてかい?」
「触れたことすらない。」
「そうか……。美桜、ロビンの試し斬りの相手になってくれないか?」
「なんで私が……?」
「ロビンの実力的にも、君が最も適任だと思うけどなぁ。」
「はいはい……。準備ができたら教えて。私は先に行ってるから。」
美桜は背を向けて神社の裏手に向かう。
「ロビン、試し斬りをしたいかい?」
「まぁ、いきなり実戦って言われてもなぁ……。もちろんするぜ。」
「わかったよ。やる気があるのはいいことだ。そんな君に1ついいことを教えてあげよう。美桜は魔道士ではない。だけど、実力は上級相当だ。気をつけるように。」
妖刀
・妖魔、妖怪が封じられた刀。製法は不明。
神宮寺家
・魔道士の界隈では、名のしれた家系。歴史上、優秀な魔道士を何人も輩出してきた。