六、リハーサル
鳴虎たちが下車したのにわずかに遅れ、椿吹班も現着した。向こうの隊用車には大瀬千尋の姿もあり、鳴虎を見るなりぱあっと表情を明るくして、にへらと頬を緩めながら手を振る。
すでに辺りは耳が痛くなるような地鳴りに包まれていた。
消防団による包囲が完了している中を、鳴虎と千尋が先導して進み、匡辰は殿を務める。時雨は悦哉と「調子どーよ」「完全復帰です。空蝉くんも顔色良くなりましたね」「まあオレわりと軽傷だったしね。医療の人たちが大げさなだけでさ」と雑談を挟む。
「あんたら、仲良いのはいいけど気を引き締めて」
「ほーい」
「相変わらずめーこは真面目やね~。ま、そのギャップがええねんけど♡……だからあんにゃろうとも気ぃ合うんよな……」
「なんか言った?」
「いーえぇ別に」
女特務隊員の意味深な視線はそっと最後尾の男に注がれていたが、彼女よりやや前を進んでいた鳴虎には見えていなかったろう。ただエッサイとモモスケだけは、ここまでの車中で彼女と自分たちの班長との間に流れていた空気の冷たさを知っているから、そっと顔を見合わせて苦笑していた。
「空蝉、清川に会ってきたんだろ。どうだった」
「あーうん、めっちゃ豪邸。もう帰ってこんかもしれんね」
「ワカシ班長のご実家ですよね。モモくんも行ったことあるんですか? 仲良いですし」
「いや。たぶん防犯とかの関係で一般人は簡単に入れんだろ。あとあいつ父親嫌いだから、逆にワカシがしょっちゅう俺のとこ来てた」
「そーいや前同じ班だったっけ」
モモスケは頷きながら帽子の留め具を直す。ほとんど同時に、先頭の二人が祓念刀を抜き始めていた。
前方は風が寒々しく通り抜ける広場だ。南方に納琴城を臨む、普段は観光客の姿も少なくない城下公園は、人払いによって今は寂しい景色を晒している。
整えられた植え込みも、今は見る人のいない花がむなしく花弁を散らしていた――もちろん、それは広場の中央部分に屯する、黒々と渦巻く怪物どもの狼藉の跡だ。
大きなものは一つ、周辺に手下のごとく引き連れた小さなものは数えきれない数になる。
「今日はけったいな新種ちゃいますよーに。しっかしこの面子も久々やなぁ、椿吹」
「そうだな。……大瀬さんは上級音念を。中級以下は我々通常班が引き受ける」
「おう、めーこ独り占めすんなよ~」
「何バカ言ってんの」
かくて、隊員たちは散開した。
千尋はまっすぐに上級音念の元へ駆ける。彼女に群がる中級・下級音念は、右からは椿吹班、左からは萩森班が斬り込んで散らした。
怪物どもは身を引き延ばし、刃の間隙を縫うように変形して攻撃を躱す。
――つまり多少の知能があると見た匡辰は班員に指示を飛ばした。口頭は短く「囲!」の一語のみ、あとは左腕を頭の横で水平に振る。
葬憶隊の任務は性質上、音声によるやりとりが難しい場面が多いため、身振りや手振りの決まりもある。活用の度合いは班によって異なるが。
班長が攻め手寄りの性格をしている萩森班や、まだ練度の低い新人を抱えた照廈班はその限りではないが、椿吹班は防衛を得意とする班長が率いる熟練者の集まり。エッサイとモモスケは即座に反応し、迷いなく半歩退いて左右に陣形を開いた。
挟み撃ち。討ち漏らしを防ぎ、音念を確実に葬る戦法。
一方萩森班はより単純に、個々が手数を増やして対応する。
どちらが有効かは状況次第。長期戦なら前者のほうが消耗が少なく、短期戦なら前者がより適した戦法と言えるだろう。
『きけ聴けキケきけ聞け、きけ、キケ、効けきけ聴け……』
通常班員が雑魚を掃討している間、千尋は巨大な首魁を相手取る。通報では上級音念とのことだが、恐鳴値は七千台の後半と、高い数値を示していた。
このクラスが今の納琴市内に唐突に出現するのはやや不自然ではあるが、この公園は県外からも観光客が訪れる。人間の出入りが激しいほど音念の形成速度は高まるものだ。
それでも一応は油断なく周囲にも気を配り、――騒念の関与が見られないかと注意は怠らない。
(……それっぽい兆候はないな。ただの雑魚か?)
貫いた手ごたえにも妙なところはなく、音念は霊体破壊の悲鳴とともに崩れていく。こちらの警戒を笑うかのように呆気なく。
黒煙のようなそれは、千尋の凶刃にろくに抗うようすも見せないまま、見る間に風へ散っていった。
『……きいたな』
「ん?」
何か聞いた気もしたが、すでに音念は消滅した後だった。かすかな疑念を覚えつつ、残留奏を切り払い、任務完了とする。
振り向けば後ろでも雑魚の殲滅が完了したところだ。祓念刀を鞘に納めるカチンという音が複数続く。
しかし、なぜだか晴れない面持ちでいるのは、千尋だけではなかった。
「なんか肩透かし食らった感じ」
隊用車に乗りながら鳴虎が呟く。千尋も頷きながら彼女の隣席を確保した。
帰りの運転はエッサイが担当するらしく、助手席にモモスケ、女性陣二人のうしろには匡辰と時雨が乗り込んでくる。後頭部にどちらとも知れない視線を感じながら、親友の言葉を次いだ。
「うちも絶対騒念絡みや思とった。……まあなんとも言えんけどな、ちょいキショかったし」
「何そのふんわりした判断基準。……あの、ねえ、椿吹は何か感じた?」
「ッ……いや。これといって大した特徴はなかったように思う。とくに知性が高いわけでも、厄介な特性があるわけでもなかった。……確かに、肩透かしという表現が一番合うな」
「そーよねぇ。それにちょっと静かだったし」
「ん? どゆこと?」
「あたしらは小さいの相手だったからかもだけど、音念にしてはあんまり騒がしい感じじゃなかったかなって。あんたらはそう思わなかった?」
「言われてみれば……別にそれ自体は珍しいことでもないが」
考え込む大人三人を横目に眺めたあと、時雨がぼやく。
「……蛍いたら何か聞こえたんじゃね」
「そうね」
鳴虎は同意しながら端末を取り出した。彼女の帰投連絡を聞きながら、千尋がこっそり背後を伺うと、時雨はつまらなさそうな顔で車窓の彼方を眺めている。
それでつい悪戯心に唆されて「なんやしぐ坊、蛍ちゃん居らんで寂しいん?」と問えば。
「……は!? いやちげぇから……!」
予想より必死な否定が返ってきて、思わず笑いそうになってしまった。
何しろ、ちょうど逆光だったのにすくそれとわかるくらい、少年の頬が赤くなっていたものだから。
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