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二十、空蝉の嘯き

 葬憶隊(ここ)はバカが多い。少なくとも五来はそう思っている。

 ごく一部の例外を除き、ろくな人生を送っていれば来たがる者の多い場所じゃあないのは確かだ。


 ともかく心身に傷を負った連中は、彼ら自身が見苦しいと考える古傷を隠すためだけに、やたら新しい傷を拵えようとする。

 それが自傷行為でなくてなんだというのか。理由も聞かずに付き合ってやるほど、五来は冷たくなれなかった。

 個人主義の今日びの若者たちにとっては、沼主(後輩)のような『我関せず』のスタンスのほうが好まれるとしても、これは譲れない。


「おまえは弱音を吐く奴をバカにすんのか?」

「……しねぇけど」

「なら自分がビビってどうすんだ。それも俺みたいなオッサン相手に見栄張って何になる。痩せ我慢して恰好がつくのは、他人(ひと)のためにやるときくらいだぜ」

「ホントになんもないってば……」


 まだ逃げ腰の少年の隣に腰を下ろす。


「『何もない』顔じゃねえから言ってる。第一、相方の命が危ないってときに何もないわけがねえだろう。清川が心配か」

「……そっすよ。当たり前でしょ。オレが変なんじゃない、あいつ……蛍が、……わけわかんねぇのは蛍なんだよ。ハナビなんか怖くないとか言い出して……」

「はあ。大人しそうな顔して剛毅な()だな。……本気で言ってんなら、だが」

本気(マジ)だから困ってんの! ……殺されるかもしんねぇのに」


 無意識にか、空蝉時雨は自分の胸元を掴んでいた。先日そこをハナビに抉られたことは五来も知っている。

 そしてもちろん、彼の来歴も。

 両親の事件を思い出してただでさえ気が気でないのだろう。それなのに――いや、だからかもしれない、当の清川蛍が気丈に振る舞うので、どうしていいか分からなくなったのか。


 清川が死ぬのは、特務隊がその任を果たせなかったときだ。そんなことはあり得ない、と今はまだ断言できないのは、五来としても心苦しい。

 ハナビの行方は(よう)として知れなかった。先日ワカシから提案があり、水道局に協力を依頼して市内の下水道の配管すべてを超音波レーダーに掛けているが、まだそれらしい報告は上がっていない。


 見つけられないものは倒せない。

 そして。


「空蝉。清川の立場で考えたことはあるか」


 問題は、それだけではない。


「清川にしてみりゃ、自分の問題におまえを巻き込んだ形だ。それで怪我までさせた。……で、彼女の声のことは聞いてるな?」

「……検査結果は見た。わけわかんねぇやつ」

「わからんよな。俺もわからん。総隊長もさすがに後悔したろうよ、あんな結果が出るなんざ思っちゃいなかったろうからな。

 ……誰だって、あれを見たら清川をただの人間だとは思わなくなる。清川自身もそうだろう」


 ――そうなれば。

 自分が矢面に立って全部やらなきゃあ話が丸く収まらん、と思っちまっても無理はない。騒念(クラマー)にビビってる場合じゃあない、いや、自分にそんな権利はない……とな。


 だが、事態(こと)重大(こと)だ。

 音念(ノイズ)の大きさは活動期間に比例する。それが十年前から存在するうえ騒念とくりゃあ、俺でも想像するだに震えがくるような規模だろう。

 いくら清川がちょっと珍しい体質だからって、手に負える道理がねえのは確かだ。もちろん俺たちだって一人に背負い込ませるつもりはこれっぽっちもねえ。


 ハナビの狙いは清川だけかもしれんが、そもそもヤツは存在するだけで全人類にとっての脅威。


「――だから空蝉、おまえは間違っちゃいない。大事なのはやり方だ」

「……どうしたらいいんすか、オレ。まだ二ツ星だし、正直、……怖いんです。ハナビが……あいつ、よりによって蛍そっくりの顔で……ッ」

「ああ、……俺も怖えよ。でもその件に関しちゃあ、俺らに任せてもらうしかねぇわな、今回は。逆に空蝉にやってもらうこともあるぞ」

「なんですか」

「今までどおり接してやれ。清川を人間扱いしてやるんだよ」


 同じことは班長の萩森にも言える。なんなら葬憶隊(ミューター)の全員に。

 一人でも多くが清川蛍への態度を変えないことが、彼女の支えになるだろう。

 五来は指導員と生徒としてしか清川と接したことはないが、そうするべきだと思っている。


 ――俺は得体の知れない怪物なんぞに剣を教えた覚えはない。終波(ついなみ)の婆さんだって、同じことを言うだろうさ。


「……でも怒るんすよ。心配するなって」

「そりゃあ、いかにも守ってやるって態度じゃあ鼻につくだろうぜ。俺も気になったことあるぞ」

「ふーん……ゴリ先生から見てもそうなんか。でもさぁ実際、蛍はさ、オレが一番わかってるし、それはみんなもそう思ってるでしょ。だからオレ頼られてんなって、なんかそれが一番楽っていうか」


 少年はぶつぶつ言いながら、もどかしそうに額を掻く仕草をした。五来には彼の言いたいことがなんとなくわかったが、敢えて口は挟まず、根気よく続きを待つ。

 そういうことは、本人に言わせるべきだ。


「……頼られねぇと、オレはもう要らない、この世に必要ないって思えてくる」

「それを清川には伝えたか?」

「まさか」

「なら言ってみろ。照れくせぇだろうが、間違いなく効果はテキメンにあるぞ」

「えぇ……いや、……無理……」


 溜息に似たかすれ声は床に落ちることなく辺りを漂った。大分復調はしたようだからいいか、と五来はそれ以上は詰めるのをやめ、立ち上がってハンガーにかけられたタオルを取りに行く。

 十六歳なんて恰好つけたい盛りに、自分の弱点を認めるのは難しいだろう。それも守ってきたと自負する少女の前では余計に。

 呑み込むのには時間がかかる。だから今はこのあたりで充分だ。


 備え付けのウォーターサーバーの水を汲み、一つを空蝉に渡す。

 紙コップを受け取りながら少年は呟いた。

「てかゴリ先生でも、怖ぇと思うんだな」と言う指は五来のそれより一回りは細く、骨の形がよく見える。


「……ああ。そりゃ怖えに決まってんだろ、祓念刀がなきゃどうにもならねぇ化け物どもだぜ」

「でも特務じゃん」

「だから、だな。正確にゃ。怖えからこそ戦わねぇとやってらんねぇのさ」


 少年は頷いて、


「オレも強くなりたい」


 と、泣きそうな声で同意した。



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