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【第20話】 12月20日 失踪

「……嘘……だよね?」

1人の少女は、目の前に横たわる母親を揺らす。しかし、母親は反応しない。すでに息絶えてしまっているようだ。母親に触れた手が、血で赤く染まる。少女は絶望しながら、何度も母親に向かって叫ぶ。少女の後ろでは、姉らしき人物が立ち尽くしている。少女は姉のほうを向き、泣きじゃくりながら叫ぶ。

「どうして……守ってくれなかったの……?」

姉は涙を流さず、気まずそうに答える。

「私では……どうすることもできなかった。」

「嘘だよ!」

少女の悲鳴のような声が姉の心を抉る。

「お姉ちゃんは魔道士なんだから……お母さんも、お父さんも、絶対に守れたよ!」

「無理よ……。」

姉は涙を流さない。だが、堪えているようには見えない。

「私なんかじゃ、あの男には敵わない。2人が敵わなかったんだから、私が勝てるはずがない。」

「そう言って、また逃げてるだけでしょ!」

「……逃げれるのなら、もう逃げてるわよ。」

姉は少女とは違い、冷静さを保っている。その後も2人は言い争うが、惨状が元通りになる時は永遠に訪れない。降り注ぐ雪が、2人の体温を奪っていく。

「行くわよ……。このままだと凍死する。」

姉は少女を説得し、その場をあとにする。少女は涙を流して悲しんでいるが、姉は涙を見せることなく、胸の奥にひっそりと憎悪を滾らせた。



 アリスはベッド上で目を覚ます。わけのわからない夢を見たせいで、最悪の目覚めだ。しかし、呼吸が乱れている。まるで、何か大事なことを思い出したかのように。

「行かなきゃ……。」



「うん?こんな時間に誰だ?」

ロビンが朝食を食べていると、玄関のほうから音がする。玄関を開けると、美桜が立っていた。

「ねぇ、アリスはいない?」

「いないけど?」

「……ほんとに?さっきから、連絡しても全然繋がらなくて。あんたの家に泊まってると思ったけど……。」

「ちょっと待て。」

ロビンはアリスに電話をかける。しかし、アリスが電話に出ることはなかった。ロビンは顔色を変えて美桜と話す。

「繋がらないって……。何かあったってこと?」

「わからねえ。とりあえず、あいつの家に行くぞ。」

「でも、鍵がないと入れないんじゃ……。」

「一応、スペアを持ってる。」

「あんたらってそこまでの仲なの?」

 2人はアリスの家の前につく。ロビンの家からあまり離れていない。ロビンはインターホンを鳴らすが返事はない。仕方なく、スペアキーで鍵を開ける。

「これは……どういうことだ…?」

家の中には、アリスが読んだと思われる本が散乱していた。机の上のみならず、椅子や床にまで置いてある。

「何かを調べてたの?でも何を…。」

美桜は本を調べる。中には、イギリスで起きた事件や災害についての記録が記されていた。美桜はページをめくる。ふと、あるページに視線が止まる。

「炎の日……?」

「何かあったか?」

ロビンが顔を覗かせる。

「炎の日……。ちょっと見せろ。」

ロビンはそのページをじっと見つめ、そのまま固まってしまう。

「何々……12月25日、ロンドンは火の海と化した。仮称ヴァンパイアと呼ばれる、謎の人物が犯人とされている。これ、9年前の事件よね?」

「あぁ……9年前に起きたことは知っていたが、よりにもよって、この日付に起きたのか……。」

「何か問題でもあるの?」

「別に、問題ってわけじゃないんだ。ただ……この日付は、アリスの誕生日なんだ。」

「えっ……?」

美桜は放心状態になる。

「そんな偶然……あるの?……もしかして、アリスはロンドンに向かった?」

「その可能性がある。」

ロビンは嫌な予感がしていた。



「おや、どうされましたか?」

ロビンはアーロンドの前に立つ。

「アリスを見てないか?」

「いえ、見ておりません。」

「そうか……。」

「何かあったのですか?」

「実は…」

ロビンは事の経緯を説明する。

「なるほど……アリス君の突然の失踪。話を聞く限り、ロンドンに向かったという推測は、間違いないと思われます。」

しかし、ロビンはロンドンに向かう気が起こらなかった。

「どうしたの?」

美桜はロビンの様子を伺うように聞く。

「いや、なんでもない…。」

「本当にそうですか?」

アーロンドはロビンに問いかける。

「あなた、怖いのでしょう?」

「……何が怖いんだ?」

「自分の過去を知ることに、あなたは怯えているように見える。」

「いや……」

「図星ですよね?」

ロビンは何も言い返せなくなる。

「構いませんよ。誰にでも怖いものはあります。ですので……覚悟が決まりましたら、私にお伝えください。今は話している時間はありません。……私も、暇ではないのでね。」

アーロンドは指で音を鳴らす。2人は部屋から連れ出され、本部の入口へと放り出される。

「さて、どうしたものか……。」

「寒い……。」

2人は降り注ぐ雪を払いながら本部を離れる。



「なるほど…。事情はわかった。僕たちも協力しよう。」

「ほんとか……ありがとな。」

春蘭は他のメンバーを呼ぶ。ロビンは事情を他のメンバーにも伝えた。

「協力したいのはやまやまなんだが……、俺は別の任務があって日本から出られない。」

「悪いけど、僕も無理だ。玖羽の任務に同行することになってる。」

「私はしばらく、本部から出られなくなる。」

「まじか……。」

「私は……捜索のお手伝いはできますよ。」

「僕も可能だ。」

「……助かるぜ。」

「それで、ある程度の目星は付いてるのかい?」

「あぁ…。おそらくアリスは、ロンドンに向かった。」

「ロンドンか……。となると、本部を経由して向かう必要があるな。いつ出発するんだい?」

「……その時が来たら、連絡する。そういえば……美桜はどこに?」

「あれ?」

いつの間にか、美桜の姿が消えている。

「一体どこに…。」

3人は建物の中を探し回る。2階に上がると、ソファの上でぐったりとしている美桜の姿があった。

「おまっ……どうしたんだ?!」

美桜はロビンの声に反応するが、体調が悪いのか、苦しそうにしている。

「ちょっと……目眩が……。」

「これは一体……」

春蘭は美桜の額に手を当てる。熱はないが、魔力が乱れている。

「すまない、美桜を連れて帰る。」

「そのほうがいい。試験の時といい、明らかに様子がおかしい。」

春蘭は美桜を背負い、雫の運転する車で自宅へと向かう。

「大丈夫なのでしょうか…。」

「たぶんな……。」

ロビンは少しだけ表情が暗い。

(覚悟……か。)

ロビンは自身の胸に手を当てる。心臓の鼓動が手に伝わる。

(過去を知ることが怖いのか……?アリスは覚悟を持って、ロンドンに向かったはずだ。ロンドンに行けば、嫌でも自分の過去と向き合う必要がある。)

ロビンは拳を強く握りしめ、凛とともに本部へと向かう。



「はぁ……今度はなんですか?」

ロビンは表情を変えず、無言でアーロンドに歩み寄る。アーロンドはすぐに何かに気づく。

「ほぅ……その顔、すでに決まったようですね。」

「……ロンドンに向かう。そして、自分の過去と正面から向き合う。」

「くくくっ……その言葉を待っていましたよ。では、あなたに1つ問います。なぜあなたとアリス君は、昔のことを憶えていないと思いますか?」

「……知らねえ。」

「答えは、私が、あなたたちの記憶を封印したからです。」

ロビンは少し驚くが、あまり表情を変えない。

「なぜそんなことをしたんだ?」

「炎の日…。それは、まだ子どもだったあなたたちにとって、あまりにも残酷過ぎたからです。私はそれがトラウマになることを恐れ、あなたたちの記憶を封印しました。」

「じゃあ、俺を止めないのか?」

「止めるだなんて……そんなことをするわけがありません。もうあなたたちは大人です。自分たちのことを知りたいはずです。その知的好奇心を、我々が邪魔することはできません。」

「……そうか。お前なりの配慮と受け取っておく。」

ロビンは背を向け、アーロンドから離れる。

「それと、あなたに1つだけ忠告をしておきます。」

ロビンは足を止める。

「過去を知ることは、自身の悲惨な記憶を受け入れる必要がある。あなたには、その覚悟がありますか?」

「あるから、今ここにいる。」

ロビンは団長室から出る。

(やれやれ……子どもの成長は一瞬ですね。……これから知ることは、あなたに絶望を植え付けるかもしれません。ですが、倒れてはいけません。前を向くのです。そして、絶望を越えた時、人は更に強くなれる。)

「さて……あなたたちも、そろそろロンドンに向かってください。」

「承知しました。行くぞ、イシス。」

「えぇ、オシリス兄さん。」



「はぁ……」

イギリス支部にて、1人の女性は机に向きながらため息をつく。

「ガーネット様、紅茶ができました。」

「……一杯ちょうだい。」

ガーネットはメイドからティーカップを受け取る。

「オシリス、イシス。……厄介な客人ね。」

「どうされますか?」

「私が挨拶をするべきだけど、今はそんな余裕はない。ここは素直に、ルアーザ様に任せるわ。」

ガーネットはティーカップを片付け、外の景色を見る。

「もうこんな季節ね……。クリスマスも近い。」

「クリスマス……やはり、忘れられないのですね。」

「当然よ、忘れるわけがない。9年間、何度も思い出して、何度も泣きたくなった。でも、泣けなかった。」

メイドは気まずそうに視線を逸らす。

「でも、9年もそんな生活が続くと、体が慣れてしまうものね。」

ガーネットは服装を整える。

「少し、外出してくる。日が暮れる前には戻るから。」

「かしこまりました。お気をつけて。」



「………。」

ガーネットはロンドンの街の中を歩き続ける。途端に足を止め、槍を手に取る。数体の魔獣が姿を現し、ガーネットを包囲する。

「こんなところにまで魔獣が……。」

ガーネットは襲いかかる魔獣を淡々と槍で薙ぎ払う。

(少し数が多い?まぁ、私の敵ではないか。)

ガーネットは魔法を唱える。炎と氷が魔獣に向けて飛んでいく。魔獣は魔法で消し飛ばされる。遠くから、拍手の音が徐々に近づいてくる。

「流石、次期神級候補だ。」

「あなたは……」

青年は拍手をやめ、ガーネットに話しかける。

「初めまして、と言うべきかな?僕はカーネリア。知ってると思うけど、フランスの魔道士だ。」

「ヴァンパイア討伐の応援で来たの?」

「いやいや、僕は私用で来ただけさ。実はあるものを探していてね。どうやらそれが、ヨーロッパのどこかにあるらしくてさ。2日ほどしたら、フランスに戻るよ。」

「フランスは手が空いていないみたいね。」

「確かにそうだね。まっ、フランスは魔道士が少ないから仕方ないか。」

「それはそうと、何を探しているの?」

カーネリアは首を横に振る。

「悪いけど、詳しいことは話せない。」

「……へぇ、なるほどね。」

「どうかしたのかい?」

「なんでもない。」

カーネリアはガーネットに視線を送ったのち、どこかへ向かう。

(彼はおそらく、とても大事なものを探している。彼に敵意がないとわかった以上、私が介入する意味はない。)

ガーネットは近くの喫茶店に入る。窓際の席に座り、外の景色を見る。

「よぉ嬢ちゃん。今暇?」

2人の男がガーネットに話しかけてくる。ガーネットは無視して景色を見る。

「俺等と少し楽しいことしない?」

(またか……。)

ガーネットは男たちを無視し続ける。

(私のどこにそんな魅力があるのやら……)

「おい?聞いてるか?」

男がガーネットに触れようとした途端、ガーネットは男を机に押し付ける。

「って?!」

「ナンパなら帰ってくれる?」

「くっそ……少し話し合おうじゃないか。」

「話し合う、ねぇ……。なら、外でしましょ。」

ガーネットは2人を連れ出し、大通りで睨み合う。

「いやいや、嬢ちゃんは魅力の塊だろ。顔もいいし、スタイルも完璧。おまけに服のセンスも高い。」

「ふぅん……それだけ?」

「それだけって……」

「悪いけど、あなたたちみたいなろくでなしに構ってる暇はない。」

ガーネットは店内に戻ろうとする。男はガーネットの肩を掴む。

「どうせ……私の体目当てのゲスでしょ。……正当防衛だからね…。」

「うぐっ……?!」

ガーネットは男の腹部を肘で殴る。ガーネットは男を引き寄せ、男を地面に投げ倒す。

「てめっ……!」

もう一人の男が殴りかかる。ガーネットは拳を受け止め、男の腹部に拳をぶつける。

「まったく……私に勝ちたかったから、最低でも素手でコンクリートを破壊できるようになりなさい。」

ガーネットはそう言い残し、2人を放置して店内に戻る。



「やっと……見つけた。」

アリスはロンドンの一角にある廃墟を前にして、少し入るのを躊躇う。

(もう、覚悟はできたはず……。私は逃げない。)

アリスは廃墟へと足を踏み入れる。

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