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二十一、未訪者

 鳴虎たちが支部長を交えて今後の話をしている間、蛍は許可をもらって支部の外に出た。といっても街を出歩くわけにはいかないので、ただ駐車場をブラついて空気を吸うだけ。

 そうしたらまた野良猫たちが寄ってきた。前ほど数は多くなかったけれど。


 一番手の三毛猫は健在で、どうやらこの子がここらのボスらしいな、となんとなく察する。毛色からしてたぶんメス――三毛猫のオスは珍しい――なのだろうが、野良猫界の女番長ってことだろうか。

 女性が一番強いなんて葬憶隊(ミューター)と同じだ、と思ってちょっと笑う。少なくともここ中部支部における武力の長は終波タケである。


 しかしタケおばあちゃんが若かった何十年か昔は、女性の武道家なんて今より珍しかったんじゃなかろうか。

 なんなら彼女はとくに体格に恵まれているわけでもないのに、そこらの男性では及ばないほど強くなり、組織の重要な地位に登りつめた。単純にすごい。

 それでいて蛍たちが幼かった頃は、身の回りの世話を過不足なく焼いてくれた。上官ではなく温かい保護者として。


 などと思いながら野良猫をモフモフして英気を養っていると。


「……?」


 ――ざりっ。

 砂利を踏む誰かの足音に、なんとなしに顔を上げた。すると駐車場の入り口付近に人影が一つ。


 小さめのリュックを背負った、私服姿の男の人だ。髪型は匡辰に、少し猫背気味の立ち方のせいか背恰好は時雨やモモくんに似ているように感じる。

 歳は二十代くらいか。蛍のいる建物付近からでは顔はよく見えないけれど、服装からして実働部隊や職員ではなさそうだ。

 なんだか支部の建物をちらちら見ているふうだったが、敷地内に入ってはこなかった。むしろ蛍の視線に気づくや慌てたようにさっと顔を背ける。


 そのまま妙に足早に去っていくその人を、蛍は胡乱げに見送った。

 でも……変な音は聞こえなかったから、少なくとも音念(ノイズ)じゃあない、れっきとした人間。それは蛍の耳が保証する。


(もしかしたら音念関係で何か事件でもあったのかな? でもそれなら通報するだろうし)


 困っているのなら逃げるように去る必要はないだろう。単に誰か職員の知り合いで、近くを通りがかっただけかもしれない。

 というか挙動の怪しさからするとストーカーの類もありうるのでは?


 なんて考えていたら端末が鳴ったので、蛍は猫たちに別れを告げて入り口に戻っていった。




 *♪*



 正直気に入らない、と鳴虎はボヤいた。通話終了ボタンをタップした直後である。

 ディスプレイに表示された、つまり数秒前まで話していた相手の名前は照廈(てるいえ)尉次(じょうじ)。テルイエ技研の長にしてつぐみの父親、ハナビが世に放たれた諸悪の根源であり、最近は蛍の第三の保護者候補にも名を上げている。


「だいたい直接会いたいって言ったのになんでビデオ通話なのよ。忙しいからって……人間(ひと)ひとりの今後が懸かってるってのに」

「……」

「でも意外だわ。オレなんつーか『研究しかキョーミない』って感じの堅物親父みたいなの想像してた」

「そうね。でも愛想のいい悪人だっているわよ」


 鳴虎が思いがけず直裁な言葉を遣ったので、蛍はちょっとびっくりして姉分を見た。

 そりゃあ彼女は控えめな性格というわけではないが、わりと気回しの細やかな人だから、あまり直接的に誰かを糾弾したりはしない。よほど照廈尉次が気に食わなかったらしい……と理解して、少し不安になった。

 保護者として鳴虎が認めてくれなければ、技研で特別な訓練を受けられないかもしれない。


 ちなみに時雨は通話に参加していたわけではなく、気づいたら背後にひょっこり立って話を聞いていただけである。相変わらず喧嘩中のため蛍と話してもいない。

 で、今は『まあどうでもいいけど』みたいな顔をして、いそいそリビングを出ていこうとしている。


 ……うそつきだ。本当に興味がなければ覗きに来たりしないくせに。

 たぶんバレバレなことを蛍に見抜かれるのまで、織り込み済みなんだろうけど。


「ねえ蛍、本当に行きたい?」

「……」


 しっかり鳴虎の眼を見つめて頷く。支部で鍛えるだけでは、きっとハナビを倒せるようにならないか、あるいは時間がかかりすぎる。

 本当は蛍だって、一刻も早く時雨と仲直りしたいのだ。手段は選べない。


「うーん……まあ、そうよね。一応は実の父親なんだし、本当はすぐ向こうの家に引き取られるのが筋、なのかな」

「……」

「なんか悔しい。あたしらのほうが一緒にいるのにねぇ」


 なんだか物言いがセンチメンタルになってきたので、蛍は思わず微笑む。こちらだってそのつもりだ。

 急に現れた自称父親より、これまでの十年間のほうが重い。


 そもそも鳴虎はこの身体に関する本当のややこしい事情を知らないわけで。

 照廈尉次はあくまでつぐみの父親で、蛍にとっては発明者。生みの親には違いないけれど、何かこう、一般的な血縁関係の絆とはまるで違うものだと思う。

 思いたい、と言ってもいいかもしれない。照廈尉次を拒否したいというより――自分と『照廈つぐみ』を、別人として扱いたいのだ。


 自分は『清川蛍』だ。照廈つぐみではない。

 だから照廈尉次の娘ではない。


『おねえちゃん』


 鳴虎が読み取れるように、意識して普段よりゆっくり話す。


『わたしも、かぞくは、おねえちゃんと、しぐれちゃんだとおもうよ。てるいえさんちにいっても』

「蛍……」

『あ、おにいちゃんも、いれたげていい?』

「……ふふ。いいわよ別に、それはあんたの好きにすれば。そっか。……うんとね、ひとつ、もう少し真面目な話もすると――」


 ひとときの破顔を挟んで、鳴虎は確かに表情を強張らせて、背筋を伸ばした。蛍もつられて姿勢を正す。

 放置されていたタブレットのディスプレイは、そのころ静かにブラックアウトしていた。


「……あたしが照廈尉次って人を気に入らない一番の理由はね。娘を死なせたって事実もそうだけど、何よりこの十年間、あんたを放ったらかしにしてたことなの」

「……」

「どんな事情があったにせよ、そんなひとを人の親として認めたくないわけ。だから悔しい……し、蛍に何かあったら絶対許せない。

 ね、蛍、いつでも帰ってきていいからね。部屋は残しておくから」


 こくりと頷く。むしろ蛍だって向こうに行ったまま帰らなくなるつもりなんて毛頭ない。

 葬憶隊だって辞めないし、何よりこの戦いの一番の目的は、時雨と仲直りすること。蛍の帰る場所はもう決まっている。


 鳴虎は名残惜しそうに蛍を抱き締めた。蛍もまた、それに全力で応えた。



 →

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